高みの人(ハイランダー)の地
「ターニャ様、言われるままにここまで同行はしたものの。我ら二人、何をしたら良いものでしょうか?」
「とりあえず、……荷物運び?」
「あのぉ、所長、この服装は一体……」
西の山の麓の村。
皇太子の試練へと向かうレクスの一行が到着したところである。
そもそも一〇〇人に満たない程度しか住んでいないその村。
そこは高地の人、と呼ばれる人々が住まう土地。
ハイランダー自体はそもそも、現帝国の位置に最初に入植した人々、とされる。
歴史的に見ても帝国勃興の100年以上前から住んでいる。
カタチの上では帝国王朝の領土であるが、ドラゴンが治める土地の外れでもある。
ハイランダー達は、代々ドラゴンの姿を尊び、おびえながらそこで生きてきた。
そしてシュナイダーの初代、そして二世皇はそこに住む人々については強制力を発揮することを良しとしなかった。
現状も本国の飛び地、皇家の直轄領。と言う扱いにはなっているが事実上、村の運営は独立した自治を許されている。
それは、“皇太子の試練”の時に必ず通過する村でもあることも、無関係とは言えないだろう。
そしてこの村より西は完全に人類領域からは外れ、モンスター領域の中でも特異な“ドラゴンが直接支配する土地”になる。
ここまで結構な長さの行列になっていた人の列は村の中にはほぼ入らず。
荷物だけが淡々と搬入されていく。
大半は、当面レクスの世話をしてくれる村への謝礼としての食糧や物資。
一般的な貨幣はこの地ではあまり役に立たないからだ。そして。
「全員整列! 殿下一行のお荷物は置き場所が違うぞ! 全て使うものだ。間違えずに搬入せよ!」
「はっ!」
アッシュの声が響き硬い返事が返る。
当然レクス達が使う荷物は、“Ⅲ”のプレートを胸につけた青い制服によって続々と搬入されていく。
その忙しそうな人の群れから少し外れた広場。
ターニャの前には忙しそうに荷物を運ぶ人夫達。
そしてハイランダーの民族衣装を着た、少女と少年が立っている。
「フィルネンコ様、この箱はどうしますかぃ」
「……あ、えっとあの赤い屋根の家に。中に入れなくても入り口で良い、……んだよな? リアちゃん」
「え? あ、……はい、その通りです。それらは入れる前に荷ほどきを致します」
「だそうなんで、そういうことで」
「わかりやした!」
第四親衛騎士団の、その序列三位。リアことアリアネ・マルチナ・ヴィーグマン。
そして先日、フィルネンコ害獣駆除事務所に丁稚奉公に出されていた、方向音痴の少年こと、第六親衛騎士団。リックことレキセドル・バートン。
ハイランダーの民族衣装を着た二人。
この地でなにかをするのだ、となれば動きやすそうであり。また身のこなしを見れば、地元の人間とさえ見えるのであるが。
それでもレクスのお付きとしては、もう一つピンとこない。
この人選をしたのはもちろん、彼らの前に立つターニャである。
実家が狩人のリアと、狩猟民族出身のリック。
双方やたらに狩人として腕が立つ、その上目立たない。
そこだけは共通している。
「僕らの部族はそもそもハイランダーを祖とするのだ、と言う伝承があるんです。仕事とはいえ、ここに来れたのは幸運でした」
「そちらもか。……私の村もハイランダーから別れた二軒の家が興した。という言い伝えが残っている。私も個人的に一度来てみたかった、と言うのは確かだが」
果たしてターニャが、どこまでそれをわかって人選をしたものか。
リアはそう思ってターニャの顔を見るが、その顔からは何も読み取れない。
――多分いつも通り。適当、だな。リアはそう思うと息を一つはいて、肩に入った力を抜く。
「その、我ら二人。リンク殿下、ルゥパ殿下の双方より、ターニャ様にご指示を頂くまでは。例えアッシュ副長の命であっても無視して良い、動くな。と、厳命されておりまして。……用意などしておきたいのですが」
「リアちゃんとリックには、旦那を妨害する連中を妨害して欲しいんだよ。多分キミら二人はそう言う素養が高いと思うんだ。――詳細は後で説明する」
そう言うとターニャとリアの目が合う。
――察してくれ。ですか。この場での説明は憚られる、と言う訳ですね……。
リアはそれだけでターニャの言いたいことを読み取った。
「では我らはまずは、搬入の手伝いと荷ほどきなどにまわってよろしいでしょうか」
「うん、そうしてくれ」
「了解です」
「すみません所長、僕には仰る意味が良くわかりません」
「……なんつうか、直接殺しに来たりはしないと思うんだよ。あくまで邪魔しに来るだけで、さ」
皇太子の試練を通過しなかった皇帝はものの数年で逝去するのだ
なにも直接殺す必要は無い。
妨害できればそれで良いのである。
「そこは理解をしますが」
リアは一応、ではあるが簡単にリンクから事情を説明されている。
