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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第十章 空を往く者 ~皇太子殿下、西へ!~
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仲良しプリンセシィズの情報分析

「皇太子殿下が法国との国境くにざかいの宿を発たれたとのよし。お伝え申し上げました!」


「ご苦労様。フィルネンコ事務所にはわたくしよりこの手紙でお願いをしましょうから、事務所の手伝いの体で三日ほど休んでおくとよいでしょう。その後所長の許可を頂いてのち、宮廷に戻りなさい。……二時間一〇分。今日は迷わなかったのですね?」


 リックは手渡された手紙を恭しく受け取る。

「はい、クリシャ様に目印の見つけ方など教えていただきました。町の中で太陽や山を基準にするのは無理がある、と」



 ――なるほど、迷うわけですわ。ルカは声に出さずに思う。

 彼はもともと狩猟民族の出。大平原のただなかであっても、太陽と星さえ見えれば子供であっても方角を間違うことはない。


 但し、帝都にあっては太陽の位置は地平線が見えないので不安定、星の空も全天が見えるわけではなく。建物が邪魔で山の稜線も上のほうしか見えない。目印としてはすべて不適格である。

 変に自信がある分、かえって方角を見失うのだ。


 そしてクリシャもまた、狩猟民族であるエルフの血が入っている。そのうえ異様なほど察しが良く、頭もいい。

当然、彼がなぜ迷うのか。初めからわかっていたはず。



「道もすっかり覚えました」

彼はそれなりに自信をもってルゥパにそう言う。



 宮廷と事務所。行きかえりの道にそう難しいところはないが。まだ少年のにおいを残す彼にとっては、難関を突破した思いなのだろうか。


 先日、道に迷ったことを正直に報告しながら。悔しそうに目に涙をためていた顔を思い出し、口の端が緩むルカである。



「ならばこの際、ポロゥ博士が何をして何を言われるか。じっくりと見て聞いて、わかないところは教えてもらってきなさい。……お会いしたことはありませんが、二人の話では、どうやら道理に通じたお方のようです。なれば二人とも、人として礼儀の一つも身につくことでしょう」



 ――あらあらクリシャさん、これは災難ですわね。ルカの口元には明らかな笑みが浮かぶ。


 彼女が知識のみで常識人を“演じている”のは、ルカもよく知るところである。

 本当の中身は養父ギディオン・ポロゥに負けるとも劣らない学者莫迦で人格破綻者。誰も声をかけないと、寝食を忘れて二日以上書き物に集中する。などということも普通にある。


 フィルネンコ事務所でターニャやロミに囲まれているが故、三度の食事と睡眠を規則的にとることになり、体を壊さずに済んでいるのが現状なのだ。


 ロミやルカが来るまで。

 ターニャはあえて、食事の用意や、時間の制限がある事務仕事、相手のある対外折衝を彼女に割り振っていた。

 当初はお菓子にも時間にも着るものにも、女性であることはおろか、自身の出自に伴う立ち位置さえ。おおよそ頓着をしなかった、とは当人から聞いた。


 食事やお菓子にこだわり、あえて老けて見えるように身だしなみを整える。

 普段何気なくするそれらは、ターニャに“矯正”されたもの。なのである。


「では失礼します! リィファ殿下にもご機嫌よろしゅう!」

「幾度にも及ぶ往復、ご苦労でした。あなたも今日明日はゆっくり休みなさい。……それと。ポロゥ博士にわたくしから、助かりました、ありがとう。と、伝えおきなさい」

「ははっ、リィファ殿下のお言伝ことづても間違いなく! ……では」




「しかしお姉さま」 

「どうしましたか?」

「この集まった情報、いったいぜんたいどうすればよいものか」

「そのまま、まとめたらいいでしょう。いずれまとめ方によって事実がどうこうなる、というわけではありません」



 但し、あまりにもわけのわからない状況であるのはルカも先刻承知である。

 まとめたものを優秀な兄二人に見せる。そういう前提であるからこそルゥパにまとめさせよう、という腹積もりなのではあるが。


 ――これはルゥパでは荷がかちすぎるかもしれませんね。

 と、すでに内心ではあきらめてさえいる。


 

