墓所
帝都を見下ろす小高い丘。そこにならんだたくさんの墓石。
二人の少女が、二つならんだ墓へと花を手向け、黙祷を捧げる。
珍しくメイド服姿では無いフィルネンコ事務所のメイドさんズ、エルとパリィである。
「長く顔を見せずに失礼しました。あなたがたの娘、アエルンカは今日も生きております。……初めて友達も、できました」
「え! あ、あたしぃ? ……あ、えーと。パリンディ・ロンデモシュタットと言います。――えーと、娘さんと仲良くコンビで仕事させてもらってます」
「ふふふ……。キチンと挨拶ができないと、またルカ様に怒られますよ?」
「急に話をふってきて、それは非道いよ……」
二人は墓所の中、帝都を正面に見下ろすテラスへと移動する。
「あそこのテーブルでお茶にしましょうか」
「あ、それ。今朝作ってたヤツ。どこで開けるのかと思ってたんだけど、お墓にテーブルとか、あるんだね」
「亡くなった方は知りませんが。生きている人間は、お腹が減りますからね」
「お墓って来たこと無かったから、こう言う場所があるって知らなくてさ」
物心ついたときにはもうスリだった。そう言って憚らないパリィである。
当然。両親の墓どころか、記憶さえない。
「あ、つい余計な……」
「そう言うの、エルの悪い癖だよ? エルのご両親のお陰で、あたしも初めて人並みにお墓参りができた。ってわけ。おーけー?」
「そう言うのなら、それはそのまま聞いておきましょうか」
「それ以上の難しい意味を探されても、あたしが困るからね。ホントに……」
「パリィ、一つ聞いても良いですか?」
テーブルの上にやや冷めたお茶と、お菓子を並べながらエル。
「ん、なぁに?」
「ターニャは、これより大変なことになる。死んでしまう可能性だってあるから、今のうちにやりたいことをやっておけ。と言いました」
「言ったね。それはあたしも隣で聞いてた」
「なので私は、長く来ていなかった父母の墓参りへとやってきたわけです」
「でもそれ。エルのやりたかったこと、なの?」
「長く知らぬフリを決め込んでいたこと、と言ったところでしょうか」
暗殺者として活動を初めて以降、一度も墓参りには来ていなかったエルである。
――サンドイッチも作ってきました。お腹、すきませんか? 話している間も、エルの手は止まらず、テーブルの上には食べ物がスラリとならぶ。
「あたしを食いしん坊キャラにしようとするの、止めてくれる?」
「そういうつもりはありません、要らないなら私が全部頂きます。そもそもは、自分用のつもりで作ったのですから」
エルはパリィの返事は待たずにサンドイッチを一つ摘まむ。
「ちょっと待った! 半分って言わないから、頂戴!」
「うふ……。始めから、素直にそう言えば良いのです。ここに来るには丘を登りますからね。結構お腹が空くのです。――そうそう、サンドイッチは好きに食べてくれて良いですが」
「ん? ……なに?」
「パリィのやりたいことは無いのですか? と聞きたかったのです。私のお墓参りに付き合いたい、とか言うのは無しですよ?」
「んー。あのさ、ターニャに好きにしろって言われて、お嬢からも今日一日は一切の仕事を禁止するって言われて。そんで考えたんだよ。……私って、何が好きなヤツなんだろうって」
「そこで考えるのがパリィらしいというか。――でも、そもそもターニャもルカ様も、そんなにたいそうなことを言ったわけでは無いのでは……」
「まぁ、ね。……でもまぁ、あたしは物事なんでも、はっきりしないことはしたくないしさ。それに、何しろ自分の問題だしね」
「まぁ確かに。その辺、私も似たようなものですからね。……がぜん興味が湧いてきました。それで、結論は出たのですか?」
「あたしはね、普通が一番好き」
そう言うとパリィは、サンドイッチを口に放り込む。
「……なんですか? それ」
「うん、おいひ……。んとね。お嬢がいて、エルがいて。あと、最近だったら、ターニャとかクリシャさんもいて、そんでメイド服来てさ。事務所掃除して、書類をかたづけて、お客さんに挨拶して、お茶の準備。で、夕方になったらランタンに火を入れて、洗い物して、ターニャにもう帰って良いぞっ。て言われて、奥で着替えんの」
「もう一つ、わかりませんね。――残りは全部あげますから、慌てて食べなくても良いですよ」
「ありがと。――大丈夫、あたしも言ってて、良くわかってないから。……なんて言うかぁ。んー、あたしはさ。そんな普通がすごく好きなヤツなんじゃ無いかな。ってそう思ったの。そう言う意味では、お嬢に会うまで普通って無かったから」