ルゥパ自身は情報を持っていないため、リックはほぼ何も聞いていない。
「ヴィーグマン卿、所長のお話がわかるのですか!?」
「何度でも言うぞ、同じく親衛騎士同士、卿などとは要らん。リアで良い! ――うーむ、なんと言うか。……面倒くさい話ではある、あとでターニャ様がゆっくり説明されてくださるはず。今は自分の装備の荷ほどきからだ」
「わかりました」
「あ、……リアちゃん? 済まないがここは暫く任せるぜ?」
「え? ……あ、はい。荷物運びは得意です、おまかせ下さい! ――では!」
視界の隅に貴族風の服を着たレクスと、そのお付きと言った感じの服のアッシュの姿が見えたリアは、しなくて良い。と言われている敬礼をすると。
「ぼさっとしないっ! 行くぞ!!」
「いや、その、……アリアネさん!?」
「リアで良いと言った! 人の話を聞く気がないのかっ、キミは! 来い!!」
リックの襟首を掴んで、入り口に荷物の置かれた赤い屋根の家へと向かった。
「どうして彼女が気を使うと、急に乱暴になるんだろうなぁ。普段は礼儀正しい良い子なのに」
彼女が気を使った、と言うのは理解したターニャである。
「ターニャ殿、あの二人を連れて来たのは……」
「うん、そう。こないだ親衛騎士総団長に親衛第三から第六、全員分の名簿を見せて貰ってね」
親衛騎士指揮者相当官ではあるものの、宮廷に常駐していないターニャである。
さすがに親衛騎士団全員と顔見知り。と言う訳にも行かず、親衛騎士総団長に話しをして騎士団員の名簿を見せて貰っていた。
意外にもレクスの親衛第三は七名中、実に五名が女性であったり。
ルカの親衛第五は逆に六名全員が男であったり。
それはそれで新しい発見があった彼女であったが。
「いつの間に、オババ様とお話に……」
「こないだちょっと。美人で優しくてさ、良い人だね、シャルロッテさん。――そんであの二人が、ハイランダーに縁のある土地の出身だと知れたんで。だからここまで一緒に来てもらったんだけど、……パム? 今んとこなんかわかったか」
以前作った装甲メイド服を着て、アッシュの肩に乗っていたパムリィが舞い上がる。
以前のリンクの時とは違い、今回は自分でレクスへの同行を志願した彼女である。
当然レクスは経費は一人分だ、として固辞したのだが。
今回は自分が必要だ、と珍しく言い張った上で。――ならばタ-シニアと我との体重換算分で経費を寄越せ。と言って事前に計算してあった紙を渡した。
もっともその時。
「ちょっとまてぇ! パムっ! なんでお前が勝手に、あたしの体重を旦那にバラすんだよっ!?」
「人の経済では、たいがいのものの値段は目方で決まる。当然なる。我の体重もあらわにしておる故、お互い様。と言うヤツであろ?」
「んな訳あるかっ! ……ここ、こ、この莫迦はぁ!!」
と言うやりとりが、レクスの執務室であったのだが。
ともあれ。そのパムリィがレクスに渡した紙に書かれた、数字の羅列の一番最後。
市場で買い物をしたら一回で消える程度の金額が書いてあった。
結局根負けしたレクスが同道を許した、と言うことだ。
当然いつも通りに、彼女が何故今回の同道に拘ったのか。レクスはもちろんターニャも聞き出せていない。
「うむ。我を襲おうというモンスターの気配は今のところ、ないな。ただ、地元のものでない人の気配があると先だって報告が来た。ターシニア、ぬしが言うは、これであろ?」
「多分な、あの二人にはその対処をしてもらう予定なんだ」
「女王、興味本位で聞くのだが報告をあげたのは……」
そう聞いたレクス本人も、答えはわかりきっている。
報告をあげたモンスターの種類、と言う話にしかならない。
「妖精にも色々おるし、結構人の近隣に住んでも居る。端的に言えば今回はゴブリンよな。意外か?レンクスティア。――人間のイメージとは逆に、ヤツらは人間を極端に恐れておるが故、この手のことは情報が早い。良く知っている道理なる」
「まぁその辺は。それこそお互い様ってヤツでな。――ゴブリンが騒いでない、ってことは小規模ってことか」
「恐らくは三,ないし四であるそうだ。それ以上は恐くて確認が出来なんだと」
「十分だ。礼を言っておいてくれ。――あの二人にハイランダーの狩人を何人かつけて明日から山狩りをさせる。リアちゃんが指揮を執るなら早期にカタが付くはず。なので。アッシュさんはその辺、気にしないで一緒に山登りの準備だぜ?」
「恐れ入りました、ターニャ殿。そこまで先回りを……」
「仕事は段取り八分ってね。事前に手を回しときゃあとが楽だしさ。――旦那。旦那はこの一件、命がけでやるって決めた、そしてあたしもパムも手伝うって決めた。だから有象無象に邪魔はさせないし、できやない。……もう旦那にはこの先、辞める選択肢は無くなった。良いんだよな?」
「わかっている、ここまで来たのだ。例え妨害されようと俺に辞める理由は無い」