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防衛軍三番組 第一皇女出陣

 天幕に衝立。衝立には皇家の紋の旗の他、第一皇女リィファ姫の陣であることを示す、青い朝顔の第一皇女旗が掲げられ。

 そして回りに立てられた旗棒には帝国旗と三番隊を示す旗、さらに真ん中には一段高く皇帝旗。三枚の旗が翻る。


 ルケファスタ=アマルティア第一皇女が、歩く人型(リビングドール)彷徨う鎧(ワンダリングメイル)を相手取るためにはった三番組の陣である。


 


「む? また煙が……。あのあたりは二番組の正面、クリシャさんでしょうか」

 白と赤、親衛騎士の制服を着て、腰に金に輝くダガーを下げたルカが、座っていた椅子から腰を浮かし、目を細めて呟く、


 その声を聞いたかのように。ルカより少し若い、親衛騎士の青い制服を着た少年が走ってきて、ルカの座る椅子の前に片膝を付く。

 胸につけた銀のプレートの文字はⅤ。ルケファスタ=アマルティア第一皇女を団長に戴く第五親衛騎士団が、久しぶりに主と共に仕事をしていた。


「殿下に報告! ――! 女王パムリィにはお初にお目にかかります。親衛第五、エルカトル・バスティと申します。緊急時にてご挨拶はのちに改めて……!」

「我は人でない故、挨拶も敬意も無用なれどその気遣いには感謝をしよう。――ぬしの言う通り、われがパムリィだ」

「は、以降お見知りおきを」

「エリク、急ぎの様子ですが。……どうしましたか」


「申し上げます! 親衛第四アブニーレル副長より、二番組ポロゥ博士が戦闘開始を宣言とのよし!」

「わかりました、これで全軍戦闘に入りましたか。……ご苦労様。また走ってもらうことになりましょう、今は構いませんから下がってやすんでいなさい。――やはり前倒して来ましたね」

  


「敵は全て夜明け前に動き出しておる。その分接触も早くなる道理ではあるが。……企みが露呈しているのは端からわかっていると言うに、なにを今更焦ることがある」

 ルカと同じ服を着て腰に金の険を帯び、その肩に座ったパムリィが腕組みで難しい顔をしている。


「魔道士達がだいたいの出現時間を割り出しています。そこまでわかった上で揺さぶりをかける気だったのでしょうが、ターニャとクリシャさん、そして我が帝国軍の軍師達にかかれば、その程度のはかりごとなどお見通しです。好きにはさせません」


「魔方陣起動から時間を逆算するところまで計算ずくでわざと早めた、と言うことか。さらに今度はターシニア達がそれをさらに見破った。……つくづく戦というもの、面倒くさいものだの。税の計算の方がまだマシなる」


「同列に考える方がどうかしているでしょう」


 そこへまた青い制服が走ってくると、ルカの前に片膝を付き、彼女の肩へと目をやる。

「女王パムリィへと拝謁できたこと、恭悦に存じます。……殿下に至急伝です」

 ルカと同年代と見える彼の胸には、オリファやアッシュと同じ色の飾り紐。事実上親衛第五を率いる副長、デヴォン・サニヨルである。


「……デヴォン。至急伝とは何ごとですか」

「は、左翼の鎧の中に旧ファルセリィタ子爵家と、同じくエルダラミオ男爵家の紋章を持つものが確認されました。なかなか攻撃に移れず苦戦を強いられておる模様です」


「双方、かつて武功で名をあげた強者つわものの家系。やはり彷徨う鎧(ワンダリングメイル)の主力は中央では無く左翼。クリシャさんの読みは恐ろしくさえありますね。――現状、前線左翼は誰が指揮を執っているのか?」


「は! 皇帝軍第三軍団軍団長、エーデル伯爵閣下ご自身が出ておいでです」

のものはモンスター、騎士では無い。鎧と剣技のみを盗んだ盗賊にも等しい輩、討伐ですら無い駆除の対象であります。それに対峙するのには騎士道など無用、数で押し切れと申し伝えてあるはず。……左翼については、数はもちろん個々人であっても精鋭揃いの皇帝軍第三軍団。何処どこに苦戦する要素があると言うか」


「相手は騎士の礼を取ってのちに戦闘に入った。として現場で混乱が……」


「こうなることを見越して、事前にフィルネンコ事務所からの情報として彷徨う鎧(ワンダリングメイル)のことは伝え置いてある。情報を活用できず、組の長たるわたくしの言葉さえも信用ならぬとそう言うならば。そのようなものには、皇帝陛下より預かりし軍の精鋭たる皇帝軍。これを任せ置くなどできぬは明白であります」



 少なくとも宮廷上層部や軍団長クラスであれば、ルカの放蕩姫ほうとうひめの噂がウソである事は知っている。

 陰ではむしろ剣技も体捌きも、『ティアラの騎士』の異名を取るおきさき様。その全盛期の遙か上を行く、とさえささやかれる彼女である。

 彼女が前線に出れば、並みの剣士や騎士よりはよほど武勲をあげることは明らか。


 さらには皇帝譲りの人を魅了し扇動する、持って生まれたカリスマ。

 彼女が前線で全力を持って指揮を執るなら。

 戦略の部分は弱いものの、軍師さえまともであれば兵達はその能力を全て出し切るだろう。

 当然、単純な戦力の計算だというならまさに彼女の独壇場。


 今まで公式には、まともに戦で指揮を執った記録はないものの。

 小競り合いの類ではあるが、成り行きで事実上指揮を執る事になった戦闘では、いずれも劣勢をひっくり返しての大勝利。

 撤退戦だったはずの戦闘が、敵を殲滅する完全勝利になったことさえあるのだ。


 そしてもちろん、背景がどうであろうと彼女は姫様なのであり。

 故に、“傭兵、血煙のアルパ”。その中身について知る立場のものも、宮廷内には少なからず居る。


 帝国史上でも類を見ない、まさに戦女神いくさめがみ

 これらは事情を知る全ての将軍や軍師、全てが認めるところでもある。


 

