二番組組長
空き地にたなびく帝国旗。その横には皇家の紋を左上に戴き「Ⅱ」の文字の入った旗も掲げられている。
帝都防衛軍、二番組の陣地。
旗の下に置かれた椅子には小柄で眼鏡の少女が博士の正装、黒いマントに帽子を被って、座り。椅子の横には似つかわしくないサーベルが置かれている。
その横には親衛騎士団の青い制服と情報軍団の制服が姿勢良く控える。
「組長ポロゥ博士に報告! 最前線の斥候隊がブラックアロゥの出現、右翼への展開、進出を確認!」
ひざを付いて報告をする帝国軍の制服に、親衛第四副長、オリファント・アブニーレルが答える。
「クリシャさん? もとい、組長。 ――ははっ! ……話は了解した、準備が出来次第、馬車を前進。水補給の人足達にも作業開始を指示しろ。彼らがキモになる。ポロゥ博士からも今ほど、活躍を期待する。とのお言葉を頂戴した、これも伝えよ」
「は!」
「では。軍団長も、ワイバーンの準備をお願い致します」
「わかった。ただ、火の玉を吐くのは消耗がそれなりに激しい。そう何度も、と言う訳には行かんぞ、アブニーレル卿」
「一番密集しているところを焼き払って頂けば、後は一般兵で押せます」
「心得た。最終位置は博士に確認、で良いのだな? ――了解だ。準備をさせよう」
情報軍団の制服はそう言うと、クリシャに一礼をして足早に歩いて行った。
それとすれ違う20代後半の女性。
「クリシャ、こっちも動いたよ」
「あ、カタリナさん。お疲れ様です、どうですか?」
Cクラス筆頭、女性ばかりのリジェクタ集団。チームKを率いるカタリナが、クリシャの元にメモを持って報告に来る。
リジェクタのクラスとしては下なのであるが、腕は並みのB級を越えるとさえ言われる。リジェクタとしては有名所の一角。
ターニャが名指しで、リンクに呼ぶように進言した内の一人である。
「概ねあんたの読み通り。メドゥイーターは左翼に展開した。八群、十二万前後。ビレジイーターは正面から六群、七万弱ってトコだ。アリのくせに組織だって距離をつめてきてやがる」
「……でも、アリだから組織で来るというか」
「まぁね、ただ、他の群れの位置まで気にしてやがるんだ、陣形と言えるとこまで他の群れと連携して動いてやがる。……操られてる、とは聞いてたが、あんな感じなのかい?」
「カタリナさんから見てもおかしいんだね。……わかった、十分気をつけて」
「あぁ,ありがとよ。――でも、対処は普通のイーターで良いんだろ?」
「はい。ブラックアロゥは、Dr.ギディオンが対処法を考えたので、全面的に帝国軍におまかせしてます」
「普通のイーターなら、ウチの連中でも対処は可能だね。知っての通りあたし以外、ホントの莫迦しか居ないからさ、ウチは」
リジェクタとしては10人強、と言う大所帯のチームKを率いるカタリナ。
彼女は、食い詰めた少女達を拾ってリジェクトを仕込んでいる。
既に彼女の元から独立したチームも三つあるが、今回そのチームも全て配下として参加している。
カタリナ一人で三〇人弱を動かしていることになるが、彼女の下に着いた少女達は仕事においてはカタリナに絶対服従。
カタリナは、見た目以上に女ボスなのである。
「でも、アイツらに火を使わせンのは心配だなぁ、なにせ本物の莫迦だからなぁ」
身よりが無い以上、常識すら怪しい少女達が半分を占めるチームKなのだが。
しかし見習いだろうが、ごく普通に現場に出してくるのが彼女の流儀である。
「リジェクタ全がかりでまずは予定通り、左翼のメドゥから片付ける。――すぐに回るから、それまで真ん中、押さえといてくれ。……期待をしているぞ、少年っ!」
そう言ってクリシャの元に近づきつつあった少年の肩を、――ぽん。と叩くとそのまま片手をあげてカタリナは去って行った。
「ん? ……あ、来てたんだ。久しぶり! 国営第一以来だね」
かつて国営第一がモンスター領域化した時に、ターニャとクリシャ、カタリナ達の助けた二人の若い冒険者。
カタリナも顔を覚えていたらしく、挨拶をしていったのだ。
その彼らが伝令としてクリシャの前に立っていた。
「覚えててもらって光栄です! 今回。ターニャさんとクリシャさんになんとしても恩返ししたくて」
「せひやりたい! って手を上げました」
「一応、募集にクラス指定がかかってたはずだけど。……どうやったの?」
「もちろん正式に!」
「俺達、今、冒険者章・銅ですよ!」
ターニャは以前、彼らが生きて帰れたら無条件で見習い冒険者を飛ばして冒険者章・鉄が取得出来るように話をしてやる、と約束した。
そして帰還後、彼女にしては珍しく保全庁の総督に泣きつく形で手を回し、約束を果たした。
但しその上のクラスとなれば、そう易々と認定されるものではない。
「こんな短期間で、すごいね」
「お陰で開拓団からの割の良い依頼も受けられるようになったんです」
「儲かるのは良いんですが、あんまりモンスター絡みの仕事は無くって。先々週は熊と戦って、先週も猪退治でしたけど」
ターニャの睨んだ通り、彼らは“持っていた”らしい。
「真ん中はリジェクタが回れるようになるまで冒険者協会が受け持つ! ……ってクリシャさんに言ってこいっ! て言われました」
「俺達も前に出ます! ビレジイーターはここまで二回、やってますから知ってます!」
「リジェクタ班が回るまで、押さえてくれるだけで良いんだからさ。……無理はしないでね。気持ちはありがたいけど、なにしろ数が多いから。――むしろ間違い無く押さえてね?」
――任せて下さい! そう言って少年二人は駆け足で持ち場へ戻った。
「……で。オリファさんがいるんですが、声をかけても良いんですか? お父さん」
少年二人を見送った後、クリシャは若干声をひそめて独り言のように呟く。
『構わんよ。彼にも僕らが動いている事実は認識させた方が良い。……我が女王もそう仰せだったが。むしろ、僕が姿を現して良いのかい?』
「誰も居ないトコでずっと話してたら、これはおかしい人だよね?」
『なるほど、違いない』
オリファの目には突然、クリシャの横に色白の青年が現れたように見えた。
「……ぬ? 何奴っ!」
リンクからクリシャの補佐とそして警護。これを全面的に任せる。と言われ、あえて仕える主、リンクとは別行動になっている彼である。
当然に対モンスターではできることが限られる、として警護に重きを置いていたオリファなので、剣に手をかけつつ全力でクリシャと青年の間に割り込んだ。
「は? ……白エルフ? た、タラファスベルン閣下!?」
オリファは当然、ヘシオトールのことはもともと知っていた。
ヘシオトールもここまで、何度か顔を合わせたのでオリファとは面識があった。
一応、お互い顔は知っている二人である。
「結果的におどろかすことになったと言うなら。不可抗力の部分はあるが、そこは済まなく思うよ、オリファント」
エルファス筆頭家頭領にして、水のモンスターの中でも間者の役目を受け持ち、人類領域に頻繁に出入りするエルフ族の中でも希有の存在。
ヘシオトール・タラファスベルンがクリシャの前に立っていた。