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夜半の食堂

 時刻は夜九時を少しまわったところ。

 オリファとアッシュしか居ない宮廷の食堂。


 各々別々に、書類の束を持ったまま執務室から追い出されて、たまたま同じくここにたどり着いた。と言う次第。



「エール以外に何か残っているか? ……いや、エールは当然にくれ!」

「私はサイダーがいい。それとなにか食べる物を頼みたいのだが、どうだろうか」


 片付けと明日の仕込みのためにたまたま残っていた、料理人が答える。

「明日の分も有りますから。パンと、……あとはハムで良ければ準備できますが」


「……アッシュ殿?」

「あぁ、それで良い。それとチーズくらいはあるだろう?」


「良いですよ。――あぁ宜しければ、残り物を適当にソテーしましょうか」

「済まんな」

「どうせ明日の朝には捨てるしか無い、こちらも助かりますよ」

 ――既に私以外はみんな帰ってしまったもので。……少々時間は頂きますよ。そう言いながら料理人は厨房へと向かう。


「済まないね、こんな時間に」

「いつものことです。今日の分は貸しにしておきますよ、アブニーレル卿。――飲み物とグラスはカウンターに出しておきますので、ご自由に」


 親衛騎士達は仕事が夜半に及ぶことも多い。みな。料理人は顔見知りである。

 もっとも、夜番の当番達が食べる食堂は別にある。

 宮廷本宮の食堂は、本来は夜七時で店じまい。

 

 あまり人が来ないので、聞かれたくない打ち合わせなども良くここを使う。

 そういう事で店じまいはしても鍵はかけないのである。



「私が行きましょう、水はいかがです?」

「むしろ今の俺にはエールが必要だ」

 ――今だけに限った話でも無いでしょう。笑いながらオリファはカウンターへと向かう。


「時にオリファ。法国から親書が届いたと聞いた」

「法王様よりリンク殿下への謝辞のお手紙でした」

「普通の国なら経済大臣にあたるものが直接、謀反に関わっていたとはなぁ」


 お盆の上に瓶を二本とグラス二つ。これを載せてオリファが戻ってくる。


「特に話が法国ですからね。あまり大々的な話になるのも不味い。……殿下が必要最小限の報告に留められたことについても、最大限の賛辞を述べられておいででした」


 その立場が一国の王子であっても、今回の件のインパクトは大きい。

 まして今回の疑惑を、命がけで潰したのが帝国本国の皇子なのである

 大きく喧伝されて然りなのであるが、リンク本人が箝口令を敷いている。


 ――法国にて経費横流しの疑惑有り、リンク殿下の調査により解決済み。


 現在流れている話はそうでしか無い。

 現場に直接、乗り込んだことすら知らない者の方が多い。



「殿下が各方面へお話をなさらない。というのも、俺なぞからすると良くわからないのだが」

 本来は武勇伝として、吟遊詩人が詠って広めても良いくらいの案件である。


 結局。本人がだんまりを決め込んでいる以上、リンクが本当に欲しかったはずの皇子としての実績。

 これに寄与している、とも言いがたい、


「殿下なりに思うところがあるようで。少し方向転換をなされた、と言う事であってくれたら良いなぁ、などと思って居ますが」


 ターニャの、――普通の人間とは、違うやり方だって考えて良いと思うんだ。

 と言う一言が、非道く心に響いたらしいのをオリファは知っている。


 自分が無理をすると、周りの人間にはもっと無理を強いることになる。

 当然にそこは理解していたはずのリンクであったはずだが。


リィファのことを。……言えた義理では無いな」

 リンクは地下室から帰り足、そう言ってあとは明朝まで口を開かなかった。

 当たり前のことを、どうやら再確認したらしい彼の主である。


「とは言え、結局金の流れはわからずじまい。何をしに言ったのかわからなくなってしまいましたよ」

「横流しは止まって、しかもフェニックスも解放。……良いじゃないか」

 ――素直に喜べませんけどね。オリファは自分のグラスにサイダーをつぎ足す。


「気にしないで良いところだけ拾っていけば良いんだよ。我々の仕事はそうで無いと、そのうち潰れるぞ?」

 アッシュは、エールのコップをぐっと傾ける。



「そう言えば、アッシュ殿は昨日フィルネンコ事務所に行かれたのでは?」

「皇太子殿下以外には……。まぁお前はターニャさんの部下のようなものだしな」

「……恥ずかしながら、ここ暫くは否定ができませんね」


「単純に、予定を早めて急げ。と言われた」

「予定。……ドラゴンへの謁見を、と言うことですか?」

「その上でモンスター勢を基本的には味方寄りの第三者にせよ、とな」


「帝国に害成す敵が現れるかのような物言いですな?」

「俺が言っているわけでは無い。――ピューレブゥル殿に寄れば既にその兆候はある、との事だった」



「むつくけき男が二人でなんの相談だい?」むくつけき

「シャル……!」

「……おババ様」

 いつの間にか二人のテーブルの横には親衛騎士団総団長、シャルロッテが立っていた。


「おや、サイダー。……オリファか? わたしも貰って良いかい?」

「コップを持ってきましょう。……どうしたのですか、こんな時間に」

「どうせ二人共ここだと思ってね。……お、済まないね」

 ごく普通にオリファの隣の席へと座る。


「おババ様、……もしやなにか?」

「なに、たいした事はないが。さ来週の陛下のご予定にちょっと変更があったのさ。来週初めには発表になろうが、お前達は聞きたかろうと思ってね」


「陛下の、ご予定?」

「それが私達になにか?」

「法国から猊下がお越しになる、護衛は聖騎士団第二隊だそうだ」


「……シャル、それは」

「第二隊副将はお前の幼馴染みだそうじゃ無いか。ならば息子の友人も同然、だったらばあさんは夕食に招待するのが道理だろうさ。違うかね?」

 ――殿下あるじに外出の許可を取っておくのだよ。そう言うと彼女はコップの中身を飲み干す。


「噂の聖騎士殿、か……」

「なんと言っても聖騎士団の中でも群を抜く若手の筆頭、お前も面識を持っておく必要があるだろうさ、アッシュ」

「……俺も同席して良いものなので?」 

「当たり前だろう? お前もバカ息子の一人だ」


 そう言うと彼女は静かに席を立つ。


「それと。――お前達の抱えているその報告書。明日の一〇時までには主のサインを貰った上でわたしの元に持ってくること。もしも時間通りに提出されない場合。……わかっていますね?」

 ――ごちそうさま。それだけ言うとシャルロッテは、振り返りもせずに食堂を出て行く。



「これは、……命に係わる一大事だ」

「アッシュ殿も、そう思われますか」


「今夜は、……部屋には帰れそうにないな。俺とお前。このままではそのうち、では無く明日朝に。確実に潰れる」

「潰される、の間違いでは?」


 ――はぁ。挨拶をして帰る料理人を尻目に、ため息の二人は書類の束に手を付けるのだった。


次章予告


空とモンスター全てを総べる、キングスドラゴン。

皇太子が邂逅を果たすための条件が示される。

その条件を達成するため、フィルネンコ事務所の面々と

そしてリンクまでもが、振り回されることに……。  


次章『空を往く者 ~皇太子殿下、西へ!~』


「我に丸投げしようとしているとしか思えぬな……」

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