「なるほど、普通。……ですか。そうですね。私達には眩しいと思っていたもの。リィファ殿下が下さった、一番大事なもの」
「リィファがくれた……? うん、そうかもね。あの子はやっぱりすごいや」
生粋のスリと食い詰めた少女暗殺者。
ルカが拾わない限り、彼女たちに普通は無かった。エルもそれは理解できた。
「守れるものなら、この手で守りたいものですね。――その、パリィ言う普通は、私にとっても大事なもの。なのですから」
「それに気が付いたんだから、あたしら。おやすみして正解だったんじゃない?」
「気が付いたのはパリィですけれど、ね」
「言葉にまとめたのはエルだよ」
帝都を見下ろすテラス。
スラリと背の高い少女と、可愛らしい小さな少女。二人はお菓子を摘まみながら、飽きずに街を眺めていた。
「ね、エル。――命がけだというなら。そんな中で生きのこるためには、目標が必要だと思うんだ」
「急にどうしたんですか?」
お昼少し前、墓所の丘を降りる二人。
荷物を持ったエルを前にパリィが続く。
「なので。私はここにお墓を作る!」
「死ぬのが前提になってませんか? それ」
「いずれはね。……でも、違うんだ。そうじゃ無いよ。生きてる内にここ! って決めて、生きてる内に自分でデザインして墓石も作るの!」
――確かに、死んでしまっては両方できませんが。
エルは足を止めてパリィの顔を見返す。
「初めてお墓に来てみてわかったことがある」
「真面目な顔して、急になんですか?」
パリィは足を止めたエルを追い越し、先へと進む。
「あたしね、お墓って死んだ人のためのものだと思ってた」
「うーん。……えーと、違うんですか?」
特に足を止める気のないパリィを見て、エルは少し早歩きで後を追う。
「違うね。生きてる人のためのものなんだよ、お墓って」
「また、なにを言っているのかわからないのですけど」
「これはちゃんと説明出来るよ。――お墓を見る度にみんな思い出すんだ、死んだ人のことを。……会ったことも無い私が、エルのお父さんとお母さんのことを考えるんだよ?」
「言いたいことはなんとなく……」
エルはついさっき、会ったことの無いパリィが自分の両親に挨拶していたのを思い出す。
「だからエルと私のお墓はここに並んで作る!」
「だから、の前とあとが繋がらないのではないですか?」
「繋がるよ。だってあたしもエルも結婚しないから、旦那さんとか居ないし」
「私はともかく、あなたは結構、殿方から人気があるとロミ君が……」
「リックの話では、宮廷内の男子はアナタのこと、みんな気にしてるらしいよ。――あのさ。あたしら二人共、モテるなんてのは話だけ。なんじゃ無いの?」
「……我がことながらその辺は、否めませんね」
「そう言うのは何一つ、自分じゃ聞いたこと。無いもんねぇ」
いろいろ言われるわりには、異性には縁が無い二人なのであった。
「ま。それは良いんだよ、結婚したならエルは旦那さんと並べば良いの。でもここにお墓を作れば、パリィって言うしょうもないヤツが生きてた。って言う証拠になる、誰かがそれみたらその都度。あたしのこと知ってるなら思い出す。知らない人にも考えて貰える。……でしょ?」
パリィは歩みを止めると、振り返って笑う。
「あたしは死んじゃったら、ゴミ捨て穴に野菜クズと一緒に放り込んでもらって良い、って思ってたんだ。最終的には、お野菜の肥料にもなるかなって」
「……またあなたは極端な」
「でもそれじゃダメだって思いなおした。リィファ姫に仕える騎士である、なーんて嘯くいい加減な女が生きていたのだ! っていう目印が必要かなって」
エルは肩をすくめて、ため息。
「やはりあなたは頭が良いですね、パリィ。そんな理屈を簡単に作ってしまう」
「頭は良くないよ、知ってるじゃん。……ただ、死んだあと、誰にも思いだして貰えないのは寂しいなって。そう思っただけ。――あ、そう言えば」
「今度はなんですか?」
「ターニャのお父さんとお母さんも“ここに居る”んだよね?」
パリィは。半分以上下った坂を見上げるようにする。
「詳細な場所まで聞いたことがなかったのでわかりませんが、確かにクリシャさんはそう仰ってましたね」
――普通を守り切ったら。そしたら場所聞いて、挨拶に来なくっちゃ! そう言うとパリィは後ろを向いたまま歩き出す。
「あたしが、あなた達の娘をサポートして護りました。ってね!」
「坂道だから前を向かないと危ないですよ。……お話ができない以上。直接文句は言われないでしょうけれど……」
「んー。……あたしとエルで、って言った方が良い?」
「私まで巻き込まないで下さい!」




