西の山の主
隅に大きな岩のある、平たい西の山の頂上。
その大きな岩と見えたものが、ゆっくりと動き。
家一つはあろうかという、まさに巨大な竜の顔が一行の前へと降りてくる。
「中止を伝えようが、恐らくは来る。とは聞いていました。……私が空を総べるもの、人の言い様で言えばキングスドラゴンです」
馬車でさえ一飲みにして余りある、と思える口は開かず。言葉はそのまま一行の頭の中に響く。
「挨拶が遅れました。我が名はレンクスティア=ドルミラム・デカルロ・ド・シュナイダー。シュナイダーの次期当主であります」
「遠路遙々ご苦労様でした、皇太子。シュナイダーの世は、あなたの存命の間は続きましょう」
「何もせずとも俺を、認めてくれると?」
「以前、私の言の葉はリヴァイヤサンへと言伝ました。既にあなたは陸、水、空、全てのモンスターの認むる人の王。ここに来ずとも、以前より決まっておったことです。――ここまで足を向け、なにをするものと考えましたか?」
少々毒気を抜かれた表情のレクスは、それでも剣を腰から外してアッシュに手渡すと、一歩前にでる。
「女王パムリィ、女王ピューレブゥル。双方とも簡単ではあったが問答をした。……当然に何かしらの問答があるものと思ってたが」
馬車の車輪よりも大きい、と見える巨大な瞳がレクスを正面から見つめる。
「歴代皇帝にあっては、ここでのことは他言無用と申しつける決まりです。知らぬのはむしろ当然」
その巨大な頭が――つい。とほんの少し向きを変える。
「私との会話の間、従者達の意識の自由と時間を奪うこととなっておりますが、今回は一部例外で良いでしょう。――あなたは何故、危険を承知でこんなところまで?」
「我が主の大事な兄上だ。無茶をしないように見張る必要がある。――この兄妹は目を離すとすぐに命をかけたがるからな!」
「私に恐怖を感じない、と聞こえましたが?」
「その通りだよ、一応専門家なのでね。即座に危険の有る無しの判断、これが出来ないと簡単に死ぬからな。あんたは人に直接害をなすタイプでは無いと見ている」
「そして――陸の女王。そなたは何をしに来たのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
名指しされたパムリィは、ターニャの肩から命綱の一杯まで浮き上がる。
「ぬしには状況の説明は要らぬのであろ? ……理由は簡単、専門家パムリィの名を世に喧伝せんが為なる。人間の中で暮らしておる故な」
「面白きものばかりが集まるものですね。時代、とでも言うのでしょうか」
「普通の儀式の進行はどうなんだ? いまはイレギュラーなんだろ、あんたの言い方で行けば」
「フィルネンコ卿、ターニャでしたね」
ターニャは全く感情を感じない、男女の区別も付かない声で“ターニャ”。と呼ばれたことに違和感を持った。
――モンスターなのに略称を呼ぶ?
愛称や略称、敬称のようなものは特に知性が高そうなパムリィやピューレブゥルでさえ不得手にしている。
事務所に来てだいぶ経つパムリィは、今でも所長はターシニアであり、“飼い主”はルンカ・リンディなのである。
先日、帝国の皇子。と言う条件で呼び出されたリンクも、実際にピューレブゥルに出合うまで。
違う人物が来た。として怒りを買うのでは無いかと心配していた程である。
レクスのことも敬称である皇太子、と呼んでいることにも改めて気が付くが、それが何を意味するのかはわからない。
「先程も言いました、従者達の時間はまずはわたくしが預かります。今回はたった一人ですが、いまほど意識を失いました」
「え? ――アッシュさん!?」
普通に立ったまま、レクスの金に輝く大剣を捧げ持ったアッシュは。しかし微動だにしない。
「あんた、いったい何を……!」
「心配には及びません。彼はいま、睡眠に近い状態にあります。私の合図で元に戻ります」
レクスは一度振り向いて、動きの止まったアッシュを見やると、再度巨大な目と向き合う。
「あとで問題なくキチンと戻してくれるというならなにも言うまい。――あなたをなんと呼べば良いか?」
「好きなように、と言うとあなたがたは困るのでしたね。……事実上、空のもの。ドラゴン全体を統括する役目であるが故、この個体はキングスドラゴンなどと呼ばれては居ますが。私個人は性別すらないものなので、キングもクイーンもあたらない。――この場ではただドラゴン、と呼べばそれで良いでしょう」
「ならばドラゴンに改めて問う。普通の進行ならば、俺はあなたとなにをすることになる? さきにも言ったが問答、となればまるで勝てる気がしないが」
「理解しようがしからまいが、私の話を一方的に聞いてもらう。と言うことになります」
「侍従には聞かせられん話だ、ということか?」
「聞いても役には立ちません。他言無用と言われてもかえって迷惑であると考えます」
「我とターシニアは良い、と?」
パムリィはターニャの肩に姿勢良く降りる。
「かまわないでしょう」
「他言無用の建前はどうするつもりだ?」
腰に下げた愛用の剣を、帯剣ベルトごと外して地面に置きながらターニャ。
「私には、そう言うことしか出来ません、あとは貴女方の判断に委ねましょう。ついに時代が変わってきた、と言うことなのであると考えます」
「パムは妖精の女王だからともかく。あたしも話を聞いてその後、ってことで良い。ってのか?」
「他言無用に願います」
ターニャは少しだけ、声の調子が変わったのに気が付く。
――自分で考えろ、か。良いだろう、聞くだけ聞いてやる。
「なるほど。おーけー、わかったよ」
「物わかりの良い方で助かります」
平坦な抑揚の無い声でそう言われると、嫌みにしか聞こえない。
「なら、あたしとパムは黙ってる。――パムも、それで良いな?」
「うむ、良いだろう」
「ドラゴンよ、俺はどうすれば良いだろうか?」
「私の話を聞いて頂ければそれで良いのです。基本的に私があなたの疑問に答えることはありません」
「ふむ。なれば傾聴するとしよう。……二人共、それで良いな?」
そのレクスの言葉に、ターニャとパムリィは頷くしか無かった。




