それぞれの立場
「全員その場で止まれっ!」
良く通る女性の声が響き渡り、僧兵達が動きを止める。
「間に合ったな。危うく契約を違えるところだった」
長いマントを羽織り、突き出した左手にはやや刃渡りの長いナイフ。
スカーフを覆面のように巻き付け、眼の部分しかみえない女性がリンク達と僧兵隊の間に割って入る。
「その、あなたは……」
当然覆面の下の顔を知っているオリファが、思わず話しかけるが遮られる。
「傭兵、エアルパ・レスタレンベック。要請により推参! これよりリンク皇子の助太刀に入る! 今逃げるなら見ないフリをしようが」
「血煙の、だと! 貴様、ホンモノか!?」
「首狩りアルパ……、出てきたのは何年ぶりだ!?」
「あ……、その、アルパ殿。――どなたの要請で動いておられるのですか?」
「貴殿は知っていようが、フィルネンコ害獣駆除事務所の所長とは既知でな。皇子と妖精の女王を守るように、と言われている」
「……最近のターニャは。気が回るのだな」
「もとよりターニャ殿はそう言うお方です、殿下もよくご存じなのでは?」
「あぁ、そうであったな。……まさかレスタレンベック卿を出してくるとは」
「女王。応援が既に居る、と仰ったのはもしかすると……」
「当たり前なる。我では戦力になるわけが無かろ?」
「僧兵隊のものに確認する! イヤイヤやらされている、と言うものは武器を捨てこちらに来い! 今ならば命までは取らん!」
但し僧正の表情には変化は無い。
「無駄ですな、アルパ殿。みな覚悟の上です故」
「なるほど。では躊躇は要らんな。――全員、この場で皇子に代わり、無礼打ちとするっ! ……有罪!」
“アルパ”がそう言い切った瞬間、端の方に居た僧兵3人が首筋から血を吹き出して崩れ落ちる。
「仮にも兵。って名前ついてるんだから、もう少し周りに気を配ったら? 包丁持った相手に間合いに入られるとか、正直どうかしてると思うよ。やる気あるの? 槍持ってるのにさぁ」
こちらは、普通の服に頭巾で顔を隠しただけの少女が血ぬれの包丁を。ぶんっ! とふって血糊を落としながら呆れたように話す。
「……貴様ぁ!」
「なんで怒ってるの? あぁ、アルパ一人で来たと思ったんだ。……莫迦なの?」
「ふざけ……、がっ!」
「私が居るのを無視されては困るな。そもそも殿下の御身を守るが私の仕事だ!」
振り下ろされた槍を軽くかわして、オリファの剣は一番先頭に居た僧兵を袈裟懸けに切り裂いた。
「殿下、女王とお下がりを!」
「うむ、頼んだ。――アルパとやら! 手足は無くても良い、僧正を殺さないで捕縛して欲しい、頼めるか?」
「別料金、――は所長に貰うか。……皇子の要請は極力聞くよう言われている。努力しよう」
「手間をかけるな」
「……仕事だ」
「ね、あんたらさ。僧兵隊がどうして、帝国の戦に呼ばれないか知ってる?」
僧兵が振り下ろした槍をかいくぐり、頭巾の少女が彼の目の前に現れる。
「もとより少数精鋭、法王様の守りを薄くはできんだろうがぁ!」
「練度がね。……話にならないからだよ、チョロすぎて戦力にぃ、ならないのっ!」
「ぐあぁ!」
頭巾の少女は、手首を包丁で切り落としながら後ろに回り込んで、そのまま視界からかき消える。
「練度の足らない兵隊はさ、戦場には要らないんだよ。あんたらみたいな神様も、兵隊も中途半端な連中は、特にね!」
声と共にまた一人、僧兵が血しぶきを上げて倒れる。
「聖騎士よりもさらに神事に時間を取られ、訓練の時間も取れない、それは端から見てもわかる。さればこそ、尊敬されこそすれ、蔑む者など無いのだ! その意味が貴様らにわかるかっ!?」
オリファが最小限の動作で槍をかわし、正面に居た僧兵を切り捨てる。
「貴様らの如き外道が、誇り高き僧兵を名乗るなど! この我が断じて許さんっ!」
――キィイイイイン!
