再び墓所
「悪ぃな。みんな休みなのに、お前だけ働かせてさ」
宮廷騎士代理人の白地に青の制服を着て、長い金髪を綺麗に後ろに編み込んだ小柄な女性が、乗ってきた馬から下りる。
「全く。皇子もはなっからこっちに話をふれば良いんだよ。代理人、ってんだからさ」
急遽午後から。役職の名前通りにリンクの代理として数件、顔を出してくる用事ができた彼女である。
ただ意外だったのは、本当に顔を出すだけでほぼ用事が済んでしまったこと。
皇族が直接に使いを、それも自分の代理人を寄越す。と言うことが如何に重いことであるのか、自身の立場を改めて思い知った彼女である。
「あとでなんかおごるよ。……いつもニンジンってのもアレだよな、イモなんてどうだ? そろそろ時期だしな? ――はぁ? 仕事の報酬はニンジンってことか? お前、そういういらんトコも頑固なのな」
そう言うとターニャは、ラムダの鼻先を撫でる。
「ま、お前が良いならそれでいいんだ。まだイモはちょっと高いんで、むしろあたしは助かっちゃうぜ」
ラムダは特に文句を言うでも無く、ターニャが撫でるに任せていた。
「ここでちょっとだけ待っててくれな? あとは家に帰るだけだからさ」
花束を抱えると、ターニャは丘を登り始める。
「……祖父様。ご無沙汰をして申しわけありませんでした。不甲斐なく写るかも、ですが。あなたの孫、ターニャは事務所と男爵、キチンとできてるかわかんないですけども、今もやってます。どうか見守って下さい」
そう言うとターニャは花束の一つをその墓石の前に置き、頭を垂れる。
「祖父様からお預かりした名前も家も。生きてる限りは絶対に護ります。……そうだ! ほら、この服をみて下さい。今。ターニャは、宮廷騎士代理人として第二皇子殿下にお仕えしてるんですよ! ホントに全部、ちゃんとやってますから!」
――もちろん事務所も順調にやってます、今のところ、心配はしなくても大丈夫です。ターニャは墓石に剣の柄にはめ込まれた皇家の紋を見せ、胸を張って見せた。
まだ太陽は昼の明るさを保っているが、間もなく夕暮れの迫る墓地。
人影のほぼ無いそこを、花束を抱えたターニャはゆっくりと移動し、二つ並んだ墓石の前で足を止める。
「ひまわりが、ちょっと時期が遅くって。……ごめんね、大好きなのは知ってるんだけど。今年はもう無理なんだって。だいぶ探したんだけどさ」
ターニャはそう良いなら、ひときわ大きな花束を墓石へと捧げ、片膝を付く。
「母様、実はわたし、す、好きな人ができたんだ。あ、あのさ。そんでね? ……父様を好きになったとき、母様はどんなだった? ――初めから、大好きだった? それとも、いつもみたいに喧嘩しながら仲良くなった、のかな?」
彼女の小さいうちに流行病で倒れたターニャの母親。
脳裏にうっすらと残るその面影は。
装備を点検し、父や仲間を送り出してから帳簿を開いてソロヴァンを弾き。
いつも父と掴みかからんばかりに顔をつきあわせて喧嘩し。
そしてそれ以上に、いつも父と仲睦まじく肩を寄せ、笑い合っていた姿。
「多分色々あるから、ここに連れてくるわけには行かないかも知れない。結婚だってできないんだろうけど。でも、わたしはそれで満足してる。……母様は、そう言うの。どう、かな。怒る、かな……?」
――でもさ、あの人を好きだってのは、これは間違って無いって思うんだ。ターニャはゆっくりと立ち上がる。
「運命の人、なんて。――そんなの、お話だと思ってた。わたしが男の人を好きになんて、ならないと思ってた。うん、なんて言うかすごく面倒くさい話でさ。って言うか、わたしもその人も面倒臭い人で、……あーと。今日は時間ないから、今度ゆっくり話しに来るね? すごく聞いてもらいたいんだよ、良い人だし、凄い人なんだ。本当なんだよ……」
立ち上がったターニャは、残った花束を持って数歩だけ歩くと、母の墓石の隣へと再び跪く。
「父様に報告がある。……わたしがリジェクタの有名どころ一五〇人をまとめて、モンスター退治をすることになったんだよ。帝国筆頭リジェクタなんだから、当然お前の仕事だ。って、みんな言ってくれてさ。――えっと。褒めて、くれるよね?」
花束をそっと墓前に捧げ、持ってきた酒瓶を墓石の上で逆さにして中身が零れ、墓石が濡れるに任せる。
「これ、まだ去年の分ね。今年はすごく良いのが出来そうなんだって。――父様が生きてれば、これは絶対に父様の仕事で間違い無いんだけどさ。……でも、父様が居ない以上、あたしがやる。やってみせる……! だから。師匠として、みててよね?」
――父様がうらやましがるくらいに大活躍しちゃうからさ! そう言うとターニャは笑みを浮かべる。
「ゴメンね、父様。わたしさ。このままだと一生、結婚はできなそうなんだけど……。でもその分、すげぇリジェクタになるよ。あいつは先代を超えた! ってみんなに言わせて……、先代よりも、すげぇって。先代より上だって。絶対言われてみせるから……。師匠が途中で死んじゃったから。だから今まで無駄に苦労したんだもん、報われても、良いよね?」
