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環境保全庁 ~少女とおっさん~

「次の件、実はこれ。オリファさんが懇意にしている情報屋さんからの話です」

「アブニーレル卿? ……彼が何を頼んだと言うんだ?」

「サモナーとテイマーの両方の能力を併せ持つもの。ここ三〇年の内、帝国王朝内で該当するものはいるか? これは正規の予算をつけて大々的に調べたようです」


「彼は一人だと踏んでいるのか」

「オリファさんは元からそう言う意見でした。そうでないと秘密が漏れる、と」

「話はわかるが、そんな都合の良い奴がそうそう」


「該当者は三〇年前、五年前、半年前ののべ三人。目撃されたのは全て帝都内。そしておそらく。全員が同一人物です」

「なぜ同一人物だとわかるんだ?」


「私と同じく、エルフの禁忌破りの結果だからです」

 クリシャは鞄から紙を一枚取り出す。

「これはエルフ全体を束ねる原種エルフ。その筆頭家の方が持っていた似姿を、私の生物学的なお父さん、白エルフ(エルファス)のヘシオトールが模写させてもらったものです。――オリファさんも同じものを持っています」


 長髪で若干線の細い、繊細そうな若者の似顔絵である。

「生物学的な、は付けなくて良いんじゃないか? ……で、これが?」


「はい。七〇年前にエルフと人間を掛け合わせる禁忌を犯して“作られた”サマナーでテイマーで魔法使い。その人の約四〇年前の似姿です。――調査の結果、髪型や服装は違うが、同じ人を見た。と言う方が複数人出たそうです」


「だがクリシャ、四〇年も前の……」

「そしてもう一枚」

 クリシャは総督の話を無視して鞄から髪を取り出す。


「これは、あの日。テルのおじさまを“刺した”犯人を、当時の私が書いたものです。……子供の私しか顔を見ていなかった、絵も上手く描けないので、誰にも相手にされませんでしたが、間違いなく同じです。この男なんです……!」

 多少線が荒く、似顔絵と言うにはだいぶ表現が足りないが、その絵に書かれた男は。

 確かに言われれば、もう一枚の絵と特徴が似ている。




 ある日、テオドール・フィルネンコは暴漢に刺されて死んだ。

 ターニャが十三歳、丁度見習いを卒業し、クリシャと組んで仕事を始めた頃である


 彼は当時の皇太子をかばって、そのまま帰らぬ人となり。

 犯人は未だに捕まっていない。


「みんなは、当事者の陛下でさえ。当時の自分、皇太子殿下をかばって刺されたのだと言っていますが……」

「何が言いたい。場合によってはいくらお前でも、怒るぞ……?」


「気にくわなければ、どうとでもして下さい。――テルのおじさまを直接狙ったのではないか。子供時分からそう思ってましたが確信しました。あれはテオドール・フィルネンコを殺しにいったのだと」




「しかし見た目は、……息子か何かだと言うことなのか?」

「彼の形質は私よりもよほどエルフに近かったらしく、十五のみぎりにも、身長は今の私よりもかなり低かったのだと聞きました」

 禁忌の子供ではあったが、エルフ達は彼を殺すことは良しとせず。それなりに大事に育てていた。


「つまり」

「人のことは言えませんが、彼の半分はエルフ。それも、平均でも三〇〇年は生きるとされる原種エルフです。しかもエルフの形質がかなり強い。……人の二〇年など彼にとってはほんの数年にも足りません」