 とはいえ。普段ないがしろにされがちな、何より大事な妹、ルゥパが実は“使える”少女なのだ。という所をリンクと、そして何よりレクスに示す絶好の機会でもある。

 ルカは大きく息をすると、山のように積まれた書類の束に向き直る。



「まずは大兄様の件よりまいりましょう。……ルゥパ?」

「はい。……キングスドラゴンへの謁見はしなくてよい。と言われた、と」

「そうですね。――理由が気にかかるところです」


「邪魔をするものがある。……何が、という部分について龍騎士殿は述べられてはいませんが」

 紙の束と、そして明らかにターニャの字で書かれた紙片をまとめたものをルカに差し出しながらルゥパ。


「人間であることは間違いがないでしょう。……バランスが乱れている。とは、果たして何のことを言っているものか」


 モンスターはキングスドラゴンに逆らうわけがない。

 そして人間は“皇太子の試練”など知るはずがない。

 結果として邪魔をすることになっている、とは龍騎士の姿を取ったリヴァイヤサンも言っているところではある。


「詳細はおいて、リンク兄様よりの報告に移ります」

 ロミの字で書かれた報告書を頭に結構な枚数の書類がテーブルの上に置かれる。

 すでに大鹹湖チームは昨日の時点で戻ってきており、本人たちからの報告もルゥパが受けている。


 頭は良いし、ルカの立場も理解はしているが、もう一つ空気の読めないパムリィが報告者に含まれているのを見て、言葉尻にぼろが出るのを恐れたルカは、


 ――今日は気分がすぐれません。あなたが一人で聞いておきなさい。


 としてルゥパに丸投げの形をとった。

 最も、パリィが同席しメモを取っているので内容は自身でもだいたいつかんでいる。



「はい。……まずは帝国の皇子の名で、ピューレブゥル殿が呼び出したのは、まさにリンク兄様であったこと」

 実は、その件についてはすでにルカの中には結論めいたものはある。



ピューレブゥルは呼び出すときに『皇子』という呼称を使った。

 リンクとレクス双方が該当するが、一方で。

 ターニャはインテリジェンスモンスター全般が一目置く存在。

その彼女が皇子と呼ぶ人物に声をかけたのだとしたら。


 皇太子のこのところのターニャの呼び方は、旦那。なのであり、それは公式の場以外はいつでも変わらない。

 一方のリンクについていえば、人目をはばかるときには若旦那であるのだが、基本的には彼女が皇子といった場合は、それはレクスではなくリンクを指す。


 あまり礼を失することが無い呼び方として、一目置く専門家のターニャに倣ったとするなら。リンクを呼びだす以上ピューレブゥルから見れば齟齬はない。

 パムリィを引き合いに出すまでもなく。略称や愛称はもちろん敬称などについても、少し理解の足りないモンスターであればその仮説で問題はない。とルカは考えている。



「そして。自身でそうはおっしゃいませんが、クイーン=パムリィ・ファステロン。彼女は、その事実に初めから気が付いていた可能性が高い。と、ルゥパは思います」


 報告書の文面では一切出てこない、パリィのルカへの報告にも無い。これは純粋にルゥパの気が付いたことである。

「お姉さま、いったい女王パムリィは何を……」



「おそらくですが……」

 そう言って、ルカはロミの字で書かれた報告書を手に取る。

 隙間の部分に小さな字で注釈が付いているのは、これはパムリィの書き込んだ分。

 文字かどうかさえよく見ないとわからないが、それを見慣れているルカには虫眼鏡もなしに、普通に文字として読めた。


 

「お兄様のリアクションを見ていたのでしょう。呼び出した人間では無い、と言われる可能性がある中でどう過ごすか。……彼女は、あぁ見えて考え方の根本は人間とは異なるもの。人間自体を観察する、というのもお花畑(コロニー)を離れた理由だと聞き及びます」


 ――もっとも、あのお兄様が。そんな程度でどうにかなるわけはない。とも、ルカは思う。

 そういう意味では、皇太子よりもさらに数段。“たちが悪い”のは彼女も良く知っていた。


「人が悪いのではなく、人を知らないから知りたく思っている。そう理解するしかないでしょう。彼女の言動、ふだんからおかしなところは散見されますが、ほぼ悪意はない」




「お姉様は女王パムリィもご存じなのですか?」

「既知ではあります。体調が良ければ、久しぶりに顔を見てみたくもありましたが……」

 会いたくない、とまでは言わないが。顔が見えないならそれでも良い。くらいに考えるルカだった。


 だいたい。あの悪意の見えない“純粋な毒舌”で、姫の顔をしていなければならない現状。これをチクチクやられてはたまらない。

 というのも正直なところである。


パムリィ(アレ)の話はおきましょう。お兄様に女王ピューレブゥルが何を話したかったのか、ということですが」


「アレって……。いえ、はい。――お話自体はだいぶ長いのですが、女王の話を要約すると。……うぅんと。――人間の中に、モンスターを人為的に動かしている輩がいるから、人間の責任で何とかしてくれ。という話なのですよね? これは」



