ヴァーン商会 ~真面目なワカモノ~
「休みにするったって強引だねぇ。……ターニャらしいと言えばそうだけど。ま、それはそれとしてさ。――せっかく休みなんだから、お母さんに顔を見せに行くとか。その他にも選択肢はたくさんある気がするんだよね。ヴァーン商会に来る、以外の選択肢がさ」
ヴァーン商会本部、その一番奥の会頭室。
応接のソファに収まるリアンと、その向かいにはロミ。
「母上と妹には、この件が終わったら。その後ゆっくり会いに行こうと思います。――片道だけで、馬でも丸一日かかることですし」
「遠いのはそうなんだろうけど、さ。――自分が生還することには疑いを持たないんだね……。要らないトコまでターニャに似てきたんじゃないの?」
リアンはロミの年にはもう、帝国筆頭の看板を背負って仕事をしていたターニャを思い出す。
「素直には喜べない話ですね」
「はは……、そうだね。でもさ、冗談だけじゃ無いんだよ。心配してるんだ。――自信があるのは結構だけど、それも過ぎたら命に係わってくるのよ? ……まぁ。ロミに関しては、その辺は問題ないとも思うけど、一応。ね」
根拠も無しに自信満々。当時のターニャはそう見えたし、事実そう言う部分は少なからずあった。
「……気をつけます」
「良いのよ、その辺は聞き流しといて。……ところでさ。このところ、同業者に顔出してるそうじゃない?」
「えぇ。実は先日、僕に二種リジェクタの免許が正式に発給されました」
「……それ、関係あるの? ――ま、今回はずいぶんとあっさり免許が降りたねぇ。実際に本気で現場に出るようになったの、例のスライムの時からでしょ?」
実はリジェクタ免許については世間で言われるよりも数倍、発給基準が厳しい。
ならずものが心を入れ替えて。と言うパターンではいくら真面目にやろうが、それだけでは簡単には免許は交付されない。
「ターニャさんの名前がいかに大きいか、改めて思い知りましたよ。……“改造スライム”以前からフィルネンコ事務所に所属していた、その分も評価の対象になったようです」
同時期から活動を開始した“ルンカ・リンディ・ファステロン”は、しかし。経験不足、として免許発給の審査対象にすらならなかった。
「で? それがさっきの話にどう繋がるんだい?」
「リジェクタの家に生まれて後を継ぐとしても。普通は勉強のために何年か他のリジェクタのチームに預けるものだ、と聞きました」
一人前に成ると同時に、そのまま自分のチームを率いていたターニャがレアケースなのであって、通常新人は。知り合いや仲間のチームに、暫く修業に出されるのが業界の慣例である。
「でもターニャさんには、今のフィルネンコ事務所には僕を外に預けるような余裕は無い。と言われました。――お前には必要ない、とも」
数人の小規模でチームを組むことが多いリジェクタであるので、仕事によっては他のチームとの連携も必要になる。
だから他のチームのやり方はもちろん、顔つなぎやコミュニケーションの訓練もかねて、仲間や知り合いに預けるのだが。
ロミに関して言えば、元から“営業担当”、他のチームの知り合いも多い。
その上、リジェクタでさえ無い初期のルカや、リンク皇子。彼らとも、現場で臨機応変に連携を取ってみせる柔軟さと器用さ。これを既に持っている。
何より、このところ仕事が増えて外に貸し出せる余裕が無い。
ターニャが言うのはそう言うことである。
「ま、アイツの言うことはなんとなくわかるかな」
「なのでせめて怪物退治の先輩方に、話を聞いて回っている、と言うことです」
「真面目だねぇ」
「不器用なんでしょうね。なんでも段取りを踏まないと、できないんです。僕は」
「ターニャやらルカちゃんやら、あの子達が普通にしてることは。アレは全然普通じゃ無いからね。あの子達はある意味で頭、おかしいから。キミは相当な出来物だよ、これは真面目に」
「はぁ、そう言って頂けると……」
基本的には何をやらせても器用にこなすターニャや、一度見聞きしたことは絶対忘れず、即座に同じ事をやってみせるルカ。
さらに物事なんでも理詰めで正しい答えを導き出すクリシャに、人間の行動様式を知り尽くし、さらに今も貪欲に人間を知ることに全力を挙げるパムリィ。
その他、プロ顔負けのお菓子をその辺の材料で作るパリィの本業はスリ。とんでもない早さで作法に乗っ取った料理を作るエルは、暗殺剣の使い手。
この二人にレストランからオファーがかかったのも、実は一度や二度では無い。
ロミ自身も、若くして騎士道の体現者、かのルゥパ姫の事実上の師匠でもある。
センテルサイドの御曹司と言えば。帝都で剣に関わりの有るものならば、知らないものが無いほどではあるのだが。
フィルネンコ害獣駆除事務所にいるからこそ、普通の人間に見えるのである。
「その話はおいとくとしてさ。――だいたいそんなとこだろうとは思ってたわ。けど、あたしんとこに来ないからさ、ロミからは嫌われてるのかなぁ、と思ってこのところ落ち込んでたんだ」
「いやいや、そんなことは。……だって、リアンさんはリジェクタだけやってれば良い。と言うわけでも無いですし」
実はこれまでも、何度かリアンの予定を聞きにヴァーン商会の本部には足を運んでいるロミなのであるが。
害獣駆除部門のチーフで有るだけで無く、ヴァーン商会の会頭でもあるのでほぼ空いている時間などないのだった。
「だから、やっておけば良かったは無し。と言われたので直接アポも無しに来ました。……意外と何とかなるものですね」
「だぁかぁら。要らないところはターニャを真似しないの。……まぁ、中で書類仕事してるなら、いつだって来て良いけどね。キミやルカちゃんなら大歓迎よ」
――で、それを踏まえて。だ。リアンが真顔になって背を伸ばす。
「みんなにはなにを聞いて歩いてるんだい? ……あたしに、なにを聞きたいの?」
「リアンさんも持って回った言い回しは嫌いですよね? ――なので単刀直入にお聞きします。……怪物駆除士に必要なもの、それはなんだとお思いですか?」
「難しいところから攻めてきたね。……ただ師匠が同じだし、ならば。あたしの答えはターニャと、そうは変わらないとも思うけど?」
「それならそれで良いんです」




