かつてと未来と
キングスドラゴンの巨大な瞳には空が映り。
雲が流れていくのさえ見えた。
「すこし長い、難解な話になります。――かつての人間は栄華の極みに居ました。何万桁の計算であろうと瞬時に完了し、地上を騎馬の二〇倍の速度で移動し、海に鉄の船を浮かべ、,空を飛ぶ機械を作り、その先。空の上にさえ足跡を残しました」
「ドラゴンよ、それはしかし……」
だがキングスドラゴンは、レクスの言は無視する。
「一〇〇億人を超えて暮らす人々にとって、既に不治の病などは無く、100歳を越えて生き。腕や足をなくしたもの達にも手足を作り、補うことさえ出来たのです」
ドラゴンの目からは、しかし何かの表情を感じることは出来ない。
「但し技術というものは、兵器へと転用することは簡単である。そこは私が何かを言わずとも、理解が出来ますね? 皇太子」
「あぁ、それは大丈夫だ」
「そう。かつて、とても遠い過去に。大きな、とても大きな。世界の全てを巻き込むような、想像を絶するような巨大な戦があったのです」
――敵を殲滅するためだけの戦。皇太子には理解出来ないかも知れません。しかし、その日はやってきてしまったのです。
――たった一発で本国では無く、シュナイダー王朝連合全土が纏めて吹き飛ぶような、皇太子には想像もつかないであろう爆弾。当時の人間はそれを何千、何万と所有していました
――領土は要らない、国民も要らない。そうなればどうするのが手っ取り早いか。想像が付きますね? 病気を治せるというのなら、病気を流行らすことさえも、逆説的には可能になるのですから。
――そして戦に参加した国全てが。それらをみな使った、としたら。どうなるでしょうか、皇太子。
「世界が全て破壊された、と……」
「人だけで無く、動植物も。おおよそ生物の生きていける環境は破壊され尽くしました。人類も世界中で、ほんの数万人しか残らなかった。とデータにはあります」
――ごくわずかな土地に限られた数の人間。ほかの土地にはもう住むことが出来ない。そこで汚染された土地を浄化する計画が立てられます。
――汚染された土地に住まい、そこで代替わりを繰り返す生き物たち。それらを捕まえ、研究し、改良を重ね。ほんの少しずつでも土壌を改良する。そうした性質を得たそれは野に放たれました。
――そうして作られたものは調整生物と呼ばれました。
――爆発的な進化プログラムを遺伝子に持つモンスターは、長い時間の間に徐々に数を増やし、少しずつ新しい機能も獲得していきました。
――それこそがあなたがたの言うモンスター、その始まりです。
「ふむ。ならばモンスター領域というのは……」
「不可侵な領域。隣のターニャが言う線引き、と言うのは実に理に適っている。何しろ長居をするとお互い、死ぬのですからね。――ここから先はあなたがたには少々複雑な話かも知れません」
――モンスター達の進化や個体数を管理するために作られたプログラム。それが私です。
――但し、高度な工業力は失われてしまった当時。媒体が機械のままではいずれガタが来る。なので人工的に頑丈な生物を作り、そこにインストールされました。
――個体の寿命は有限ですが、代替わりのプログラムが発動すれば、身体は新たな個体となり、自動でプログラムとデータの引き継ぎが成される有機体演算装置。それこそが私です。いまの私は既に六回の代替わりを行っています。
――私の役目は順調にモンスターが土地の改変を行っているか、そして不必要に危険なものが誕生していないか。それを監視することです。危険が過ぎるものであった場合にはその種の排除まで、当初からの命令には入っています。
――私の本当の名前は、エコシステムサーヴェイユニット『ドラグーン』、それを構成する一部であるマスターフレーム01。モンスター領域全般の生態系を観測、監視、管理するものです。
――時代とともにだいぶ限定的にはなりましたが、ドラゴンの種のいくつかとは今でも無線接続が確立できています。先日使いに出したリヴァイアサンもそうです。
――言葉が要らないコミュニケーションが取れる、とでも言うのがわかりやすいでしょうか。