「その彼が、エルフの村ならともかく、どうしてテルを狙う必要がある?」

「そこは、お父さんにも調べるのを手伝ってもらいました」




 ――彼の生まれた村はある日、壊滅しています。これが四〇年前。


 ――三〇年前には、強力な魔導具マジックアイテムを手にいれるために盗賊団を編成、影で操っていた。


 ――但しどうやら、彼は帝都の外には出なかったようです。


 ――その後、用済みになった盗賊団をあっさりと見捨てます。


 ――資金も情報も断たれた残党は、結局シュムガリア公国で帝国騎士団に打たれますが、当然そこに彼の姿は記録されていません。


 ――そしてこれは秘密にしておいて欲しいんですが。


 ――約一五年前。お父さんとお母さんをそそのかして、人間に近い形質を持つ“私”を、意図的に作り出すことに成功しました。



「だからさっきの調査結果に追加して。目撃された延べ人数は四人、です。お父さんが間違い無くあの男だ。と、その絵を見て言いきりましたから」



 ――忌々しいことですけれど、望んだ形質を持つ命を、ある程度選択的に“創造”する実験に成功した。と言って良いでしょう。


 ――そして五年前。モンスターの改造の“設計”も佳境に入った頃。モンスターを使って帝都に侵攻する。その計画の障害になりそうな、テルのおじさまを。




「……自分で殺した。エルフの形質がここでも役に立っています。素早さと、そして人目に触れにくい、記憶に残りにくい、という特性が」

「クリシャ……」



「そして先日から、調整と威嚇をかねてブラックアロゥや群れるベニモモを帝都へと向かわせ、自身も力試しに国営第一を完全モンスター領域のダンジョンに変え、街道沿いにモンスターを出現させ、規格外のリビングドールやワンダリングメイルを現出させてみせた……」


「つじつまは、合う。が……。クリシャ……。この件、四代目には……」



「私からターニャになんて、言えない、言えませんよ……。伝えかたがわからない、言葉がない、感情を表現できない。……こんなに悔しいのに、こんなに苦しいのに、こんなに怒っているのに、こんなに悲しいのに。私だって、こんなにも痛いのに……。誰にも、わかってもらえない。……誰もわかってくれる人が、いない」


 うつむいて、普通の調子にも聞こえる声でそう言うクリシャだが、膝の上には水滴がパタパタと落ちる。


「きっとターニャに話をしても、父様を莫迦にしてる。って思われて怒らせて悲しませるだけ。……私、最低最悪、下の下だ。人じゃ、無いから……?」

「いや、だが四代目、ターニャはお前の……」



「テルのおじさまには、とても良くしてもらって、だから」


 ――“大人”になったらきちんと恩返しがしたくて。だから……。

 ――その分ターニャに返せば良い、ってみんなは簡単に言うけど。でもね、そうじゃない、違うんです。

 ――テルのおじさまは、怒られるかも知れないけど、でも。私のもう一人のお父さん、なんです。だから……。

 ――人かどうかもわかんない私にまで、厳しくて優しくて暖かくしてくれて、だから。


「だから、私……」


「当たり前のことばっか、言ってんじゃねぇよっ!」

 ――だんっ! 総督はデスクを拳で殴りつける。

「お前は大莫迦野郎のテルの娘だし、俺の娘でもあるんだっ! 誰もわかんねぇだあ? ――巫山戯ふざけるのも大概にしろっ! お前がなにをどう思ってるかなんて。当たり前だ! 俺だって。痛いほどわかってる……!」

 

「……総督、さん?」

 総督は、首の蝶ネクタイをむしり取って机に投げつけると立ち上がる。

 

「それに何より。大事な莫迦娘のもう一人、ターニャの友達で相棒でブレーキ役だろっ? そして世紀の大変人、ギディオン・ポロゥの一番弟子だ。――この立ち位置に、お前がなにか不満があるってんなら……!」

 立ち上がった総督は、――意味も無く声がデカくなった、済まん。椅子に深く座り直す。


「不満があると言うならば、だ。……あとの予定なんざ、もうどうでも良い。お前が納得するまでいつまでだって。……聞くぞ?」

「不満なんか……。むしろそれが、良いです」

 しばらくの間、クリシャはうつむいて。膝に水滴を落とし続けた。




「落ち着いたか? ……失った分の水分は補給しろ。脱水症になる」

 そう言いながら総督は、水差しからコップに水を注ぐとクリシャの前に置く。

「いくら何でも、大袈裟です。ふ、ふふ……」

「娘のことは、いくつになっても心配なのが男親なんだよ。――ターニャはあんなことで怒りはせんとは思う。だが逆に……」


 自分もコップに水を注ぐと一気に飲み干す。

「内容があまりにもアレにとってはセンシティブ過ぎだ。……ターニャが、“父様ちちさま”の件を聞いて普通でいられるとも思えん」



「なので、総督さんにお話に来て……」

「良くその判断をしてくれた。ありがとう。この件については全てが終わったらこちらで全力をあげて調査する。……ずっと、とは言わんが。クリシャ、お前は。この件には当分触るな。良いな?」


「……でも」

「良いんだ、知ったが故に痛むような、そんな仕事はおっさんに任せろ」

 総督は、――おっさんはな、多少痛んでも良いように腹に脂肪を蓄えてある。そう言って口の端を釣り上げてみせる。


「たまには俺にもかっこ付けさせろ。……お前とターニャはいつもいつも。コンビでかっこ良過ぎなんだよ! 莫迦娘どもがっ!!」

「……総督さん」

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