なんでも段取りは必要
「パムリィ、こちらの支払いに三二〇〇程回したいのですが大丈夫ですか?」
「こちらも四五〇〇しか余裕は無いぞ。今は良いが、来週の薬屋への支払いが一〇〇〇程足りなくなる。――ターシニア、どうして組合からの五二〇〇が入っていないのだ?」
「食人植物調査の追加分は、帝国議会の稟議が降りなくて来月になる。って一昨日言ったじゃんか」
「それではありませんわ、ターニャ。東区の人喰いナメクジの件です。緊急扱いだったので、組合が立て替えて請求後すぐに払われるはずだったのでは?」
「今回の支払いに入ってなかったのか? お役所スルーで降りるはずの予算だぞ」
「わたくしに言われましても困ります。金額を確認したのはどなたですか! 大至急、明日の午前には確認して下さい」
最近のフィルネンコ事務所は、仕事が増えたこともあって、月末になると“賑やか”なのではあるが。
日付は、まだいつもなら一週間は猶予があるはずだった。
「ならば宮廷からのエルとパリィの給付金を一旦、支払いに回します。二人共、申し訳無いですが承諾して下さい」
「承諾も何も、私達は使い道が無いですから」
台所で洗い物をしながらエル。
「だよねぇ。アパート代はさ来月分まで払ってあるし、ご飯代も貰ってるし、もともとお嬢に預けてある分だし。好きにして良いよ、返さなくても良いし」
そして資料の積まれた本棚にはたきをかけるパリィも、特にお金に執着するタイプでは無い。
ルカの提案はあっさりと了承された。
「ねえクリシャさん、なんでこんなにバタバタなんですか?」
珍しく自分のデスクで書き物をしているロミ。
「ターニャが暫く出張だから、だよ。所長のサインじゃないとダメな書類って、お金関連が多いんだよ。そして書類作っちゃったら、逆にお金も払わないといけないし」
一応、ルカが来るまでは請求書担当でもあったクリシャである。
「あぁ、なるほど。……結局、大若様の“出張”に付いて行くことにしたんですね」
「今回はむしろ付いてこなくて良いって言われて大変だった、って言ってたよ?」
今回に関しては珍しく、自身から宮廷に出向いて皇太子に直接、自身の帯同を訴えたターニャである。
「ターニャさん自体が困った人では有るんですけれど。……なんて言うか。こちらはこちらで困った兄弟ですね」
「うん、聞こえるようには言えないんだけどねぇ」
帝国の皇位継承権一位と二位をバッサリと切って捨てる二人である。
「あまのじゃくなところがあるよね、二人共」
「その辺、若様の方が歪んでる気がしますけどね、僕は」
「大若様も言い出したら聞かない頑固者だしねぇ」
――お二人とも、自分の立場が邪魔だ。って思ってますからね。ロミがそう言うと、やれやれ。とお互いクビをすくめてみせた。
立場としては近くないのに、その“お二人”の言動に巻き込まれやすい二人である。
「パム。……多分色々迷惑かけると思うが、頼むぜ?」
「気が付いておったか。ただの阿呆では無いのよな、毎回よく気が付くものなる」
自分のデスクでソロヴァンを弾いていたパムリィの手が止まる。
「帝国筆頭リジェクタだぜ? ま、そんなの名前だけだけど。一応プロだからな、足元を小さいおじさんが走ってりゃ、そりゃ気が付くよ。――クリシャ?」
「ん? なーに」
こちらはのんきに資料を眺めていたクリシャであるが。
顔には明らかに、――あれ? と言う表情が浮かぶ。
「お前もだ。なにか動くというなら危険が無い限り止めないが。それでも単独行動はしない。せめて最低、ロミとセットで動くのだけは約束してくれ。――内緒のつもりならあたしにはバレてるぞ。……その、お父さんに、よろしく言っといてくれ」
「あぁ、知ってたんだ」
「まぁな。具体的にどうこう、なんて事はわからんが、いくら何でも事務所の中にまで入ってくれば、あたしだって気が付くさ」
そう言うと、ターニャはおもむろに立ち上がって上着を羽織る。
「……ルカ、悪いがちょっと出てくる」
「結構ですが、お戻りは?」
「ちょっと野暮用だ、その後組合に行って金をぶんどってくる。晩飯までには戻る」
「いくら先方が忘れていると言って、五〇〇〇からの大金。組合に行ったとして、頂けるものですか?」
「誰が支払いを渋ってるかは知ってる。月末ちょっと前ってのは組合で現金が一番無くなる時期なんだよ。……フィルネンコ事務所だから忘れた振りしてるんだ、あのおばさん。一昨日付けで請求は間違い無く回したから、受け取りに出向けば拒否は出来ない道理だ」
通常フィルネンコ事務所では、依頼金については月末少し前に纏めて引き取りに行くのが常である。
そして一番お金が無い時期なので、組合側としてもフィルネンコ事務所が入金時期に猶予を付けるのを前提でお金を回している。
但し手持ちの現金が減る時期とは言え、ターニャに支払う数倍、組合の金庫には入っているはずでもある。
「集金なのに剣もなし、一人で良いんですか? 僕も行きましょうか?」
通常、集金は例え組合であろうとルカ、パムリィは禁止。女の子だけでも禁止。
必ず帯剣したロミが付き合うことになっている。
その決まりを作ったターニャであっても例外では無い。
「今回は荷物持ちにゴツい助っ人を用意した。一人じゃ無いさ」
「まぁ、ターニャさんがそれで良いなら」
ターニャが自身で集金に回る案件は、金額が一件で万を超えたりするので、例え組合からの支払いであっても物騒なことも多い。
その場合はあえて身内では無く、傭兵崩れの運び屋や、ヴァーン商会の金融担当などを伴って集金に回ることもある。
だからその部分は、ロミとしては特に不思議に思うことはなかった。
「お前はその報告書、今日中にやっつけておいてくれ。明日は明日でちょっと頼みたいことがある」
「それは大丈夫ですけれど……」
――んじゃ、みんな。ちょっと頼む。そう言うとターニャはそのまま出ていく。
「野暮用、な。ルンカ・リンディよ、ぬしにはターシニアの用事。これの察しが付いておるように見えるが?」
「付いているから黙って行かせたのですわ。……明日には今月分の請求書全部。ターニャにサインさせないといけません、今日中にあと三十件。作りますわよ?」
「お、おぉ……」




