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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第十章 空を往く者 ~皇太子殿下、西へ!~
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開店休業

「副所長、ただいま戻りました」

「メルちゃん、お疲れ様。……あのさ、普通にクリシャ。で良いからね? 書類の上だけだから、それ」

 

 とりあえず、事務書自体は開けることにしたフィルネンコ害獣駆除事務所なのではあるが所長、事務長、副事務長、現場担当者、さらにはメイドその1までが不在である。

 代わりに二名、少年と少女が親衛第六から貸し出されているが、もちろん専門家ではない。


 なので事実上、事務所は開店休業状態ではある。

 そこへ貸し出された一人、第六親衛騎士団副長代理でもあるアメリア・ロックハートが宮廷への“お使い”から帰ってきたところである。

 


「お帰りなさい。宮廷まで往復、ご苦労様。姫様方はなにか言ってたかな?」

「あと十分は詰まる、と言って怒られました……」

「厳しいなぁルゥパ様は。……内容の方は?」


「了解した、だそうです」

 ――なるほど、ルカさんの裁定待ちね。クリシャはこれは口に出さずに思う。

 レクスが法国の宿に着いた、と言う連絡が上がったので、それを持って宮廷へと向かった彼女である。

 時間は遂に二時間を切ったのだが、まだ姫様はお気に召さなかったものらしい。


 単純な距離だけなら三十分。

 リンクのメッセンジャーとしてのオリファなら。

 宮廷まで一時間半で往復するが、これは比較してはいけないだろう。

 

「クリシャさん、取り込み中のところ申し訳無いのですが。この二件は請求を立てて良いものですか?」

「ん? ……それ、どうしたんだっけ。――帳簿見ないとわかんないなぁ」 

「今月分の請求が止まっては来月、大変なことになりますよ?」

「うん、調べる調べる。ちょっと待って」

 

 山のような書類を書き続けるメイド服のエルと、分厚いファイルの束を机の上に広げるクリシャをみて、メルはため息を吐く。


 

「普段、事務を執るのはどうされているんですか? 完全に機能不全ではないかと」


 事務長ルンカ・リンディ・ファステロンのことは、親衛第六所属の騎士たちは知らない。

 説明が面倒くさいので誰も教えていないからだ。


 もっとも。ルゥパのお付である第六にルカとリィファが同一人物である、とは。

 今のところ教えるわけにはいかない、という事情もある。

 

「お、おうちの都合で実家に帰ってるんだよ。ルカさん、って言ってね。……事務の人は普段はいるんだけど。だから事務所閉めようか、なんて言っていたの」

「実は事務だったらクリシャさんでも私でも良いのだけれど、ね。このところの”ウチの所長“は専門家がいるんだから任せろ。なんていうのですよ。お陰で一人居ないとこの始末、というわけです」


 実際のところは、パムリィも居ないので二人居なくなっている。

 特にパムリィに関して言えば、口約束や経緯などはかなり詳細に、本人よりも細かく覚えているので、あやふやになりそうな案件ではかなり役に立っている。

 現状、事務係は完全に不在である。


「ところでメル、パリィは何か言って居ましたか?」

「暇だからエル様に変わって欲しい、とのことでしたが」


 現状。妹ルゥパを伴い、宮廷本宮の自室に引きこもっているルカであるので、そのお付きとして付いていったパリィ。彼女には実質的に仕事はない。

 制服を着て黙って別室で座っていろ、と言われるのは。楽そう、というイメージではあるのだが。

 見た目通りに、パリィにとっては苦痛でしかない。


「どうせ時間は余っているのでしょうから。だったらメイド長にもう一度、基礎から鍛え直してもらえば良いのです」

 二人のメイド仕事は、宮廷では皇帝さえ逆らわない。と言われるメイド長が直々に仕込んだものである。



「だいたい不思議なのは。なぜエル様とパリィ様が、ここで、よりによってメイドなどと」


 あまり表に出ない二人の代理人。

 暗殺剣の使い手エルと、神出鬼没の情報屋パリィの二人が、粛々とメイド仕事をしている。

 と言うのは、あまりにもメルの思う二人のイメージからは逸脱している。


「姫が仕事をしていないと我らも仕事がない。東の賢者に曰く、働かざるもの食うべからず、だそうですよ?」


 そしてルカのことを抜きにすれば、彼女のお付であるエルとパリィ両名がフィルネンコ事務所で、しかもメイド服を着ていること自体、おかしな話になるのである。


「リンク殿下が休職中の我らの生活を案じて下さって、メイド仕事を教えて頂けるようメイド長にお願いし、そして代理人であるターニャに無理やり雇わせている、というのが実際なのです」


