気にするもの達
「全く情けない話だ、なにが雷帝か……」
「いや、それが普通じゃないすか? だからあたしらリジェクタが居るんだし」
公園の中程、開けた場所に置かれたベンチ。
そこに座るレクスと、その後ろに立つターニャ。
「だいたい。本物のドラゴン自体、専門家だって見たこと無いヤツの方が圧倒的に多い。旦那はあえてそれに逢いに行こうってんだから、不安定にもなるでしょ。あたしに愚痴りたくなるくらいには、さ」
アッシュは声が聞こえない程度に離れた場所で回りを警戒している。
――皇家内部の伝承やら、リジェクタの企業秘密とかそう言う話になるから。きっとアッシュさんは聞かない方が良いですよ。
と言うターニャの言に従ってそうしている、と言うことだ。
もっともそんな話にはほぼ成らない、とはそれを言ったターニャ自身が思っていた。
「余計な手間を取らせて済まない、依頼は明後日からだというのに」
「かまわんですよ。……だって特に仕事もしないのに、一日あたりの手当もやたら高いし」
ターニャが約一ヶ月弱拘束されることによって発生する経費は、通常のフィルネンコ事務所の収入に換算して約1年半分。と言う途方も無い金額になっている。
「素直に辞めた方が良いかとも思ったが、それでも……」
「まぁ、ね。旦那は、辞めないっすよね」
頑固者で知られる皇家の血筋。わけても4兄妹で一番シュナイダーの血が濃く出ている、と言われるレクスである。
多分、何年も前から決めていたことであるドラゴンへの謁見、しかもここまでわざわざ言い伝えに沿って陸、水、と段取りを踏んだのだ。これを途中で辞めるわけが無い。
「俺が頑迷で意固地な人間だと聞こえたが?」
「まぁ、頑固なのは兄妹全員変わらんでしょ? その一番のアニキですもん」
「やれやれ、……あなたには敵わないな」
「……! 旦那。ちょっとだけ口を閉じて、動かないで……!」
ベンチの後ろで立っていたターニャは、突然ベンチの下へと伏せる。
「よぉ、久しぶりだなぁ? 盗み聞き、ってのは人間の常識じゃ良くないことなんだぜ。当然知ってるよな。……ほかの人間は周りにいねぇ、諦めて出てこい!」
途中からドスの利いた低い声になる。
「この場から逃げたら仲間ごとまとめて、今度こそ完全駆除してやる……! お前らの今の巣、わかった上で放置してる。ってのは知ってるはずだよな?」
「悪いことをしていないのに、駆除されるとか。それはあんまりなのとか思うの」
年の頃はターニャと同じくらい。とは言え身長はパムリィよりもさらに小さく、一〇cm程度しか無い少女が、ベンチの下からレクスの足の下をくぐって出てくる。
「……その、ターニャ。この者は?」
立ち上がって服の埃をはたきながらターニャが答える。
「いわゆる、床の下の小人。ボロゥリトルだ」
ボロゥリトルは人類領域に住み、人の生活からごくわずかの食べ物や必要なものを“借りて”暮らす小さな妖精。
そしてごく希に宝石の原石や、希少な鉱物などを“返す”。
同じような生活様式だが、毎回の“物々交換”を基本にするコロボックルとはその辺が違う。
それが故に、彼らが住み着くのは裕福な家なのだ、と言われる。
妖精を養うくらいに財力があり、食べる物には苦労をしない。
だからこそ毎日食べ物を借りて、たまに宝石を持ってくる。そんな彼らを許容出来るのだ。と言うわけである。
「失礼とか思うの、我々はスピリットなのですとか思うの!」
フェアリーやピクシィとは違い、サイズ以外はごく普通の娘のようなの見た目の彼女はターニャの言に反論する。
「本物のスピリットは風の精霊だろうが! ……まぁそんなことはどうでも良くて」
「人間の発音と括りが違うとか思うの! ここは大事なところなのとか思うの!」
「やかましいっ! ――前回、助けてやったのを忘れたわけじゃあるまいな? エルモンテ」
国営第一ダンジョンの管理人、コロボックルのヘルムット一家とほぼ同じように、宿主の人間と対立してしまった彼女たちのコロニー。
それを纏めて駆除した。と言い張って秘密裏に23人全てをサルベージ、新たなお金持ちの家へと連れて行って放した。
エルモンテと呼ばれた彼女は、今現状。一族郎党、具体的にはヴァーン家の床下に住んでいるのである。
「た、ターシニアに助けて貰って、新しいおうちまで提供してもらったとか。ちゃんと覚えてる。スピリットは妖精の中で一番義理堅いとか思うの……」
「ならば答えろ、誰の差し金だ?」
「差し金は重いから借りない、とか思うの」
「あたしを相手に、お前如きの言葉遊びで煙に巻けると思うか?」
「うん、それは流石に無理とか思うの……。」
「ま、だいたい話は見えてんだよ。お前ら、妖精とは言え水の括りだものな」