――人間とも通信手段はあったのですが、私が初代の個体であった中期、完全に通信機器が壊れ、修理も再現も出来ず。以降意思の疎通は会話のみ、となりました。
――そして人類最後の砦の一つであったのがこの周辺、私を作り、当初管理していたハイランダー達の遠い先祖が住まう土地、と言うことになります。
――今でこそ廃れましたが、当時。世界でもっとも高い技術レベルを持つ地域の一つ。それこそがハイランダーの地でした。
――そしてあるとき、私をメインで作り上げた一族から、一人の若者がシュナイダーを名乗り、ハイランダーの地を出ていきます。
――つまり、シュナイダーを名乗るものは、私のメインプログラマーの末裔となるもの、なのです。
「俺達皇家はあなたを“作った”古のハイランダー、その末裔である。という理解で良いのか?」
「シュナイダーの血縁はみな、そうだと言って良いでしょう」
「では初代皇の逸話はどうなる? 彼はモンスターの王と交渉するために山に……」
どこもみていなかったと見えた巨大な目が、レクスを見つめた様に見えた。
「逆です。異様に頭の回る彼は数々の逸話から事の本質に気が付き、――人類自身にも耐性が付き始めた。人が生きるための土地を作るのだ、だから邪魔をするな。と宣言をしに来たのです」
「では、シュナイダー二十代の前も……」
「この地に私が顕現して約三,〇〇〇年になります。当然にハイランダーの歴史はそれよりも一〇〇年以上長い、人類自身とすればそれはもっと長きにわたります。信じる、信じないは皇太子に任せましょう」
――私の話はこれで終わりです。そう言うと巨大な目は一つ瞬きをする。
「黙っておると承諾したが、出来ることなら一つ。我に教えて欲しい。気に喰わぬなら無視してかまわぬ」
「かまいませんが、応えるか否かは質問にもよりましょう」
「我らモンスターは、滅び行くことを宿命付けられた生き物であるのか?」
「はいでもあり、いいえでもあります。確かに、土地の浄化が終われば。もう用事はなくなるはずでした」
「でした? ……今は違うってのか?」
こちらも、黙ってはいられなくなったターニャが口を挟む。
「一部は人類領域に順応し、既存生物の抜けた隙間へと入り込み、そこで暮らしています。女王パムリィ。あなたたちも今や、環境の一部でありましょう」
「滅びぬように努力せよ、などと。……ドラゴンよ、作っておいて傲慢だ、とは思わぬのかや?」
「どう考えるかは貴女方次第である、と最初にことわりました。事実以上の私の意見などというものは、ありません」
「なら、あたしからも一つ」
「当然、そうでしょう」
「は? まだ何も」
「そもそも。モンスター自体は人が作ったもの。それを人がさらに手を入れる、と言うならば私の排除対象にはならない。私はそうは作られていない、と言うのがあなたへの答えです」
「ほぉ。自分のケツは自分で拭け、と?」
「人類が、自信で新たな可能性を生み出しているのだ、とも言えます。人類が絶滅する、と言う事で無ければ。帝国王朝の半分程度で被害が収まると言うなら、私は座視します」
「滅ぼしてもいいんだな?」
「生存競争に負けたものは、必然そうなるでしょう」
「それを聞いて安心したぜ」
――さて。大きな頭が持ち上がり、一行を上から見下ろす。
「これで儀礼は終わりですが。――皇太子」
「俺になにか?」
「女王ピューレブゥルが拘るのもムリは無い。あなたはシュナイダーの初代と生き写し、まさに遺伝の神秘ですね」
「そうなのだろうか? 自分では良くわからんが」
「感情の無いこの私さえ、懐かしさを感じると思うほどに良く似ています。――人間世界の安寧、期待しています」
「どうして良いものか、今の俺には想像もつかん。方法を考えつくのは俺では無く、さらに未来の皇帝なのかも知らんが、俺も努力はしよう」
「明日は風が強いですが、雨は降りません。十分注意して下山するのが良いでしょう」
――シュナイダーの収むる国が繁栄し、私の役目が一日も早く終わらんことを。
そう言うとドラゴンの首は大きく動き。頭は元通りに、広場の隅にある胴体の陰へと消えた。