最悪の状況
ルカだけがソロヴァンを弾く事務所。
ターニャが納屋の方から資料を抱えて入ってくる。
「あれ、お前だけか? ロミとクリシャは?」
「昨日も言いました、ロミ君はお昼から組合で打ち合わせです。……クリシャさんはアカデミーから至急の用事とのことで、先程お迎えの方がいらっしゃいました」
「みんな忙しそうなこって。――メイドさんズはどうした」
「お買い物です。いつもより多いですが、時間的には間もなく戻りましょう」
「日持ちのするものを、ってか?」
「それだと高くつくので普通のものを、日持ちをするように加工するのだと言っておりましたわ」
「良いお嫁さんになるよ、あの二人」
ターニャは持っていた資料を、打ち合わせ机の上に放り出す。
「ところでパムはどうした? 朝からの用事はもう終わったんだろ? ちょっと頼みたいことがあったんだが」
「夜明け前から、コロニーのミリィさん達が来ていましたね。確かにもう帰られたようですが」
「が、……って、なんだ?」
「今度はわたくしやロミ君には認知できない“お客さん”が来ているようですわ」
「認知できないのにどうしてわかる」
「妖精でないとモンスター避けの結界は抜けられません。今は厩の陰に潜り込んで、何やら誰かと話をしている様子、わたくし達には見えない、“何某か”が訪ねてきた、と見るのが順当でしょう」
「認知障害を起こしてその上で話し込むなら、インテリジェンスモンスターが来てるってことか」
――なるほど、お前も意外とよく見てるな。そう言うとターニャは、来客用のソファに座って伸びをする。
「時にターニャ。……放っておいてよろしいのですか?」
「いきなりなんの話だよ」
「もちろんパムリィのことですわ。……いつも通りにわかった上で“放し飼い”にしてらっしゃるのでしょうけれど」
「確かに立場上そう言うフリはしているが。あたしだって、なんでも知ってるわけでは無いぞ?」
「確実に意識しているでしょうに」
――はぁ。ターニャはため息を一つ。
「……人間じゃ無いからな。行動様式とかさ、その辺はまぁ」
これまでパムリィの元へは、基本的にフェアリィやピクシィがひっそり訪れるのが常であった。
そこは基本的に人間の中で目立ちたくない、と言う彼らの事情が多分に作用している。
妖精が飛んでいれば当然に目立ちそうなものではあるが。
実は彼らは想像以上に“ステルス性”が高い。パムリィが対応に動かなければ誰も気が付かない、と言うのが本当のところだ。
当然フィルネンコ害獣駆除事務所の内部の人間以外は気が付きようが無い。
「市井にも、今の状況はある程度知れています。あまり目立つ行動を取るのは如何なものかと」
「基本的にパムの動向なんて、あたしら以外は誰も気にしてないと思うが」
ところが。
西の山より戻って後、この行動様式が大幅に変化する。
緊急で無い限り、早朝や夕方にしか来なかったお花畑の妖精達は日に何度も複数で頻々と訪れ。
それ以外のモンスター達も、人目はしのんでいるものの、人間の活動時間にも訪れるようになっている。
「あまり派手になると、人間に対して謀反を企てている。などと思われるのではないかと」
「気にしすぎなんじゃ無いのか? ま、飼い主としては管理責任だってあるし、気になるわな」
「そう言うことではありません。パムリィが大真面目に“世界を歪めるもの”に、対抗しようとしている、そこはわかるのです」
「その場合。集まる兵隊は当然モンスター、ってか?」
「集めようと画策しているのは、これは間違いがないところですわ」
パムリィがその気になればゴブリンの一千匹や、スライムの一万匹程度は簡単に集まる。
その後の収拾が付かなくなる、と言う理由でやらないで要るに過ぎない。
事実、ピューレブゥルと初めて会った時は、一部のモンスターは即時投入が出来る状態に段取りをしてあった。
「アイツも今の生活が気に入っている、とは何度も言ってる。そこは信用してやろうぜ?」
「でもターニャ……」
「それに。本当にパムがモンスターを軍隊に仕立ててくれるってんなら、帝国だって助かる。そうだろ? 皇女殿下」
「……否定はしませんが」
「だからここ二、三日のうちにはパムと膝をつめて話しておいてくれ。何を何匹集めて何をさせる気なのか。な」
――喉が渇いたな。お前もお茶、飲むか? ターニャはデスクを離れてキッチンへと移動する。
「それはわたくしが……」
「良いってこった。――要るのな? たまにやらねぇとさ」
先日レクスが、自分がお茶を入れたことに違和感を持ったのを、未だに気にしているターニャである。
「軍とモンスターの連携なんて、馬鹿げた話だとはあたしも思うがね。――昨日さ、保全庁で偶然リンク皇子とあってさ。ちょっと話をしてきたんだ」
「急になんの、……お話ですの?」
「帝国軍全軍が動けるようになるまで、あと3日はかかるってさ」
「それは聞いておりましたが……」
「リジェクタもA、B級は全業者投入される。……今のところは内緒だが、ぶつかることが想定される地域には一部、帝都内も含まれる」
「それは、聞いておりません……!」
「ほかのみんなにも言っておいてくれ。どうせ組合が案件受注を絞ってるから、皇子の作戦の開始まで、ウチには駆除の依頼は来ない。仕事は休みで良い。……今のうちにやりたいことをしておくように、ってな」
「……そんな! あたかもそのまま死ぬような!」
「誰も口に出さないだけで、そう言う状況だ。……お前だってわかっているはずだ。控えめに言っても状況は最悪だよ。そうとしか言いようが無い」
――結構旨そうにはいったぜ。お茶のカップを二つ、手に持ったターニャが戻ってくる。
「ほい。ちょっと量が多くなっちゃったから気をつけろ。――だからな。やっておけば良かった。って言うのは、無しだ。フィルネンコ事務所は知ってるんだからな。この先、何が起こるのか」
「ターニャは、その。やはりお兄様のところへ……?」
「直接言われると照れくさいなぁ。……どうにもならない、なんて事は初めからわかってる。だからこそ、かえってホントはそうしたいトコなんだけどな」
今なら。身分も立場も越えてリンクと無駄話をする、と言うのはターニャの立ち位置なら可能だし、ある程度許されてしまうのだが。
――今しか出来ない、今だからしなきゃいけないこと、ってヤツが。ほかにあるんでね。
自分のデスクについたターニャは、カップに口をつける。
「皇子よりも優先順位が上になることがあるとは、あたしも自分でびっくりだよ」
本年分の害獣駆除の投稿はここまで、とさせて頂きます。
今年もたくさんの方に読んで頂けて本当に感謝しております。
来年は一月第三週から投稿を始める予定です。
少し間は空きますが、来年も変わらず宜しくお願い致します。




