帝国最強最精鋭
「組長に至急の報告です! Eラインに侵入するビレジイーターの群れを二群補足! 冒険者協会はラインを全体で一つあげ、敵の陣形が整う前に迎え撃ちます!」
いかにも足の早そうな若者が、クリシャの前に走ってくると一呼吸付いて、一礼ののち片膝を付く。
リジェクタと同じく、粗野で粗暴なイメージのある、彼ら冒険者なのであるが。
遠出をする貴族の護衛なども請け負うし、結構その類の仕事は割が良い。
この辺の挨拶や態度も、実は仕事のスキルの内。なのである。
「お疲れ様です。あの、普通にしてもらって良いですよ? ――ところで、アリが陣形? カタリナさんもそんなこと言ってたけど……」
「アタマがどれかはわかりませんが、完全に陣形を形成しつつ前進してきていると、あごひげジジイ……。いえ、隊長が」
それに他のチームと組織だって行動することになる場合も多いので、常識的な行動を取ることが普通であるし、場合によっては礼節までもが求められる。
冒険者と言うのは、一般で思うより面倒くさい職業なのである。
「イーター、侵攻の方向は?」
「組長の事前の予想通り、我々の陣の真正面、予想はドンピシャです!」
「クリシャちゃーん! 前に出られそうだから、少し予定前倒しで、駆除を開始するって、全速力で走って言ってこいって、五分で行けって。……カタリナから、そう言われて、あと真ん中、どうなってるか聞いて来いって、あたし!!」
もう一人、いかにも全力疾走してきました。と言う少女がひざに手を付いて、肩で息をしながら報告する。
半年ほど前にカタリナに拾われたクリシャと同世代の少女。
何故だかクリシャと気が合い、最近はことにつけ、事務所に来てはクリシャが仕事のアドバイスをしたり愚痴を聞いたり。
それを知るカタリナが、あえて伝令に寄越したらしい。
「こっちもご苦労様。カタリナさん、他にはなにか言ってた?」
「一昨日、見に来た時より草が生えてるから、人足の人が回せるなら道の草刈りをしておいて欲しいって」
数人一組で各々役割を割り振る冒険者や、最低一〇人隊単位で行動する兵士。
それらとは違って、リジェクタは基本的には各個人でユニットが完結する。なので全ての装備は当然、自分で手に持ち、担いで移動する。
急いで移動するなら当然伸びた草は気になるだろう。
ラインが当初予定と違っているのに、駆除の開始前から次に回る道まで段取りをつけてあるのは、さすがのカタリナである。
「オリファさん?」
「予備は三人しか居ませんが、……Cライン付近の横道のことを言ってるのかい? ――わかった。草で転んでもつまらない、全員をそちらに回そう。この陣の護衛も全員そちらに回しても?」
「今のところは、ここまで届かなそうですからいいのでは?」
「了解しました。――聞いていたな? 人足を伴い侵攻経路の保全に当たれ! 思うほどの時間はない! この場の全員を連れ、大至急で確保しろ!!」
「ははっ! ――本陣警護班、全員集合っ!」
ふむ……。クリシャの椅子の横に広げられた地図を見ながら腕組みのオリファ。
「……既に中央班は戦闘に入った、となれば。左翼もこの際、フェイズを一段飛ばして一気にメドゥを蹴散らし、できる限りで早く、中央に回れるよう奮闘を願うしか無い、か。――クリシャさん?」
「あぁ……おほん。えー。その通りで大丈夫です」
「伝令の二人は下がって少し待て。――それでクリシャさん、これから。お願いできますか?」
――はい。でも、私で大丈夫なものですか? クリシャは椅子から立ち上がると、細身のサーベルを腰に差す。
「一応決まり事ですし。士気のこともあります。クリシャさんであれば、きっと皆、かえって気合いが入ることでしょう」
クリシャの後ろ。五mはある槍を取り上げたオリファが、恭しく箱から取りだした皇帝旗を取付け、クリシャの横に歩み出て槍を掲げる。
「総員、注目っ! これよりの組長の言、総大将のお言葉として傾聴せよ!」
オリファの声に見通しの全員が、作業を中止して直立不動でクリシャを見つめる。
注目の中心に居るクリシャは、サーベルを引き抜いて掲げる。
「この場の全員、聞いて下さいっ! 帝都特別防衛隊、二番組組長、アクリシア・ポロゥが、総大将たる皇太子殿下になり変わり戦闘開始を宣言します! 目標はビレジイーター三種、二七群、約二六万の完全排除! 帝国軍の皆さんへ、皇帝陛下の名において命じます! 帝都を脅かすモンスターを一匹残らず完全排除して下さいっ!!」
もう一つしまらない宣言のようにも聞こえたが、――ざざ! と言う衣擦れの音のあと、全員綺麗に揃って敬礼し。
――御意!
その場にいた帝国軍の兵達の返事が、想像以上に大きく響き。
引き締まった空気は、オリファがそのままあとを引き取る。
「各員、なおれ! ……ここはまさに帝都の入り口であるっ! 皇帝陛下のみならず、臣民の皆がこの戦いを見ている事を忘れるな! 相手はアリだ、一匹たりとも見逃すなっ! 体を張って帝国臣民を護れ! 此度の戦、二番組に抜擢された我らこそが帝国最精鋭であると、帝都臣民全てに知らしめよっ! ……行けっ!!」
「応!!」
直立不動だった兵士たちが一気に動き始める。
「隊長より伝令! 全隊移動準備をせよとのこと!」
「水だけで無く薬も運べ!、予想より量が居る。現地で調合する!」
「腐れスライムの袋を荷馬車に積み込め!!」
オリファは回りが動き出したのを見て、待たせていた二人を呼び寄せる。
「話は先程聞いての通り。……戦力は十二分。しかもこちらには経験と知識、双方に長けたDr.ポロゥが居る。敵を知り、戦術を自在に操るポロゥ博士がここに居る以上、我々二番組には万に一つも負ける道理はない。各々、前線の長に伝えろ」
「あの、オリファさん。さすがに私、そこまでじゃ……」
引き抜いたサーベルを持て余して、身動きが取れないクリシャだったが、オリファはその小さな声は無視して続ける。
「だから必要とあらば後退、撤退もまったく構わんが、それも状況がわかった上でのことだ。定時連絡だけはなんとしてでも確保するよう間違いなく伝えよ。良いな?」
「了解です!」
「わっかりましたぁ! ――クリシャちゃん、カッコ良かった! 私もクリシャちゃんみたく学者様になるっ!」
「ではお前達も行け。皆、武運を!」
「あの、オリファさん? さっきのアレは……」
とりあえずは戻して良かろうと判断したクリシャは、サーベルをさやに戻す。
「おや? あなたを組長に戴く、我々二番組こそが帝国最強最精鋭。なにか問題が?」
「根本に多大な問題があるような……」
「もちろん。戦に不慣れな組長を支えた副官、これが優秀だったからこそ。……そう言われたい下心もあっての話、ですよ?」
そう言いながら、――にっ。と笑うオリファの顔を見て。クリシャは言おうと思って居た文句を忘れた。
「それに、お父上との約束もありますからね。……クリシャさんさえよろしければ、我が全力でお支え申します」
オリファントは片膝を付いて胸に手を当てる。
……当然、さっきのヘシオトールの残した言葉の裏の意味に気が付いて居るはずも無く。
「お父さんも、オリファさんも! ……勘弁してよ、もう!」
「……はい?」