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環境保全庁 ~博士と総督~

「一人で来るとは珍しい、忙しかったんじゃ無いのか? “ポロゥ博士”。“ビッグ・ポロゥ”には昨日会ったが、いつもにましてすこぶる不機嫌だったぞ」

「でも上機嫌の先生? うーん。……それって、かえって気持ち悪くありません?」

「うむ。……それは否定出来んな」


 環境保全庁総督室、デスクで腕組みの総督の前に立つのはクリシャ。


「おたがいに忙しい処ではある。……なんの用事だ? クリシャ。いや、今日はDr.ポロゥか?」

「どちらでも。私はルカさんのように、肩書きを使い分けるみたいな器用なことはできないので、その辺は全部一繋がりです」

「むしろそれが普通だ……」


 落ちぶれ貴族のお嬢様、ルカと。最も高貴(マジェスティック)なる姫君・プリンセスリィファ。さらには女傭兵、血煙のアルパ。

 その他にも状況や事情によって次々と名前を使い分け、完璧にその人物の“役”をこなしきってみせるルカである。


「ルカ嬢、な。あの方にルカだ、と言い張られると俺あたりは対処に困るんだが」

「むしろその辺、ターニャがキチンと分別をつけてるのが不思議なところです。総督さんも困っているのに」


「アレはがさつにしている自分が好きなだけで、中身はそこそこマトモだからな」

「珍しいですね、ターニャを褒めるの」

「娘のようなものだからな。……本人には言うなよ、図に乗ってあとが面倒くさい」

 ――あははは……。やっぱり。クリシャが笑うのを総督は、腕組みのまま。表情は少し緩めて眺める。


「で? 話を元に戻す。……お互い忙しいのは本当だろう? 用事はなんだ」

「情報の共有と雑談、と言うことではどうでしょう。ちなみに今日は仕事は休みなんです」

 クリシャは、壁に立てかけてあった折り畳みの椅子を持ってきて、デスクの向かいに広げる。

「やれやれ、……それは俺には断れんよ」


 総督が、――チンチーン……! 呼び鈴の釦を2回押すと。

「失礼致します」

 職員の男性が扉を開けて顔を出す。


「お呼びでしょうか、総督」

「これより一時間ほど、フィルネンコ事務所のポロゥ副所長と緊急の打ち合わせだ。あとの予定の変更とキャンセルを。――それと水を持ってきてくれ」

「ですがこのあとの……。いえ、わかりました。変更の予定はポロゥ博士の御用がお済みのあとで、もう一度……」

「悪いがそうしてくれ……」




「それで? クリシャ。話、とは?」

「総督さんはもともと。フィルネンコ事務所でターニャのお父様、テルのおじさまと仕事をしていました。なので、もろもろの事情や説明は飛ばします」


 そう長い間ではないが、先代所長の時代のフィルネンコ事務所で、同時期に在籍していたことのある総督である。

 立ち位置はほぼ今のクリシャと同じ、チームの知恵袋的存在。

 但し、名ばかり副所長のクリシャとは違い、実務的にもそれなりに副所長をやっていた彼である。


「今日はずいぶん強引なんだな。……わからんとこは、口をはさんでも良いのか?」


「むしろおかしなところがあれば教えて下さい」

「昔話をしようと言うんじゃないのか?」

「一概にそうでも無いと思いますよ?」

「聞こう。基本は情報の共有、だったな」



「まずはどこかの不機嫌なおじさんと、そして学会の有識者が導き出した、ブラックアロゥと群れるベニモモ。これの公式見解です」

「おや? だがまだ結論は……」


「三日後に、学術院総長を交えた高等学術会議を開いて論文を最終決定して公式化するそうですが、私は、そう言うものにはあまり興味がないので」

「それは興味の問題では。……まぁ良いさ、で?」


「まず、自然に発生した変種であることは完全に否定されました」

「……操作痕が見つかったか」

「標本から魔術で強引に形質を歪められた、その痕跡を見つけたそうです」

 クリシャやロミが、現場で丁寧に標本を集めた成果が出た、と言うことだ。

 ブラックアロゥの一部については、まだ生きてさえいる。


「技術的にこの二種について人為的に作り出すことは、召喚術、使役術、そして多少希有けうな能力が必要ですが魔術。この三つが介在するのを前提とすれば、現在の学術院内部でも再現は可能である。と言うのが結論です」


召喚士サモナー使役士テイマーが絡んでいるとは元から言われていたな。……希有な魔法とは?」

生命創造ライブクリエイト。帝国の歴史上でも、その能力を使用できるものはこれまで二人しか見つかっていません」

 ――なんだよ、それ。総督は椅子から尻を浮かせる。言葉だけを聞けば神にも等しい能力であるが。


「とは言え、別に無から命を創造するのではなく、例えばワンダリングメイルやリビングドールの発生条件を下げたり、無条件でモンスター化できたり、という感じの能力で、過去には猛獣やモンスターの剥製なども操った、と記録があります」

 ――名前が大袈裟だよ……。総督は椅子に座り直す。


「で? 例の公国の一件は、アレは実験かデモンストレーション。であったと?」

「会議でもそこまではまだ言及できないし、しないはずです。……ただ、私は総督さんの言うとおり、事前の練習だと思います。……次です」

 クリシャは機械的に話題を切り替え、資料のページを繰る。




 クリシャが普段、少し年齢が下の少女のような振る舞いをしているのは。しかしこれは養父ギディオンが人の世界で受け入れられるため、何度も何度も繰り返し教え込んだ、いわば“条件反射”のようなもの。

 ターニャと出会って、自分で取り込み。さらには年を経るに従ってそう見える様、自分で考え。そのバリエーションは増えたが。


 彼女の本質はとても機械的なのである。

 エルフの、と言うよりは異常な量を詰め込んだ資料庫ライブラリとしての彼女の本質、と言うべきなのだろう。


 エルフと人間のハーフでありながら。

 すでに標準的なエルフでは彼女の知識量には遠く及ばない。

 エルフと人間、その優れた資質のみが発現している、と見える彼女である。


 そしてクリシャが拾われた当時、フィルネンコ事務所に所属していた総督は、自身のボスであるテルが、女の子を拾ってきたのを目の当たりにした。

 その後、総督自身で殺処分にならないよう帝国政府に掛け合い、のちの養父となるギディオンへのつなぎも自分で付けた。

 妻も子も持たない彼はクリシャを、ターニャと共に自分の娘のようにその成長を見守ってきた。


 クリシャの事情は当然、全て知っている。

 彼女が“省略する”と最初に言ったのはこの部分である。


「練習、ね」」


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