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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第十章 空を往く者 ~皇太子殿下、西へ!~
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印象の悪い二人

「オリファの姿が見えないが……」

「日の入りまでもう少しあるんで、見回りをしてくる。ってさっき」

「……落ち着かんヤツだな」

「必要以上に真面目なんすよねぇ。オリファさんは、さ」



 法国内、モンスター保護区の中の湖畔。

 四頭立ての馬が引いてきた、ホテルの部屋に車輪をつけたような大きな馬車と、それに繋げて立てられた、その馬車に倍する大きさのテント。

 さらにそこから伸びた布の屋根の下に設置されたテーブルと椅子。



「しかし。ターニャにお茶をいれて貰うというも、これはこれで驚きだな」

「お茶くらい、誰でもいれんじゃないすか?」



 レクス皇太子とターニャが、そこで食後のお茶を飲んでいる。

 ちなみに夕食の準備と朝食の下ごしらえまで終わると、同行したもの達は事情を知るものも含め、全て街へと引き返した。

 なのでこのお茶は、珍しくターニャがいれたもの、なのである。


 いくら何でも、皇太子殿下にお茶の準備をさせるわけにはいかない。と言う事情もあるが。

 彼女個人としては、――この程度は誰でもするだろうよ。と多少、拗ねている。

 このところ、自身のイメージがあまりにも極端に過ぎるのではないか。と用意をしている間に思い至った彼女である。



「オリファの居なくなったタイミングがな。……如何にもあなたにお茶の用意をさせようと……」

「旦那も深読みしすぎだよ……。あたしにゃそんなに似合わんですかね、たかがお茶いれるくらいのことがさ。――まぁお茶くらい飲んでいきゃ良いのに、ってのはあたしも思いますが」


 きっとその場合、準備をするのはオリファだろう、と言うのは両名とも想像に難くないのであるが。




「なぁ、旦那」

「どうしたか?」

「このままトントン拍子で進むと“家督を継ぐ”のは、いつ頃になりそうなんすか?」

 レクスのカップにおかわりを注ぎながらターニャ。


「さすがは代理人、その辺は気にするのだな。……確かにあなたのイメージは、幾分極端な形で刷り込まれている、か」 

「その、……まぁ。ねぇ」

 そこは単純に、興味本位で聞いたターニャである。



「三年までない、かなり急な話であるからな」

「でも二年以上はあるんだ……」

「考え方、だな。本来は三〇になったところで“引き継ぎ”をする予定だったのだ」


「“準備”とか、色々あるって話?」

「全力でも間違い無く二年はかかる。既に“実家”の事務方はてんやわんやであると聞いた」

 人は居ないはずではあるが、まだ日暮れ前。

 宮廷やら即位などと言う単語は、迂闊には出せない二人である。


「でも頭取も、なんだって急にそんなことを……」

 なので皇帝も頭取呼ばわり。と言った具合である。

 国の頭取なのではあるが、なんとも安っぽくはある。


「なにしろ。今は“家業”が、かつてないほどに安定しているからな。……早めに役目から離れ、回りと話し合いたいのだろう」


 戦ばかりしている、と言う印象のシュナイダー帝国である。

 事実、現状も四箇所で小競り合いの最中。


 とは言え、侵攻戦や防衛戦ではなく、人死にも当然出るのではあるが。

 それでも、限りなく規模の小さい小競り合いなのである。

 大シュナイダー帝国とシュナイダー帝国王朝連合は、かつてないほど安定しているのである。


 だからこそ皇帝の冠を外して、今のうちに各方面と顔を合わせて話をしておきたい。と言う皇帝の話はターニャはわかる気がした。




「状況はわかったけどさ。普通は結婚してからってことになるんじゃねぇの? “頭取”も結構非道い事言うよな」

「俺の嫁になりたいヤツ、か。それを探すのも大変であろうな。家督の委譲には間に合うまいよ」


「え? ……現状。嫁さんの候補が、居ない。とか?」

「候補は居るはずだが。……自発的になりたい、というものが居るか? と言うことではないのか? 今の話」

 即位前から雷帝、などと言うあざなを頂く皇太子おうたいしである。

 女性の目から見て、好意的に見えるか。などとは聞くまでも無い。


 但しターニャの目には逆に映った。

「あんまり女性は好きじゃない、か。……若旦那と一緒なのな、その辺」

「ヤツはともかく。あなたこそ、一般的にはそう思われて居るぞ」


「実際問題。現状のあたしは、男は好きも嫌いも無いんだけどさ。……それにどう思われようが、旦那ほど広範囲にダメージが及んだりはしないし」

 レクスは俯いて頭をかく。


「……まぁ、確かに」

「なぁ、旦那。誰か気になるヤツって居ねぇんすか? ……旦那がその気になりゃ、大概のことは何とかなるんじゃねぇの?」


「それこそ嫌われるであろうよ。……しかも死ぬまで隣にいる建前だぞ? 俺の意向だけでどうこうしていい問題ではない」

 少し恥ずかしそうに反論するレクスを見て。ターニャは、にっと笑ってみせる。


「でも否定はしない……。誰か居るっつーことっすか、どこの姫様かなぁ」

「な、――ターニャ! どう言う話の……」


 

