回りくどい人達
「……そんなことを私に話しても良かったのか?」
「皇子はさ、旦那のすることを助ける。そう決めたんだろ? だったら知ってるべきだと思ったんだ」
フィルネンコ害獣駆除事務所の中庭。
ターニャと、貴族の若様という出で立ちのリンクがならんで、ベンチ代わりの石に腰掛けている。
「だが兄上は……」
「旦那は何も言わないよ。皇太子自身は他言無用の約束に但し、が付かない。あの人は約束を破るような人じゃ無い」
――結局兄妹全員、莫迦真面目で面倒臭いんだよ! と、これは口には出さないターニャである。
「貴女が人を持ち上げるとは珍しい。――妃候補ともなると違うものだな」
真顔でターニャをみるリンクの顔が、とても遠くにあるような気がして。
ターニャは柄にも無く焦る。
「お、皇子までなに言ってんだよ! あたしは皇太子妃なんかには絶対なれないし、ならないんだってばっ!」
「貴女が決めることでもないだろう。その辺は本人の意思などまるで無視されるらしいぞ。母上が笑いながらそう仰って居た」
リンクの顔は台詞のわりにターニャからは、かえって愁いを帯びて見えた。
「いや、皇子! あのさ。その、あたしは……」
ターニャが続ける言葉を失ったところで。
「あっはっはっは……!」
リンクは一転、楽しそうに笑い始める。
「冗談だ、気を悪くしたなら謝る。一時妃候補の上位に名前が有ったは本当のことだが、うるさがたが元リジェクタは不味いだろう、などと言い始めていてな。職業に貴賎は無い! と一喝してきたいところではあるが」
「うん。しなくて、良いから……」
――はぁ。ターニャは大きく肩を落としてため息。
「そう言うと思ってな、だからしていない」
「頼むよ、ホントに」
「ははは……。センスのないものが冗談を言うと雰囲気が悪くなるな、失礼した」
「いや、別にそういうつもりは」
――洒落になんないよ! とは流石に口には出せないターニャである。
「ところで皇子は今日は何をしに?」
「基本的にはクリシャと打ち合わせだ」
リンクがオリファを伴って事務所に来ていたところに、ターニャが外出から帰ってきて。そのまま、――内密の話があるが良いか? と言われて中庭に引っ張り出された。
と言う状況である。
「ついに首謀者を見つけた、ここからは戦争だ。それに保全庁とリジェクタ組合、双方に全面協力を仰ぐ予定なので、ナンバーワンリジェクタには直接報告をしておこうと思ってな」
「戦争って、いったい何の話を……」
「人を積極的に襲うスライム、火を嫌わないビレジイーター、強引に励起されたワンダリングメイル、居るはずの無い強すぎるモンスター。操っている人物をついに特定できた、……のだが」
「なんだよ、皇子らしくも無い」
「あぁ、向こうの方が一枚上手でね、例のベニモモを“量産”する手はずが付いている、と言う事も確認できてしまったのだ」
「二mの人食いスライムを……」
「ブラックアロゥも、だろうな。現状、マグマリザードの雌の成体が、本国の火口ほぼ全てから軒並み姿を消している。五匹以上居るはずなのに、だ」
ターニャ不在の間。
その可能性を指摘したクリシャの言を受け、MRM総裁であるリンクの依頼を受ける形で、ロミとルカは親衛騎士団と帝国軍の支援を受け、本国内の火山を軒並み調査している。
その結果が今のリンクの台詞である。
「ギディオンのおっさん、弱点を見つけてくれてるといいけど」
「クリシャと共同でかなり詰めた話をしていると聞いた。最終報告時に予断があってはいけないから、途中の経過は聞かない事とした。……本当は私が聞いてもわからないから、だがね」
「やたらモンスターにだけ詳しい皇子殿下、ってのもどうかと思うぜ?」
「既にそうなのだから、いまさらどう。と言われても困るが。――ところで」
「はい?」
「その件で、駆除業者の精鋭、A・B級業者全てを動員した作戦を現在。環境保全庁と帝国情報軍団で立てているのだが……」
「全部で三〇チーム以上。一五〇人からを使って、いったい何を始める気なんだ?」
「ベニモモスライムやブラックアロゥを、量産しようという輩が相手だ。手駒は必要だが優秀でないと不味い」
