天幕の下
2020.07.31 本文の一部を修正しました。
帝都の外縁部。
既に近所には避難指示が出され、帝国政府の関係者以外誰も居なくなった、その街の外れにある大きな屋敷。
中庭に張られた天幕の下。大きな椅子に腰掛けた制服姿のリンクと、その横に控える同じく制服にマントで、銀のレイピアを腰に吊ったターニャ。
「組長統括たる殿下に報告、各組長よりの連絡がまとまりました。各組、配置を終了、準備完了とのことです。――この場の組長はターニャ殿、と言うことになりますが」
「こちらも準備完了。で、おっけーっす」
「殿下。全ての組の準備の完了を確認しました」
「了解した。――兄上……、皇太子殿下はどうしておられるか?」
「現在、帝都中央公園に陣を構築中。今晩中には現地に入られる由、連絡が来ております」
親衛第四騎士団副長代理、マクサスが紙の束を持ってリンクの前に立つ。
「殿下、魔方陣を監視している情報軍団より緊急報告。観察中魔方陣の起動を確認。同行した魔道師の見立てでは、転移開始は明日早朝で確定とのこと」
「ふむ、他も同様と見て良いだろう。――マクサス。新たなものは見つかっていないのだな?」
「現状、未だ探索中との由」
「わかった。なれば入手した情報が正しかったものとして、情報軍団は全軍探索中止。魔方陣の監視を残し、各所に再配置。ワイバーン部隊は全騎、ポロゥ博士の配下に入るよう軍団長に伝えよ」
「は、直ちに。――デイブ、聞いていたな? 直ちに情報軍団へ探索中止を通達! 私はワイバーンの件を伝えてくる。終わればここへ戻れ」
「了解です!」
マクサスは、後ろで控えていたデイブ共々敬礼をすると、足早に広い中庭を出ていく。
天幕の下にはターニャとリンクだけが残される。
「ねぇ、皇子」
「どうしたか?」
「オリファさんをさ、クリシャの組に回して良かったの?」
リンク皇子の腹心でもあり、親衛第四を仕切るはずの副長、オリファは現在クリシャの配下として違う場所に派遣されている。
「対峙するのがブラックアロゥだと聞いた。ならば経験者は必要だ。……それに」
「……ん?」
「ふふ……。やめておこう、無骨者の私がとやかく言うのもおかしな話だ」
門に帝国旗と皇家の旗がはためき、その中庭。リンクの座る大きな椅子の後ろには皇帝旗が掲げられている。
皇帝の代理として事態を収拾せよ。と言う意味合いで皇帝から直接渡された旗である。
同じものは、組長として陣地を指揮するリィファ皇女とルゥパ皇女にも渡され、きっとリンクと同じく、彼らの背後にも掲げられているはずである。
「まさか五箇所で同時にことを起こそうなどと。……まるで察知できなかった帝国政府の責任は重いな」
「パムとピューレブゥルの助言が無かったら、今でも見つかってないよ。完全に人知は越えてる。どころかエルフ達によれば、エルフの見地だって遙かに超えてるそうだぜ」
「それはそうなのだろうが」
――でも、襲撃の入り口は全箇所押さえた。そう言ってターニャは、――バサっ! マントを払ってみせる。
「先手をとったつもりだろうが、そうはいかないぜ!」
「だが、こちらの動きが向こうに知られていた場合……」
「魔道師の先生の話じゃ、これだけ巨大な魔方陣を5つ同時起動するなら、何処かに籠もって一週間前から調整してるはずだって言ってた。さっき起動したってマクサスさんも言ってたろ?」
「あぁ、事前の情報でも今時分に起動するはずだ。と聞いているが」
「それだよ。……本来魔方陣の起動ってのは、使う直前の方が良いらしいんだな」
「そう言うもの、なのか?」
「あたしもそこまで詳しいわけじゃ無いから、その辺は聞いた話の受け売りだけどさ。……けど、デカブツ五基を一人でシンクロして動かすんなら、こうするしか無いらしいよ」
「つまり、こちらを気にしている暇は無い、と?」
「そう言うこと。……それに気が付いていようが、段取り替えなんてできるわけが無いんだよ。魔道師の先生方も、アカデミーの専門家も。普通なら一つの陣を構築するだけで一〇人がかりで二ヶ月はかかるって言ってた」
「向こうも正面から来る、来ざるを得ない。お互い逃げ場は無い、と言うことだな」
リンクは立ち上がると、立てかけてあった金色の剣を手にする。
「ここで討ち漏らさなきゃ、それで良いんでしょ?」
「貴女と話をしていると、なにやらことがスムーズに進むことが当たり前の気がしてくるよ。――まぁ、な。そう言うことではある」
「出てくる種類まで事前にわかったのは僥倖、てヤツだよな。お陰で事前に対策が打てる」
――ブラックアロゥはクリシャとオリファさんが見てくれる。ワイバーンも回してもらった。冒険者協会の若い衆も、やたら気合い入ってるって話。
――ルカとパムリィは歩く人型と彷徨う鎧。なんだかヤル気マンマンなんだよ、あの二人。
――ルゥパ姫とロミはモンスタープランツ。なんでルゥパ姫からやりたいって言われたのか、そこがよくわかんないとこだけど。
――そんで人間の傭兵まで出てくるってぇわけだけど。ウチには傭兵崩れと闇討ちには向かない暗殺者が居る。パリィとエル。知ってのとおり、ウチのメイドは対人戦なら強いぜ?
「そしてここには紅い河、ベニモモの群れがなだれ込んでくる。なのであたしと、そしてリジェクタの中でも精鋭を配置した」
「事前に最善の用意ができた、と?」
「その辺は、どうだかね。……情報軍団もヘシオトールさんも、ここに敵の大将クビが来ると踏んでる。ものがスライムだけに数で押しきるハラ、なんだろうと思うんだ。――アレはアレで、単独だって結構強いしさ」
「だが今の話なら、戦力も物量的にも。十全の準備ができたのでは無いのか?」
しかし、ターニャはむしろ難しい顔になる。
「でもさ、絶対討ち漏らせないんだよ。……ここのすぐ後ろ。中央公園に皇太子殿下が陣取ってる」
「あぁ、そうだろう。当人もそういうつもりであそこに陣を張ったのだ」
「皇太子殿下を後詰め、どころか撒き餌に使うなんてさぁ。――あとで皇子が怒られたり、しないもんなの? 良く皇帝陛下が黙ってるよね」
「むしろ逆だ。前線に出ると言って聞かないのを、妹たちと、そして母上の助力も得て、なんとか思いとどまってもらったのだ」
「実にレクスらしいというか、なんというか」
「ちなみに皇帝陛下はむしろ面白がって煽っていたぞ。……まったく」
――毎度のことながら、わっかんないなぁ。その辺。ターニャは肩をすくめる。
「忘れていないか? ……何度でも言うが。皇帝陛下たる我が父上だが。当たり前にリィファとそしてかの兄上の父でもあるのだぞ?」
「皇帝陛下のイメージがどうにも、さ。そう言う、面白おじさんみたいなのと相反するというか」
「……我が父ながら困ったものだよ」
リンクは眉をしかめ、いかにも困った風に肩をすくめる。
「殿下……? お顔の色が優れない様にお見受けしますが?」
いつの間にかリンクの前にリアがかしこまって立っている。
「ん? あぁ、大丈夫だ。どうしたか?」
「ご夕食の準備が整いました、屋敷の一階へどうぞ」