 実はこの説明でそこまでの齟齬はないのである。


「今回だとて、どこかのわがまま姫が――どちらか一人、いればよい。などというものだから。……結果、私があぶれました」


「しかし、リジェクタ事務所でメイドをする以外にも他の仕事が……」

「言いたいことはわかる気もしますが、われら両名はここでの仕事、結構気に入っていますよ? ……心配してくれたならありがとう、と言わねばなりませんが」



「ところでメルちゃん、……リィファ様は何か言ってた?」

「われらが直接お話しさせていただくなど、恐れ多い話ですっ!」


 彼女たちの主は皇帝であろうが皇太子であろうが、気に食わないものにはきちんと文句を言わなければ、気が済まないタイプ。

 そのうえ、かわいらしい末姫様。の呼び名が似あう見た目に反して、導火線がやたらに短いことでも宮廷では有名である。


 その彼女が唯一、言動に対して決して文句を言わない相手。黙って言うことを聞く相手。

 それが姉姫、ルケファスタ=アマルティア皇女おうじょである。


 登用時期の問題もあり、これまで第一皇女とは一度も顔を合わせたことのなかった彼女たちではあったが。

 ルゥパを言葉だけで圧倒し、あの皇太子おうたいしさえも一目置く第一皇女。

 しかも代理人のエルとパリィは、そろって裏社会出身。

 かなり恐ろしい人間像が、合う前から出来上がってしまっている。



 但し。ルカとしてのこのところは、落ちぶれ貴族の設定も相まって、品行方正で常識的なお嬢様。

 リィファ皇女としての彼女も、相手によっては多少口が悪くなるきらいはあるものの、物腰柔らかなお姫様なのである。



「う、……うん、了解。なら、ルゥパ様は何か言ってた?」

 この場にいないとはいえ、多少ルカのことを不憫に思うクリシャであった。


「クリシャ様の助言を求めたい事象がある、と」

「ん、ルゥパ様が私に?……なんだろ」

「後でお手紙を書く、とのことでしたが」



 最近、モンスター関連の業界でむやみに名前の挙がる彼女である。

 とにかく知識をつけるのだ、というのはクリシャにも感じられるのだが。

 ――あの兄妹は全員、やり始めると中途半端ってありえないからなぁ。  

 そう思うと、もらうはずの'お手紙’が恐ろしくなるクリシャである。



「急ぎじゃないんだ……、ますますなんだろ? まぁいいか。……メルちゃんは身体拭いて着替えておいでよ、汗と埃。いやでしょ?」


「先ほど皇太子殿下からハトが着いたので、着替えたら一緒に確認してほしいんですが、そのまえに。……お使いに出したリックがまだ、帰ってこないのですが、立ち回り先に心当たりはないですか?」


「えぇ! なんであんな方向音痴をお使いに出しちゃったんですか。――田舎暮らしが染みついてるから、帝都の中では迷子になるんですよ、あいつ。……着替える前に探してきます!」



 メルと共にフィルネンコ事務所に貸し出されたもう一人。

 親衛第六に任官して間もないリックである。

 歳は主より一つ若いが、真面目で頭も良く非の打ち所のない少年。

 但し、ごく普通の街角で迷子になる。という困った少年でもあった。



「エル様、今日はどこにお使いに出したんですか?」

「昨日キミに行ってもらった薬品の問屋ですが。でも基本的には、一本道だったでしょう?」

「迷う人は角一つ曲がったら、もう方向がわかんなくなるんです!」


 慌ててドアを開け、出かける準備をするメルを見ていたクリシャの目が、――すぅっ。と細くなり、眼鏡をずり下げてさらに睨むようにする。


「クリシャ様、えぇと。あいつ、さぼってるとか悪気があるわけではないんです。あのぉ、そこだけは、その。どうか……」



「わかってるよ。彼、今まで道になんか迷ったことないのに、って。自分でも言ってたし、昨日も落ち込んでたもんね」

 クリシャは。彼女を脅したように見えてしまったことを――済まないな、と思いながら取り繕う。



 彼女が恐れるのはリックの解雇とみて間違い無い。

 そして博士の称号を持つクリシャにはそれを促すだけの政治力がある。

 と思っているらしい。

 ――私。そこまでエライ人でも非道い人でも、ないんだけどなぁ。

 あまり持ち上げられたことのない彼女は、どうして良いのか。多少戸惑うところではある。



「もちろんルゥパ様に話したりしないってば。帝都に慣れれば迷わなくなるって。エルさんもそう思ってなるべく外に出る用をお願いしてるんでしょ? ――ほらね」

「しかし、たった三日でもう四回目……」


「まぁ心配しなくてそのうち慣れるよ。……とは言え今日はちょっと時間がかかりすぎかな。――彼を助けにいってもらってもいいかな? メルちゃん」

 眼鏡を戻し、笑顔になったクリシャがメルと目を合わせる。

「は、はい! あの莫迦をすぐに探してきます!」


「エルさん、使わなかったら悪いけどその書類、そのまま作っちゃってください。メルちゃんは間違いなくリック君を拾ってきてね?」

 ――うーん。クリシャはそのまま何気なく立ち上がって伸びをする。


「クリシャさん、何処かへ行かれるのですか?」

「私、ちょっと標本弄りたいから納屋にいる。用事あったら声かけて」

 クリシャは裏庭への扉を開けて、

 ――二人共、よろしくね。

 彼女は、ちょっと振り返ると中庭へと出て。扉を閉めた。


「ふぅ。……びっくりしたぁ」 




 中庭へと出たクリシャの隣。フードを目深に被った男性。

「気が、付いたか」

「当たり前です! ……お父さん! こんな昼日向に人類領域、どころか帝都の中になんて! しかも事務所の中に入ってくるとか! いったいなんのつもりなんですか!?」

 そこにはエルフのヘシオドールが立っていた。 

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