――ホントはもっと、父様に教えて欲しかったんだよ。仕事も、貴族も、ワインも、他も全部、さ……。薄く微笑んだままのターニャの頬に、涙が一筋だけ流れた。
「あ、そうそう。おっさんもリアンお姉ちゃんも、ロジャーさんも。父様の弟子筋は全員、超一流の仕事をしてるよ。そっちも心配なし。――いつか、父様みたいに弟子になりたい人が集まるような、そんな人になりたいんだ……」
墓前に座り込んだまま動かないターニャの影は、ゆっくり伸びていく。
夕暮れの中、ターニャが丘を降りてくるとラムダの頭を撫でる男性の影。
「男嫌いのラムダにロミ以外で近寄れるヤツ? ……誰だ?」
気に喰わなければ、それが男であった場合。躊躇無く噛みついて蹴り飛ばす“彼”なのである。
「……って、皇子!?」
「やぁ、ターニャ。……名代ご苦労だったな。誰もなにも言っていなかったろう? ――ちょうど彼に、愚痴を聞いてもらっていたところだ」
ラムダの頭を撫でて、何かしら話しかけていたのは。
ターニャの青の部分が赤になった宮廷騎士、その白い制服を纏ったリンクであった。
「一体、いや。あの。なんで一人でこんなトコに……」
彼も午後からだけでも方々回ったはずである。
「さっきまで一緒にオリファが居たぞ。帯剣した貴女が降りてくるのが見えたので、先に事務所に行かせた。護衛というならあとは、このラムダ氏も居る、十分だろう」
そう言われたラムダは誇らしげに鼻を鳴らす。
「やめろ莫迦! みっともない。――しかしあの、皇子?」
「少し話したいことがあったのだが、事務所に行ったらクリシャしか居なくてな」
――もう戻って良い頃なんですけどねぇ。……だったら。そういって彼女はリンクにこの場所を教えたのだった。
「まぁそう言うわけで来てみたら、ラムダが居たのでね。だから貴女の来るのをここで待っていた、ということだ。……ここにご両親が?」
「えぇ、まぁ……」
「この度の件が一段落したら、私も参らせてもらっても良いだろうか?」
「いや、でも皇子は身分が……」
「身分や爵位で墓参りをするわけではあるまい。――まぁ確かに色々事情はあるのは否定しない。 皇子だとわかる服 のままで参らせて頂くわけにも行くまいが」
「いくら何でもダメでしょ、そんなの……!」
――ははは、ターニャにまで怒られるとはな。そう言うとリンクは。――くるり、と振り返って歩き出す。
「格好はともあれ、挨拶はさせて貰えるのかな?」
「そこは皇子が良ければ、むしろお願いしたいくらいで。――あのさ、皇子。……乗ってく?」
ターニャの言葉を聞いて、ラムダも自然に頭を下げる。
「三〇分かからんだろう、話をしながら歩いて行こうかと思うがどうか?」
「そんでいいなら。……聞いてたな? 歩いて帰る。行くぞ。――で、話ってのは?」
ラムダの手綱を持ってターニャも歩き出す。
「実は今日、エルファスのヘシオトール殿と話すことができた」
「え? ヘシオトールさんが皇子のところに直接っ!?」
「あぁ。なのでかえって、クリシャとはさっき会えて良かったのだ。……だがそのせいで、貴女の仕事が増えてしまったのだがな」
――今のところさしてすること無いんで。ラムダの手綱を引きながらターニャ。
「先日、貴女が頼んでくれた情報屋からも話は聞いている。これで敵の陣容と侵攻ルートがほぼわかった」
「……へぇ」
「そして、フィルネンコ事務所は各々の能力が高い上、統率力にも優れるものばかりだ。なので各方面の指揮官としてバラして使いたい」
「クリシャも何処かに配置するの?」
「彼女には、この件の対策本部長として本陣で指揮を執って貰うつもりだったのだが、困ったことにどうにも前に出たいようだ」
ターニャはちょっと上を向いて、――むぅ。何かを考える素振りののち、あえて一度正面を向いてから、横を向いて皇子と目を合わせる。
「そしてもっと困ったことに、皇子殿下も最前線に出たがるわけだ。――クリシャに本部長やらせて、自分は前に出る気だったんだよね?」
「もちろん前に出る。私は代理人と二人で漸く一人前だ」
「いや、そうじゃ無くて……」
「まぁ聞け。私が出るのはスライムの真っ正面のつもりなのだ。そしてそれなら、帝国王朝最高の看板を背負う、スライムの専門家に知り合いがいてな。その方が私の事を護ってくれようものだと考えて居るのだが。――どう思う?」
「例のベニモモ、か。あたしは一度みてるしな。……うん。――全く、しょうがねぇなホント。……宮廷が良いってんなら。もう、それで良いよ」
「なんと言うか。その宮廷が頷くように、貴女のひと言が必要なのだが。その……」
「当然、そうだよね……」
歩いて行く男女と馬の足元に伸びた影。それは少しづつ、長くなっていった。