帝都にかなりの数が住み着いてはいるが、元々は川縁の家を住処にしていた彼らである。
「な、なにを言いたいのか良く分からないとか、思うの……!」
エルモンテは完全にターニャの言葉で狼狽した。
「白エルフの頭領、ヘシオトールの依頼は蹴っても、女王の命令には逆らえないよな、いくらお前らでも」
エルモンテは、――はぁ。ため息を吐くと、がっくり肩をおとして両手を挙げる。
降参。と言う事であるらしい。
「女王……? サイレーンのピューレブール殿か!?」
「懸想する乙女、なんてさ。――あんたが心配しようがしからまいが、旦那は西の山に昇る。そう伝えろ。……あとな、今度盗み聞きなんて行儀の悪い真似をしたら、それこそ姉御に直接駆除させるからな? ……知ってるよな? リアン・ヴァーンが何の専門家なのか」
顔は青ざめたが、それでもエルモンテは力強く反論する。
「でもでもでも! レンクスティアの動向を知りたいという気持ちはわかるとか思うの。恋する乙女だとか思うの。女王様、三〇〇才だけど!」
「知りたきゃあたしに直接、聞きに来いって行っとけ! 旦那につきまとうなっての! ――あー。ところで、みんな変わりなくやってるか?」
「子供が生まれてちょっと数が増えたとか思うの。それでも飢えない、みんな分かれて新しいお家を探さなくて良い。ウィリアムはすごく優しいとか思うの」
「悪さをしなきゃむしろ専門家だ、住みやすい道理だよ。……行って良い。みんなによろしくな?」
「なんて報告したら良いかわかんないとか思うの。やれやれ、とか思うの」
歩き出したエルモンテは、大袈裟に両手を空に掲げて天を仰ぐ。
「そのまま、あたしに邪魔された。つっとけばいいだろ?」
「ターシニアの阿呆っ! とか思うの!! べぇ!」
いきなり振り向いたエルモンテはターニャにあかんべぇをしてみせる。
「てめっ! エルモンテぇ!!」
そのまま走り出したエルモンテは草藪に飛び込み姿が見えなくなる。
「全く。なんなんだ……」
「俺が、水の女王にそこまで心配をされているとはな」
「人間が試練の邪魔立てをしようとしてる、そこは確定なんだし。だったらあたしが邪魔しようとしてるかも知れない、くらいは考えるんじゃねぇんすか?」
「ターニャは別枠であろう。単純に行程を知りたい、くらいのものでは無いのか?」
「何を調べてるんだか、ヘシオトールの一党が帝都中に入り込んでる。ここでわざわざバレやすいボロゥリトルを使う必要性も無い気がするんだが」
女王の命令と、何より娘のため。
ヘシオトールは現在、一族で“動けるもの”全員を帝都へと投入してる。
エルフは完全に気配を隠せば、一部の人間の以外にはみえなくなる。
例えば腕の立つ専門家であるターニャや、エルフの血を引くクリシャなどは、かろうじて彼らの存在を確認することが出来るがこれは例外。
その上、論理的破壊を容易く行うほどにアタマの出来が良い。
流石に宮廷の結界までは突破できまいが、白エルフの頭領、ヘシオトール個人ならフィルネンコ事務所の結界程度は完全に無効である、
「バレやすい、のか? 俺などは気が付かなかったが……」
「その為の専門家なんでね。……特にエルモンテは、あいつはなんつーか。まぁ、みたままそのまま、莫迦なんで」
ただ身体が小さいだけで、どちらかと言えばそこつ者が多いボロゥリトル、わけても人間に姿を見られ易い、ドジが服を着ているようなエルモンテ。
彼女を使う意味など現状は無いと言える。
「……まぁ、旦那の“生の声”を聞きたい、ってとこなんすかね」
少なくても、エルモンテは。ピューレブールが命令に交えなかったはずの彼女の想いを完全に理解している。と見えたタ-ニャである。
「良く、わからんな。……とにかく」
レクスは立ち上がって伸びをする。
「何かしら落ち着いてしまった。……まったくあなたには世話になってばかりだ。礼を言うぞ、ターニャ」
「今回はホントになにもしてしてないよ。そう言う意味ではエルモンテも役に立ったかな……」
「良し、ここから用心棒というのをやってみようではないか。いくら現金を受け取るのだ?」
「先週分の未払い分と、今週分で締めて八,三〇〇……」
「結構な重さになるのであろう?」
「ん? あぁ、……うん、まぁね」
ついさっきまで。それより多額の現金を、封筒に入れ懐に無造作に突っ込んでいたターニャであるので、ちょっと歯切れが悪いが。
「ならばご婦人に持たせるわけにも行くまい。――アッシュ、話は終わりだ。こちらへ来い」
「は!」
「さぁ! 我らはここから用心棒兼荷物運びであるぞ。はっはっは……」
皇太子自身は実に楽しそうで、それは組合を経由し、事務所のまえで別れるまでそうだった。