オリファは、まるで後ろが見えているかのように、背後から振り下ろされた槍を剣で受け止めると。――ガスっ! 後ろ向きのまま腹を蹴り飛ばす。
「くっ! まだ負け、ぐはっ……!」
「つまらん。……こんな仕事を受けるのでは無かったな」
蹴り飛ばされた僧兵は、アルパがマントから突き出したエストックで串刺しになる。
アルパが再度背中を蹴り飛ばし、エストックから解放された僧兵は、胸に大穴を開けて地面に崩れ落ちる。
この時点で。僧兵隊に生きているものは居ても、立って戦闘を継続できるものは居なくなった。
「さて,バリウスと言ったか? 僧兵も全て倒れ、残りは貴様のみ。――皇子より手足をもいで良いとは言われたが。こちらにはあいにくそう言う趣味も無し」
――カラーン、カラカラ。
アルパは血ぬれのエストックを放りだし、僧正との距離を一歩詰める。
「お互い、これ以上続ける意味もあるまい、……おとなしく縛につけ、それで終いだ」
「そう言う訳には……!」
ツボを放りだし、何かをしようとした僧正の姿が一瞬歪んでかき消える。
「な! ……リンケイディア、不味いっ!!」
パムリィが叫ぶと同時、リンクの前の空間が歪む。
そして次の瞬間には炎の線が空間を凪ぎ、――ビチャッ。水溶性のものが地面に落ちる音と共に、視界は元に戻る。
「あっぶねえ、危機一髪だ」
リンクの前。
炎を纏った剣、スライムスライサーを構えたターニャが立っていた。
「ターニャ!?」
「ターシニア!!」
「ブルーグレイウォータージェリー。……最大直径約1,8m、最大高30cm。水に住む最大級のスライムだ。……皇子。僧正は喰われた、そこは諦めてくれ」
ターニャはスライムスライサーを鞘に収めて、川の方を半目で見やる。
「……みえるところだけで、あと5,6匹は居るな」
ターニャはそう呟きながら包みを二つ、川へと無造作に放る。
「血の臭いに引き寄せられたか。……全部駆除できるとは思えねぇ、川上のこともある。一旦引いた方が良いと思うぜ?」
一瞬タイムラグのあってのち、川下にかけてぶくぶくと水面が泡立つ。
「あー、なんだ。――“アルパ”、済まなかったな。助かったよ」
「こういった仕事は、今回限りとして貰おうか」
「悪かったってば。……もう引き上げて良いぞ。大寺院もいい加減気が付くだろうさ。お前は顔を合わしちゃ不味いだろ?」
「確かにそうだが、……ターニャ、あとで膝をつめて話がある。逃げるなよ?」
――ではな。……帰るぞ! そう言うとアルパは覆面の少女を引き連れ、大寺院とは逆の通路へと消える。
「パム。緊急時の一般人への誘導はもっと具体的に、的確にしろ、アレでは何処に逃げたら良いかわからねぇ」
「すまぬ、……その」
「怒ってるわけじゃ無い、プロだって意表を突かれることはある。――次回から気をつけろ」
リンクはターニャの方へと向き直るが目はあわない。
「その……。ターニャ、それでも私にはやるべき事があるのだ……!」
「もちろん。その辺はわかってるから、こうやって付き合ってる。……結果はあんまり良くなかったんだけど」
「ターニャ、私は……」
「ただ、皇子には立場ってものもあるだろ? ……普通の人間とは、違うやり方だって考えて良いと思うんだ。――今回は結果オーライ、で良いとあたしも思うけど」
そう言うと、リンクの横をすり抜け。ターニャは大寺院への通路へと向かう。
「命をかける、となれば当然勝率は100%じゃない。言葉の上だって“命をかける”、ってんだからさ」
オリファから種火を受け取ると、自分で持ってきたランタンに火を入れる。
「皇子が生きてること、それ自体がやるべきことだって。――そう考えてくれたら、あたしも少し気が楽になる。……ま、そうは言ってもなんか無茶するってんなら。言ってくれたらまた付き合っちゃうんだけどさ」
「私のやるべきこと、か……」
「それともう一つ、“あっちの現場”でサイレーンの使いにあったんだ。……急がないけど、皇太子殿下に言づてがあるから。あとで事務所にアッシュさんが来てもらえるように言っといてくれ」
「ターニャ、私は……」
「今回、実績はついた。そしてアルパはまたしても表に出せない実績が増えた。そういうことで良いんだろ? 皇子の考えてたこととしては」
「わ、私はそう言うつもりは……」
「ターニャ殿、アルパ殿の経費はどうしたのですか」
「経費的にはアルパの投入まで予定通りっすよ、オリファさん。――後始末、面倒くせぇからあたしも戻る。……パム、 フィルネンコ事務所 の代表としてキッチリカタを付けるまで帰ってくんなよ?」
――後は頼んだぜ? ……オリファさんもよろしく。
ターニャの掲げた光は通路へと入っていき。
そして曲がり角を曲がって少しして。みえなくなった。