 だから、回りだけで無く彼女自身も。よほどのことが無い限り、帝国の姫の名で戦場いくさばには立ってはいけない、と。

 これは双方そう考えていた。


 シュナイダー王朝連合の宗主国、大シュナイダー帝国は軍事大国。

 彼女がその国でも破格の影響力を持つ皇族である限り仕方が無いことなのだ。

 と、ルカ当人も納得はしていた。


 彼女が直接指揮を執れば部下達は士気が上がり。

 ルケファスタとして自身で戦場を駆け回れば、なにも気にする必要が無い以上“首狩りアルパ”以上の戦果が挙がるだろう。


 戦場に居るだけで軍事バランスそのものが揺らぐ。

 希にシュナイダーの家系に出る天性の戦人いくさびと


 但し、必要以上の戦は抑えよう。と言うのがこのところの帝国政府の方針である。

 だから現状の帝国には、いや世界には。

 時代を間違えて生まれてきた。とさえ言える彼女には、活躍する場所が。

 いや、居る場所が無かった。



 だからこそ。

 戦など関係のない、ただのお姫様でありたかったのに宮廷にさえ居場所がない。

 そのルカがあえて言う。


「兵の命を無駄にする無能な将なら更迭するまで。全ての兵を率いて撤退させるより他無いでしょう。……伯爵には、わたくし直々に命じて来ましょう」


 ……人の嫌がる戦なら、それはわたくしがやらなければならないのだ。と。

 結果的に宮廷内に居場所はできるが。

 それはかつて彼女が望んだものとは、だいぶ違う形になってしまうだろう。


 大袈裟で無く、自身の存在が国の形さえ変えてしまいかねない。

 自分の価値を客観的に計ることさえできる、聡明な彼女はそれを一番恐れていたが。その、国を守れなくてはそもそもの意味がない。



「その上で。――この際。わたくしが直接、前線で剣をふるいましょうから、我が親衛第五はこの場に全員参集を」

「しかし、僕たちのみでは戦力が……」

「誰が前に出ろと言いましたか。お前達には、この場にて指揮系統の混乱収拾を命じます」


 ルカは立ち上がると、椅子に立てかけておいたエストックに手をかける。

 その言葉を見る限り、どうやら本気になってしまったようだ。

 配下として長く彼女を見てきた彼にはわかった。


「ひ、姫様? ……あの、お待ちを!」

「お黙りなさい」

「いいえ、黙りません……。どうか是非に、僕へお耳をお貸し下さいっ!!」


 青い制服は彼女の前に控えたまま地面を見つめ、出せる限りの大声を上げてルカを制止した。

 当然に。青い制服にVのプレートをつける彼は知っている。

 眼前の女主人は、物事全てを合理的に思考することを。


 遠回りや無駄。そんなことは通常でもあり得ない。

 しかも今回は。青い朝顔、第一皇女旗を掲げた陣にいるのだ。

 彼女がやると言ったことは、それは既決事項なのである。


「なるほど、お前までもがわたくしの言葉を軽んじますか。覚悟はあるのでしょうね?」

「朝顔の御旗みしるしの元に身を置いた日から覚悟はもちろん……! ですが、今申し上げたいのはそうではなく……」


 彼は、自身の女主人のために。

 あえてその、合理的に決められた“既決事項”をひっくり返さなければいけなくなったからだ。



「伯爵のことはこれまで、個人的に尊敬申しておりました。ですが結局俗物ぞくぶつ。……わたくし如き若輩の、ましてや放蕩姫に指示をさるるが気に喰わない、そう言うことであるのでしょう? 騎士の真似事をするとは申せ、たかが鎧の二〇や三〇、お前達なぞむしろ足手まとい。わたくし一人居ればそれで十分と言えましょう」


「お言葉ですが、姫様! 鎧の数は、確認されて居るのみで五七です!」

「二〇やそこら、数が増えたからなんだというのです。たかが中身の無い抜け殻をただ叩くだけ。お前はどこに問題があるというのか」



 実際になんとかなってしまいそうだ、と彼はつい思ったが。

 但し、組長の命令とは言え本当に撤退した場合、その後。


 軍団長以下隊長クラスは、姫様かれのあるじが許したとして、戦ののちどうなるものか。

 彼の姫様は自分の指揮能力の無さを前面に押し立て、自身を悪者にしてことを済まそうとしているようだが。


 ――ウチの姫様は、なんでそう言う想定だけは甘いんだろうなぁ。


 皇族の直接参加した戦での失態。世間が、特に帝国上層部が。

 姫様の提言など、受けいれるわけが無いのだ。

 彼女と共に、世の中の理不尽を見てきた彼は知っている。

 つまらない人事でさえ、有能で優秀な皇女殿下。彼女がくちばしをはざむ隙など何処にもないのだ、と。


 そしてその事柄は、彼の主が常に気する部分でもあった。

 きっとのちに。自身が怪我をするより数倍、彼女は傷つき苦しむことになる。

 ――やれやれ。いつものこととは言え、どう言ったらわかってもらえるんだろう。

 片膝を付き、地面を見ながら彼は考える。



「用兵に関わる全ては組長たるわたくしが責、帝都防衛の任に堪えきれぬと言うならば。伯爵以下の部隊は今、この時をもって全員更迭こうてつとします」


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