彼女たちの状況
ルカだけがソロヴァンを弾く事務所。
パムリィが納屋の方から音も立てずに、滑るように飛んでくる。
「ルンカ・リンディ、ぬしだけかや? ロミネイルととアクリシアは?」
「昨日も言いました、ロミ君はお昼から保全庁で打ち合わせです。……クリシャさんは組合から至急の用事とのことで、先程お迎えの方がいらっしゃいました」
「みな、忙しそうであるな。――メイド達もおらんが、どうした」
「宮廷です。……ルゥパの親衛第六、実力はともかく実戦経験が足りません。今頃二人に非道い目にあわされていることでしょう」
「見た目はともかく、戦闘力は高いのよな。あの二人」
「傭兵崩れと出来損ないの暗殺者。練習台にはちょうど良いでしょう」
「アレらが本気になったら、相手が第六では誰も敵わぬのではないか?」
パムリィはルカの頭の上を通過し、来客用ソファの上、無造作に積み上げられた資料の上に座る。
「ところでターシニアはどうしたか? 暗いうちから出かけていったようだが、朝のうちには用事が終わる、とは昨日言っておったぞ。少し確認したき事があったのだが」
「夜明け前からオリファント達、親衛第四が迎えに来ていましたね。……まだ帰ってきていませんわ」
「……ところで、ぬしはどうするのだ? ルンカ・リンディ」
「はい? ……どう、とは?」
「なぁに、そこは下世話な興味なる。此度の件、どの立場でことに当たるのか。と思ってな」
フィルネンコ事務所のルカ・ファステロン、女傭兵・血煙のアルパ、そして高貴なる姫君リィファ皇女。
彼女の場合はどの立場からであろうと、剣を手に戦場に立つこと自体はおかしくない。
あえてパムリィが世間話の類だ、と断ったのはこの辺に理由がある。
ルカが自分の趣味で選ぶならば当然ルカのままのはずだが、合理的なことを好む兄の背中を見てきた彼女である。
その彼女がどの立場で戦場に立つものか。パムリィは単純に興味があった。
「ルカは基本的に事務員ですからね。実家に避難することになりましょう」
「実家、な。なれば第一皇女ルケファスタ=アマルティアが“最前線”に出てくると?」
「察しが良いことですね。そのへんは“若様”と交渉中です」
「リンケイディアは妹御達の事になると目の色が変わる、で使い方はあっているか? ――ともかく。アレがぬしを前に出したがらない、と言うのは想像に難くないが」
「たといルカであろうと、腐ってもフィルネンコ事務所の一員。モンスター絡みで下がるわけには参りません。それがリィファであったとて、皇家の親衛騎士なのです。国の危機にあって安全地帯にいるなど論外。――それに」
――じゃか。ソロヴァンを横に置き、書き物をしていたペンをペン差しに戻したルカは書類を揃えつつ立ち上がる。
「皇家のものが最前線にいる、――それがどれだけ士気に影響を与えるものか。あなたにも理解はできましょう? お兄様は元よりそのおつもりのようですが」
揃えた書類に千枚通しで穴を開けファイルに綴り、紐を結わえる。
「それこそ理解し難いな。……ルケファスタであれば安全圏におっても誰も文句は言うまいし、それでも戦場におる。というなら士気も変わるまいものを、なぜ故最前線に拘る?」
「こんなことを思うとは自分でも驚きですが……。わたくしも、端くれであろうが専門家であるからです」
ルカはファイルを棚に収めるとそのまま来客用のソファへと向かい、腰を下ろす。
「……ターシニアの言い様に倣えば。線を引く仕事、であるのよな?」
「そして、線をはみだしたものへの対処こそが仕事なのです。その線の見極めは専門家の専決事項。……ならば今回、その見極めをするのは。帝国筆頭業者である、わたくしどもフィルネンコ害獣駆除事務所をおいて他に無い。そして名前はどうでも、わたくし個人はその末席に籍を置くものなのです」
「最近はその辺は理解出るぞ、我でさえそう思う」
「他のものにまかせるわけには行かない、などと。――まぁ多少は意固地になっている部分もありましょうが。……あなたこそ、どこでなにをするおつもりですの?」
ヘシオトール以下のエルファスが複数人、パムリィの指示を受けるため。毎日のように事務所を出入りしている。
最近は、事務所内で気配を消したりすることをしないので、それはルカにも見えていた。