「そういうことになるようですね。――但し。大兄様ではなく、あえてリンク兄様を呼び出した意味。となると……」

 ここでルカはルゥパの言葉を待つことにした。


「……大兄様の試練が邪魔をされないよう、リンク兄様にその邪魔だてをするものを排除してほしい。ということですか?」


「なるほど、たいしたものですね。……あなたの読みで大筋は良いと思いますよ。それならば大兄様と同じ日に、あえてお兄様を呼びだした意図もわかろうというもの」

「大兄様が試練をあきらめまい、と初めから踏んでいた、と?」

「ふむ、子供だと思っていましたが侮ってはいけませんね。――おかげで話がつながりました」



 ルカが手に持つ報告書にも、同じことがパムリィの小さな字で書いてあった。

実は、字が細かすぎてルゥパはまだ目を通していないのだが、むしろ自分でその結論へと至ったことに、ルカは安堵する。

 ――パムリィに負けるようでは困りますからね。



「そして、最後はこれです」

 ルカは手元にあった手紙を広げて伸ばすと、テーブルの真中へとそっと置きなおす。


「先日、リックの持ってきたポロゥ博士からのお手紙、ですか? これをルゥパが読んでもよろしいのでしょうか」

「確かに私信ではあるのですが、障りのある部分は消しました。あとはあなたと共有すべき大事な情報です。彼女の許可も取ってあります」


 高貴な友人へと送った手紙の体ではある。

 手紙の中、ルンカ・リンディとルケファスタがイコールでつながるような部分はすべて消した。

 ルゥパにも見せる前提の手紙に、そういう表現がまぎれるのがクリシャらしいところではあるが、そこは既に塗りつぶして削除してある。



「これは……。まさかモンスター学の権威とはいえ、エルフの中に情報提供者が居るなどと……。それほどの方なのですか、ポロゥ博士」

「あの方個人のコネクションですから、その辺についてはわたくしからは何とも」


「モンスターの性質を改変して人為的に操る人間……、普通の魔物使い(テイマー)、ではないのですよね?」

「魔導士だろうとテイマーだろうと、モンスターのもとよりの性質を改変するなど不可能」



 ヘシオトールは女王のためではなく、“娘”のために調べていた。

 新しいビレジイーターを生み出し、赤い河を帝都にけしかけ、人類領域とモンスター領域の境目をあえてあやふやな形に崩した、その犯人が誰であるのかを。


 一連の事件に関して帝国としても人間が関与している。という所までは確定している。

 おそらくは魔導士か、召喚士なのであろう、とは双方。意見が一致している。



 さらにヘシオトールは一歩進めて“地下に潜った”極めて力の強い魔導士の類である、とクリシャに断じた。

 そして自身の娘を生み出した魔力との類似性にも触れているが、そこはまだ断定はできないでいた。だからその二つの部分はルカが黒く塗りつぶした。


 予断があっては判断が鈍る。

今後宮廷が、いや帝国王朝全土がどう動くか、決めるのは報告書を作るルゥパである。


 

「現状、魔導士個人の特定には至らない、とありますが」

「モンスターの専門家を目指すなら、白エルフ(エルファス)のヘシオトール・タラファスベルン。名前くらいは憶えておきなさい。タラファスベルンの一党は、エルファス筆頭家にしてエルフ全体でも第二位。帝国で言えば大公家にあたる位置にある名です」



 完全にルゥパはあっけにとられた顔になる。

 ルカも初めて聞いた時は驚いたものだった。

 まさかヘシオトールの娘が目の前にいる、などとは思っていなかったからだ。



「なにしろ情報源ソースが普通ではありません。あと数日もあれば十二分に名前までわかりましょう……。ルゥパ」

「は、はい!」

「ここまでの話、一両日中にまとめて私見をつけ、表紙にあなたのサインをし、リンク兄様に提出なさい。遅れることは許しません」




 ルカは立ち上がるとルゥパの後ろへと回る。

「わたくしのサインだけ……。お姉様は、どうなさるのです」


「どうもしません、今まで通りです。……それと、今の件。クリシャさんからあなたへ続報を送ってもらうようお願いをしてあります。たまにはいつもと逆にリンク兄様のお尻を叩いてあげるも一考。――さぁ、わたくし達にはいつだって時間はないのです。いますぐ取り掛かりなさいませ、姫様プリンセスっ!」


 ルカはそう言ってルゥパに後ろから抱きついて、少し低い、ふざけた声になる。


「しかしながら姫はお仕事がお出来になるようですなぁ。されば明日の朝からでも間に合いますかな?」

「は、はいっ! もちろんです!」

「ふふ……。では久しぶりに、二人でゆっくりお茶などいただきましょうか」

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