地底の川
一行は広い空間に出る。
「灯りは……、ランタンフラワーか?」
「なればスライムがおるはず」
スライムの一部とランタンフラワーは共依存の関係にある。
スライムの出す粘液で草が生長し、スライムは落ちた葉を食料にする。
双方。他にも取り込むものはあるのだが、一番効率の良い栄養、と言うことだ。
そしてランタンフラワーがモンスタープランツであるが故、成長は早いのでそのサイクルは成立する。
逆に言えばランタンフラワーだけが単独で生えることはほぼ無い。
ランタンフラワーとスライムはセットなのである。
姿を隠しては居るが、間違い無くスライムは居るはず。だがパムリィの前には出てこない。
「こんな地下に川が流れておるな。床にもヒカリゴケ。――道が一本、川沿いに続いておるが」
「地下水が湧いたのでしょうね」
「……これは。明らかに、モンスターの好みそうな環境だ。言いたい事はわかるな、リンケイディア」
「言われるまでも無い」
「スタンピード状態で水のものが来る、となれば。我の居る居ないなどはいよいよ関係がなくなるぞ。知らべものがあると言うならそれ以上は言わんが、急げよ?」
「あぁ、わかっているつもりだ。……オリファ?」
「はい殿下。見る限り入り口は入ってきた通路含めて五本、意外にもきちんと整備されているようですね」
「我らの入ってきた通路の整備が一番悪いようなる。寺院に繋がっているが故かの」
ふわり、とオリファの肩から浮かび上がると入ってきた通路を見やる。
「……恐らくは。通路を整備するとなると振動や騒音は、これは無視を出来ないと思われますので」
「しかし、オリファ。この広い空間は一体……」
「……元からあったものであろうとは推察できますが」
入ってきたのとは別の入り口の前へと流れたパムリィが、続きをうける。
「空間の半分は自然にできたものであろう。だが半分は人為的に作られたもの。しかも全体が無理やり、モンスター領域化されておる」
「女王の感じた違和感の原因はこの空間であると?」
「おそらくは、な。――うん?」
そう言いながらパムリィは、さらに空間の壁側へと流れていく。
「今の声、聞こえんかったか? オリファント」
「私にはなにも」
「どうしたか、パムリィ殿」
パムリィは、怪訝な顔で通路の奥へと消える川の先を見やる。
「間違い無い、今のはフェニックスの声なる」
「と言うことは」
「無尽蔵に水が有る、その上声が聞こえた。……この先にインセンスの工房があるのでは無いか?」
「女王を疑うではありませんが、調べてみないことにはなんとも、……殿下?」
オリファはしゃがみ込んで、地面にランプを掲げるリンクに声をかける。
「パムリィ殿、きっと当りだ。――オリファ、これを」
リンクは地面に指を付けると、黒いモノの付いた指の先をオリファに示す。
「……フェニクス・インセンス。――ではここが」
「間違いあるまい」
「至急、引き返した方が良い。リンケイディア、我の言いたい事はわかろ?」
「女王に同意します、しかも通路の三本が何処に繋がっているかわからず……」
リンクは立上りながら、黒くなった指の先を見る。
「そうだな、ここまでわかれば十分だ。本国から親衛第四と治安維持隊を……」
「呼び寄せられては困ります、殿下。法国内だけで処理を終わらせないことには」
「……経済担当、バリウス僧正。であったか? このようなところで出合うとはな」
ヒカリゴケの敷き詰められた通路から、僧正の装束と帽子を身に纏った人物が僧兵隊数名を引き連れて出てきていた。
「さすがは殿下。ご挨拶の際、一度しかお会いしていなかったはずですが。拙僧のようなものまでご記憶頂き光栄ですな」
そう言う間にも、さらに奥からツボのようなものを抱えた僧兵とそれ取り巻くように数名の僧兵が出てくる。
「僧正、教えて欲しい。何故保護区の予算を横流ししたのか?」
「単に予算を絞っただけです。……学者や専門家にうろうろされては困りますからな。あの者らが闊歩するにも予算は必要、なれば必然。そこを絞れば動きは取れなくなる」
「……その金は何処へ流した」
「法国内に限らず、社会の役に立つ使い道は御座いますよ」
全く動ぜずリンクとやりとりを続ける僧正を中心に、護衛の陣が敷かれていく。
「もう一つ。どうやってフェニックスを……」
「何処の世界にもあぶれものは居るものなのです、殿下。……拙僧も含めて、ね」
――シャラン。そう言うと僧正は手にした錫杖で地面を付くと、僧兵隊が槍を構える。
「貴殿があぶれものである、と?」
「もちろん神への感謝はかかしたことはありませんが、一方で。金も欲しい、戒律に縛られるも、これはあわない」
――なるほど。あぶれもの、か。リンクがそう呟くのを聞きながらオリファが剣の柄に手をかける。
「私も人のことは言えんとも思うが。……だが、まだ疑問はある」
「どうせ殿下はここで行方知れずになるのです、お答えしましょう」
「何故フェニックスだ? 法国にあっても帝国を構成する一国であることには違いない。……当然貴殿は知っているだろう、フェニックスはかのキングスドラゴンが使いとして寄越したほどのモンスター。キングスドラゴンの機嫌を損ねれば、たといここが帝国本国でないとは言え、ただで済まぬは明白である!」
「ほう、殿下もご存じでしたか。……知らぬモノの方が多い話であると思うてありましたが。さすがはモンスター通でならしたお方」
「な、……それを知っておきながら何故!」
「国がどうなろうと、もはやどうだとて良い。むしろ終わるというならこの目で見てみたい、……そうは思われませんか? 殿下」
――それに。僧正が顔を上げ、リンクと僧正の目が正面からあう
「不死鳥の香。なかなかどうして、良い儲けになるのですよ」
――すぅ。彼が錫杖を持っていない方の手を上げると、僧兵隊が前に進み出てくる。
「僧兵隊! 殿下の御前であるぞ、槍を置いて引けっ! 帝国王朝に籍を置く法国僧兵隊っ! お前達の立場はそうであろう! どう言うつもりであるか!」
オリファが剣を抜刀して叫ぶが、一切躊躇せず僧兵隊はさらにもう一歩前に出る。
「僧兵どもに再度問う! どう言うつもりであるのかっ!?」
「なんのつもりもありませんよ、アブニーレル閣下」
僧正の声色は一切変わらない。
「みな、世の中に疲弊し、絶望してしまったのです」
「神に仕える立場はどうしたのですっ! 僧正のみならず僧兵隊とて神に仕えるは同じはずっ!!」
「神は、世界をあまねくお救い下さるのかも知れない。だが、我ら個人はお救いにならない。お側でお仕えしていてほとほと、身に浸みました」
僧正は錫杖を横に居た僧兵に渡すと、ツボを受け取りそれを渡した僧兵は受け取った錫杖を槍のように構える。
「現世を渡るだけなれば、神への祈りよりも金の方が幸せには近い。この場のもの全て、そう言う結論に達した。……それだけのことです」
――僧兵隊。ツボを抱えた僧正は、そう言いながら一歩下がる。
「殿下と騎士殿は串刺しになって頂いたのち、この場に放置、スライムのエサとする。……女王パムリィの使い道はのちのち考えることとします。殺すことは許しません、生け捕りに。――かかりなさい!」
「はっ!」