「我は飼い主に付き、人の世を学んできた。なれば此度も同じく、我がお姉様と行動を共にしようと思うている」
――せっかくリンケイディアが作ってくれた服をまた着られそうであるな。言いながらパムリィは資料の上に座ったまま、腰の剣に手をやる仕草をしてみせる。
法国への視察の時に作った服は白地に赤、宮廷騎士の制服そのもの。
リィファが戦場に出るなら、同じ服を着ているはずである。
「なかなかどうして、あの服は気に入っているからな。――人間が、なにをどうして収めようというのか。これを我が目で見ておきたいのだ」
「もちろん今回はあなたの流儀、力ずくでの決着にしかなりませんわ」
「どうも勘違いをされているようだな。我はもっと、平和な生活が好みであるぞ」
「暴力をもって平和を勝ち取る。……わたくしの元来が帝国の姫である以上、これをアタマから否定することはできません」
「もっと違うやり方がある、と言いたいか?」
「ターニャをみているとそれも。……あながち、夢想家の理想論。と言うことでも無い気がしてきますわ」
「アレは阿呆であるが故、物事の本質を直接突いておることも多いからな」
「回りの殻を綺麗に剥いてからで無いと、問題になることも多いというのに」
「歯が欠けたり、喉に刺さったり。確かに問題であるな。……比喩、と言うのも面白いものよの?」
「面白がって貰えたなら僥倖ですわ。――ターニャはそれを理解した上で、わざとやっているのです」
「話をややこしくしても誰も得はしまいになぁ」
「わたくしとクリシャさんの仕事が増えるだけです……。そう言えば」
「なにか?」
「あなたが仕込んだモンスター達、どこでなにをさせるおつもりですの?」
「モンスターである以上、人から見えぬところで生きるが基本なる」
「なるほど、衝突の前ですか。――では、あなたの仕込みであるのに、事前に全部は潰せない、と? そこまで敵は強力なのですか?」
「相も変わらず、勘の良いものよな。――モンスターというだけで、我に仕えているわけでは無い故、必然。我の声に呼応して動いてくれるものも限られる道理なる」
「改変されたモンスター、やはり気に入らないものですか?」
「我らとて、自然に生きるものだと思うてある。兵器として作られたものがあらば、引導を渡し土に返すも、同じ括りである我らの役であろ?」
「そうした話を聞けば。なるほどあなたは女王、なのでしょうね」
――人の括りの女王とすれば、名ばかりなる。パムリイは一度だけ大きく羽ばたきをすると、――ふわり。と浮き上がる。
「仕える臣下もおらぬ故な」
「名ばかり皇女と名ばかり女王、ですか。あなたの方がエラそうですわね」
「まぁ、エラいのであれば文句は無いが」
「……わたくしはあなたと違って、本当に名ばかりですからね」
「だが、ルンカ・リンディとしてはフィルネンコ事務所の女帝であろ? みな言っていることなる」
パムリィはそう言うと、――すい。と納屋の方に流れていく
「ちょ……! パムリィ、お待ちなさい! それは誰が言っていますのっ!?」
ルカは立ち上がって振り返るが、既にパムリィは扉を抜けている。
「みなが言っている、と言ったぞ」
声だけを残してパムリィの姿は開いたままの扉へと消えた。
「まったく……!」
――ふぅ。ルカは一つ息をつくとソファに座り直す。
「あの子と来たら、本当にいつもいつも…………。うん? いつ、も? ……ふむ。――なるほど。わたくしは、この日常が、気に入っている。……そう言うこと、なのですわね」
そしてこの日常は、あるいは明日、跡形も無く崩れ去るのかも知れない。
そう思ったルカは、自分で両の腕を抱きしめると俯いた。
ついに帝国中枢へ向けてモンスターの大群が動き出す。
迎え撃つのは帝国軍と、そしてリジェクタ達。
人間のプライドと、帝都の人々の日常を賭け。
ターニャ達は立つ……!
次章『帰るべき場所』
「皇子にキチンと、言っておかなきゃいけないことがある」
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今回は誰得害獣駆除図鑑は無し。
次章開始まで数週お休みを頂きます。
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