「そっちの方が地なんだろ、旦那はさ。だったら普段からそうしていれば、基本的にはいい男なんだし。帝国一のお金持ちで、間もなく一番エラくなるってのも間違いない。その上、とっつきやすいときたら。伴侶としては最高だと思うんだが?」


「……おほん。その辺は俺にも事情はあるのだ、色々とな」

「わかるけどさぁ、でも。せめてその気になる姫様の前だけでも、地を出してみたらどうっすか?」




 少し戸惑いの色を見せたあと、レクスはターニャから目をそらす。

「ふむ。――その方はな。明るく頭もよくその上器量よし。だが姫というわけではない。貴族ではあるのだが、下級貴族だ。……まぁ金は。確かに貴族としてみれば、あるとは言えんだろうが」

「へぇ。旦那でもそう言うお人と、お話しなさるときはあるんだね」


「俺がどう言う印象で見られているのか。いよいよ心配になってきたな。……市井の者どもとも、話すことくらいは普通にある。――その方は、女だてらに家業も家督も継いでいる方でな。そうであっても気さくで、俺に対しても物怖じせずに話しかけてきた」


「そう言うお人もあるんすか。……でも下級貴族、ってんならウチと同じ男爵か、それとも子爵。相手が旦那じゃ難しいっすね。」 

 ――しかし問題はそこではない。レクスは椅子から立ち上がると、夕日を写して真っ赤に染まる湖へと数歩、踏み出す。


「確かにね。……正妻より側室が先に決まる、ってのもおかしな話だよね」

「そこは問題ですらない」

「え? どう言う……」




「我が弟、リンクは思えば俺には過ぎた弟であるのだ」 

 急になんの話を。と思ったターニャだが口を挟むのは止めた。



 ――何くれと無く、先に生まれただけの兄に気を使い、仕事は先回りを常にし。それでいて実務能力は人一倍。


 ――アレが長男として生まれなかったは、皇家、いや帝国全体にとって損失であるのだよ。


 ――せめて俺が皇帝の器たると見せるにはどうするか。


 ――そうだな、虚勢を張るくらいしか方法はない。


 ――事情があると言っただろう? そういうことなのだ。


 ――何しろリンクには返しきれないほどの借りがある。


 ――俺が先に生まれてしまったために、如何程いかほどのものをアレから奪ってしまったか。



 ターニャはルカが、真逆の立場で同じ様な境遇であるのを思い出す。 

 ――帝国の皇家、ね。見た目よりも大変そうだよな。とターニャは思った。




 そこまで話してレクスはターニャに振り向く。

「だから。ここまで好き勝手にやっておいて、アレの懸想けそうする人までを俺が奪うわけには、これは絶対にいかんのだ」

「え? 若旦那が、懸想、する、人?」


 あまりに衝撃が大きすぎて、ターニャの頭には言葉の意味が入ってこない。

「好きな人、……居たんだ。皇子おうじ


「あの堅物が、そこまで入れあげるのだ。ならばむしろ背中を押すが兄の役目だと、俺はそう思っている」

「……リンク皇子の、好きな、人」

「それこそ皇家おうけの名前で無理やり押せ! と言いたいところだが。アレはやらんだろうことは、始めからわかりきっている。……だからもどかしいのだ」


 夕日を背にしたレクス皇太子。

「だからリンクとその方がどうなろうが、俺は唯々見守るより他無いのだ。ダメであったから、なれば次は、……というわけにも行くまい」


 ――少なくても俺は、そんなことをしてはいけないと思っている。彼の表情はターニャからは見えない。




「この俺が。……あなたが二人居てくれたなら、などと。愚にも付かないことを考えてしまったくらいなのだ……」




「……え? あ、えっと。ちょっと待った、旦那! それはどう言う……」

「良いのだ。この話はこれで終いだ。愚痴に付き合ってもらってすまなかった」

「旦那、そうじゃなくってさ、あの……」


「旦那ぁ! ターニャ殿ぉ! ご無事ですかぁ!!」

 珍しく顔色を無くしたオリファが、大声で二人の名前を呼ばわりながら走ってくる。


「こちらは何も無い、どうしたか?」

 オリファは全力疾走から止まった直後であったが、レクスの前に片膝を付く。

「はぁ、はぁ、その、良か、った。……先日、はぁ、アッシュ殿から、伺った龍騎士を名乗るもの。っうく。聞いた、それと、寸分違わぬ鎧が、こちら、こちらの方へ、歩いて行くのが見え、て……」


 気配を感じて振り向いたオリファの正面。

 竜を模した兜に、黒く輝く槍。腰には尻尾のような金属の板の飾り。

 全身黒で覆われた鎧の中から、男とも女とも取れるくぐもった声が響く。



『如何にも私がそうである。約束を違えなかったこと、嬉しく思う。足労の面倒をかけたな皇太子おうたいし

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