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お嬢様来訪、但しホームレス

「お。ロミのヤツ、やっぱ巧いな。あたしがやるよりよっぽど良いや」

 クリシャとロミが出かけてしまったため、一人で留守番をしているターニャ。


 ロミに頼んでおいた刃物研ぎと道具の点検、それを確認しに納屋へと来てみたところである。

 先日新調したばかりの“牛切り包丁”も含め形も大きさも大小様々な刃物が、綺麗に刃を研がれて並んでいる。


「技術に優れたものは、必然道具の扱いにも秀でる。……当たり前の話だな」

 本人が自己申告しないので放っておいて居るが、アリネスティア伯爵家の御曹司、ロミネイル=メサリアーレと言えば。



 少年ながら、大人を圧倒する程の剣技で有名だったのである。

 貴族の末席にかろうじて籍を置いているターニャの耳にまで、その噂が入ってくるほどに卓越した技術を持っていたらしい。

 ターニャが彼を拾った理由の一つではある。


 一方、今のところ彼は。ターニャに対してはいかなる理由で彼女にしたがっているのか。

 それはオープンにしていない。

 本人が言わない以上、彼女もそこはなにも聞かないで現在に至る。



 当然の様に、刃物のみならず道具も必要なものには油を差され、種類ごとに整然と整理されている。


「ふむ、スライムも順調に増えてるか。いちいちやることにそつが無いんだよなぁ。ホントに貴族の息子だったんだろうか、アイツ」


 納屋の一部を改造した飼育場、直系十五cm、高さは十cmあるかないか。マカロンのような丸い形に透き通るブルーグリーンで、触るとすべすべでぶよぶよして気持ちいい身体。

 生きる宝石とも言われるその美しい姿。ドミネントスライムがうねうねと群れている。

 その大人しい性格と、何よりその美しい姿をそのまま剥製化する技術が確立した事で乱獲の憂き目に遭い、今や野生では絶滅寸前。


 特に粘液も出さず、悪臭も発せず。但し、知性などほぼ無いと思われているものの、実質的保護者であるロミの事は憶えたようで、彼が飼育場に入ると餌を持っていなくとも体中にたかられ、スライムで身体が見えなくなる程に懐いている。

 本来は人間を嫌がるはずの彼らである。



 半年前に帝国アカデミーからの依頼でたった4体を捕獲してきた絶滅危惧種ドミネントスライム。

 繁殖条件をターニャが突き止め、ロミが丁寧に世話をした結果、予想を大幅に上回って今や三〇匹を超えている。


 しかもアカデミーには先月、繁殖マニュアルを付けた上で繁殖に成功した分として一六匹を返却してなお、それだけ残っているのだ。

 さらに、その成果を見たアカデミーの上部組織、帝国学術院が別に報奨金を支給する程に評価されたのである。



 結果。フィルネンコ事務所はかなりの額の報奨金を手にし、所長が。

「今月は二〇万以下の仕事はしねぇぞ!」

 と、いつものレートを更に跳ね上げて言い放つに至り。


 現状、横暴を通す気満々の所長様であるターニャと、リジェクタ組合や環境保全庁に挟まれる形になったクリシャとロミの二人が、対応に苦慮しているところだ。



 納屋の片付け、刃物研ぎとスライム養殖。ロミに任せた仕事は全く問題無く進行している。

 そして刃物と言えば。ターニャは左手にぶら下げた白銀に輝くレイピアにそっと手をやる。

 他の刃物と同じく、メンテをしようと持ってきたのだが、


 ――自分でやるよか、ロミにやって貰った方が良さそうだな。


 と思うと、鞘から抜くのを辞め、納屋の二階へ上がる階段を見る。

 この先はロミに与えたプライベートスペース。

 階段に足をかけることさえいけない事だと思うターニャは視線を壁の武器に戻す



「これは流石に触らなかったか、良く分かってるよホントに」

 多少持ち手がゴツくて鍔の部分が広く、刃の部分は何かに当たったらそれだけで刃こぼれしそうなほどやたらに薄く、筋が数本、柄から先に向かって延びる不思議な形の剣が数本並ぶ。


「研ぎ方がわかんねぇ、ってトコか。ダメになったらそれで良かったし、怒りゃしないんだけどな……。あとは油、か。お、あったあった」

 数本ある内、一番古めかしい一本を手にし、リビング兼事務所をまわって種火を持ったターニャは銀色に輝くレイピアを壁に掛けてそのまま裏庭へとまわる。


「ダメならコイツはもう捨てる。……使えない道具はあっても無意味だかんな」

 いつになく真面目な顔で、ひゅんっ! と一回振り切ってから左手に持った種火を持ち上げたところで声がかかる。



「あのぉ、こちらはフィルネンコ害獣駆除事務所。で宜しかったですかしら?」

 エプロンドレスに薄手の短い上着を羽織り、細くしなやかなプラチナブロンドの長い髪は綺麗に楯ロール。

 身長はターニャより頭一つ小さく、クリシャと同じくらい。年齢もほぼクリシャと同じと見える少女がターニャを見上げる。


「……? まぁ、そうだが?」

「玄関で何度かお呼びしたのですがお返事が無かったもので、非礼であるとは存じましたが、人の気配があったこちらへまわってまいったのですわ。所長様はどちらにいらっしゃいますの?」


「一応あたしがそうなんだが、おまえは?」

貴女あなたフィルネンコ卿レディ・フィルネンコでしたのね。これは失礼。……わたくし、ルンカ・リンディ・ファステロンと申しますの。以降お見知りおきを。ルカとお呼びくだすって結構ですわ」