「あえて上級ライセンス申請してない業者も多いぜ? 免許の維持にも金がかかるからな。あと、個人の怪物狩りで腕の良いのも結構居る」
「当然、貴女から推挙のあった業者や冒険者も全部投入する。人間とモンスター、双方の理に外れたものを。……纏めて駆除するのだ!」
ターニャには、リンクが本気なのは聞かなくてもわかる。
「そして。その先頭に立つのは当然、私だ」
「言うと思った。……あのさ」
「そして代理人にも出動を厳命する。私を助けよ。我が代理人、男爵フィルネンコよ」
どうして良いのかわからないターニャと、真顔のリンク。お互い横を向いて正面から向かい合う。
「先日、ピューレブゥル殿に会った時のことだ」
「また話が飛ぶ……。なんか今日はおかしくないか? 皇子」
「いつも通りだよ。……私はあの日、最初から最後まで手の震えが止まらなかった」
「いや、皇子は専門家じゃ無いんだし別に」
「うむ、その原因がわかったのだ。……隣にターニャ、貴女がいなかったからだ」
「え? ……あ、あたし?」
「貴女が隣にいるときだけ、モンスターに会おうが。私は見栄をはって泰然と居ることが出来る。と気が付いた」
真顔のままだったリンクの顔が、――ふ、と緩む。
「果たして、貴女がどう思っているのかは問題が別だが、ただ。……これは今言わねば多分こののち、話す機会を失いそうだと感じた」
ターニャは顔を真っ赤にして立ち上がる。
「あた、.……あたしだって思ったよ! 旦那を護る。ってでていったけど、西の山で心細かった! 皇子が隣に居てくれたらって、そんなことを、わけわかんないことを、専門家なのに、あたしは……!」
「殿下、会談中失礼を致します! よろしいでしょうか!!」
「かまわん、話は終いだ。扉を開けていい。……どうしたか、オリファ」
リンクは立ち上がると姿勢良く、事務所の入り口の方へ歩いて行く。
「は! ただいま、宮廷よりデイブが至急伝を持って到着致しました!」
「わかった、今行く! ――ターニャ、我が代理人。そういうことでよろしく頼むぞ。私が皇子の矜持を保つために、な」
少し声をひそめて、そう言いながら振り返ったリンクの顔には。いつもの笑みが浮かんだ。
「殿下、ターニャ殿は?」
「中庭にでたついでに片付けものがある、と言っていたが、……重要で無い以上、関連があるならば呼ぶぞ」
「いえ、特には。……先程来、ご一緒だったものですからどうかしたのかと」
「では行こう。――ターニャっ、聞こえているな!? 片付けものが済んだなら、すぐに事務所に戻ってくれ! ほかにもまだ話はある、良いな!?」
「は? え、と、……はい!」
中庭に一人取り残されたターニャ。
真っ赤な顔のまま石の上に、――ぺたん。と座り込む。
「やられた、のせられた! あ、あたし、あたしはなんてことを……。相手はただの貴族とか王子じゃ無い。帝国皇家、帝位継承権第二位の皇子殿下、なんだぞ……!」
リンクが今でないと話す機会を失う、と言ったこと。それは。
ターニャにとっては、絶対に口に出してはいけない。と決めていたことだった。
「口に、出しちゃったらもう。……自分を誤魔化すことも、できなくなっちゃうじゃ無いか」
頬を赤く染めたまま、ターニャは中庭に立ち尽くすのだった。
「面白くはある。が、やはり難解すぎて我には理解ができん。相変わらず無駄に回りくどいのよな。……あるいは、あやつらだけの話であるのかしらん?」
納屋の換気口から顔を出して話を聞いていたパムリィは、
――好きは好き。それで良いと思うのだが、本当に人間は難儀なものなる。
そう呟くと、その頭も引っ込んだ。
帝国の総力を挙げた作戦が立案される中
フィルネンコ事務所の面々は思い々々に過ごしていた。
あるものは英気を養い、あるものは人を訪ね。
嵐の前の静けさ。
帝都の朝は、今日もいつも通りの顔で人々を迎える。
次章『終末の前の日』
「ふむ。ぬしと考えが一致するなど、想定外のことなるが……」
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次回は 誰得害獣駆除図鑑 のはずなのですが
仕事の都合で11月中はお休みさせて頂きます。