 そう言ってスカートをつまんで挨拶をする姿はどう見ても良家のお嬢様。


 確かにA級業者のリーダーは騎士級、ターニャに至っては男爵の位を与えられているとは言え、怪物駆除業者モンスターリジェクタに用事があるとは到底思えない。


「そのルカお嬢様がなんの用事だ? この辺は刃物やらモンスターの標本やら転がってて危ないぞ」 

「わたくしを雇って下さいませんか? わたくし今現状、お金はもとより、住むところも食べるものも無いのです」

「……は?」

 どうやらお嬢様では無いらしい。むしろ自己申告ではホームレス。



「それに、フィルネンコ事務所は、大きな仕事をしているのにあまり儲かっているように見えない、と言う噂を耳にしました」

「あの、……いや。完全に大きなお世話というか……」

 ターニャの言葉は無視され、ルカの話は続く。


「わたくし、スクールでは主に計算術を学びました。是非ここで、経理をやりたいのです。こう見えて計算機械、ソロヴァンを使わせたら帝都でも指折りなのですわよ。師範の資格も持っているのですわ」

 ソロヴァン使いは異様なまでに数字に強い。それはターニャにも理解が出来る。

「それに税金は種類や税率を含めて詳しいので、わたくしが居れば払いすぎたり、足りなくて苦情が来たり、などと言う事は絶対にありませんこと請け合いでしてよ。それにお買い物の値引き交渉ならば、絶対の自信があるのですわ」


「イヤ、でもウチはモンスター退治たいじの……」

「確かにわたくし、モンスターと直接対峙たいじしたりは出来ないかも知れません。けれど所員の皆さんがお出かけ中も、わたくしがお留守番をしていれば、今のようにお客様とすれ違うようなトラブルも減りますわ、所長様」

 客の種類にもよるが、すれ違っていた方が無用なトラブルは減るような気がするターニャである。今だって彼女にとっては、ある意味トラブルに巻き込まれてしまっている様なものだ。


「ところで、所長様」

「……様は辞めろ、ターニャで良い」

 多少不機嫌に見える様に言ったつもりだったが、ルカは全くひるまない。

「珍しい剣をお持ちですのね。それはどんな用途で使われるものなのですか?」

「お嬢様なのに剣の種類がわかるのか。――これはスライムスライサー。スライム専用の剣だ」

「さすがは帝国全土にその名を轟かすスライムの専門家ですわ。……モンスターごとに専用の剣がありますの?」

「剣だったり道具だったり薬だったり、単なる水とか。その辺はモノにもよる」

 多少自分のペースになるかな、ターニャはそう思いつつ話を続ける。


「ルカ、つったな? リジェクタの事務所に就職志願だ。――だったらスライム、何種類居るか。知ってるか?」

「モンスターとしてはとても多いのですわよね? 二〇種類くらい?」

「帝国学術院が正式に分類しているだけで三二七種類」

「そんなに!?」

 もっとも専門家のはずのターニャや、モンスター学の権威であるクリシャでさえ、一目で識別出来るのは二〇〇種類を切る。実際には二人共みたことも無い種類の方が多い。


「大別すれば二種類。マカロンみてぇな形をしているのはいわゆるスライム。見た目も丸っこいし臭いも毒も無い種類が多いんで、居てもあまり迷惑じゃ無いから種類によってはペットとして飼うヤツも居る。もちろん危ないヤツだって居るんだけど」

「わたくし、一度ドミネントスライムを見たことがあります。まさに生ける宝石、とても美しい姿でしたわ。でもアレは、絶滅危惧種なので個人が飼ってはいけないのですわよね?」

「ものすごく簡単に死ぬから飼うのは難しい。しかも基本的に人を嫌うしな」

 現状、ターニャの背後の建物の中。名前の通りに納屋の支配者ドミネーターとして今も、うねうねと群れているはずだ


「で、もう一方は不定型のぐちゃぐちゃドロドロしたヤツ。これは一般的にはジェリーと呼んで区別するが基本は同じもの。蝶と蛾の違いみたいなもんだな。俗に言う腐れロッテンスライムだ。こっちは個人的に飼うような物好きは、あまり居ないだろうけどな」

「あまり。と言う事は、少しは飼う方もおられると言う事なのですか……」

 ――それも見たことはありますが、アレはちょっと……。何かを思い出したのか、ルカの顔が曇る。


「まぁ見た目がアレだし、ほぼ全種類、毒を持ってるから素手で触ると最低でもかぶれたりするんだけど。けど、こっちもあまり害は無い。雑草や害虫を食べたり、臭いがする種類なら放牧地や畑の隅、その辺に二,三匹居るだけで狼や猪が寄ってこなくなったりして、かえって役に立ってたりもする」

「でも、だったらその剣は……」

「見た目が不快だと言う理由もあるが、種類によっては強力な毒がある。雑食とは言え普通のスライムだって、肉食が強くてデカくなるヤツなら家畜や人を襲ったりもするからな。そんなもんが街に出てきら大変だ」

「なので、駆除をする、と」


「スライムは基本、防御力は無いに等しい。だから軽くて取り回しが良いように、刃は薄くても良い。頑丈さより切れ味の方が重要だ」

 言いながら柄に付いたボタンを軽く押し、持って来た種火を鍔へと近づける。薄い刃の根元部分に小さく灯がともる。

「だが、種類によっては切ったら切っただけ増えたりする場合もある」

 言いながら種火を足元へ無造作に見える動作で放る。種火はそのまま転がり、中庭の隅を横切る側溝へと墜ちる。


「それは厄介ですわね。その場合はどうするのですか?」 

 ターニャに続きを促すルカ。彼女のプラチナに輝く縦ロールと広がったスカートが、好奇心を表すようにふわふわと揺れた。



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