専門家の助言
「もう一つ距離感が掴めんな。オリファント、既に大寺院の建物は出ていないか?」
「女王の仰る通りですね、方向が間違っていなければもう、庭に出ているはずです」
「自分で動いているわけでない故、どうにも距離は掴めん。そんなにもか?」
リンクとオリファの二人、そしてオリファの肩に乗ったパムリィは隠し扉を開け、地下への階段を降り。そしてそこから延びた地下道を歩いていた。
「今日は誰も入っていないのだな?」
「我が見ていた限りでは無い」
夕食後からついさっき、リンク達が合流するまで。
柱の陰に隠れていたパムリィである。
「“片側”から入らなければ良い、と言う問題でもない気がしてきましたが」
「……そうだな、私も反対側に出口がある気がしてきた。隠し部屋のようなものがあるのだと思って居たが、地下通路とは。これを使って金品を外部に持ち出していた、か……」
「有り得る話ではありますが、まずはこの通路が何処まで続いているものか。あまりに長いようなら、一時引き返すという選択肢も視野に入れませんと」
――それこそ地図を作らないといけません。そう言いながらリンクの前に立つオリファはランプを高く掲げる。
「だがせめて、何某かの成果は得たいものだな」
リンクはオリファに返したのだが但し、それに答えたのはパムリィである。
「既に地下への入り口、それの看破は成しておる。それに……」
「どうしたか、パムリィ殿」
「我が言う事でもないが、周辺の雰囲気が一歩ごとにモンスター領域化しておる。オリファントのモンスター避けの香に我が守られるという、表現の難しい事態になっておるのだ」
「どう言うこと、ですか?」
基本的に彼女は、陸のモンスターを総べる女王なのである。
水や空の属性のモンスターだとて、それが例えワンダリングモンスターであろうとも、彼女に何かをしたとなれば。
モンスター間で、状況によっては陸の属性同士であれ。
戦争状態に突入してしまうと言うことでもある。
他の属性のもの達も、軽々には手を出してはこないはずである。
その彼女が本来、自分さえも排除するはずの香に守られている。
と、言うのは。オリファとしても、もう一つ腑に落ちない。
クリシャの調合した【“モンスター避け”避け】と言う、既にネーミングの時点でなんだかわからないもの、それを炊いているパムリィである。
現状、彼女に何かの恩恵があるようには全く見えない。
「人為的に作られたダンジョンが自然にモンスター領域化する、と言うのは結構条件が難しいものなる」
「そう、なのですか……?」
「人工ダンジョンのモンスターが長生きせなんだり、繁殖が上手く行かぬはそう言う理由もあると言う話だ」
「流石は専門家だな、半可通の私とは情報量が違う」
「むしろ半可通で留まっておれば、我が所長はあそこまで心配はしまいに」
「まぁ、女王その辺は……」
愚痴が長くなりそうな気配を感じたオリファは、即座に取りなす。
「うむ、まあ良い。――そしてここは、そうそう古いものでは無い。と言うよりはいっそ新しいと言ってしまっても齟齬は生じまい。……それがこれだけ人類領域を逸脱する、というのもかえって珍しい状況であると言って良い」
「でもむしろ、女王には過ごしやすい環境だとも言えるのでは?」
「我の心配はそこなる。……我の言葉の通じぬもの達が襲いかかってくる可能性が捨て切れんのだ」
「女王の言葉が、聞けない?」
一般的には、最低のワンダリングモンスター。とされるスライム達でさえ、彼女の言に従うのはオリファも何度か自分で見ている。
また、アッシュからも。
同じく妖精ではあるものの、水の属性のもの達でさえ、インテリジェントモンスターで括られるもの達は傅き。
その存在をないがしろにすれば、その態度に憤るのだと聞いた。
オリファには、彼女の言葉が通らない モンスター が居るとは思えない。
「国営第一の件を思い出すが良い。コロボックルのヘルムットが証言しておる」
「……なんの話を」
「インテリジェントモンスターであっても“話の通じないヤツら”が来たのだ、と彼奴は言っておった」
「今の環境はそれに近い、と」
「当然我は、当時の国営第一に赴いたわけでは無いから直接の比較はできないが。それでもリンケイディアに助言をする専門家として、状況が似ておると言わざるを得ない」
「女王がいても襲われる、と?」
一応、自分がいればモンスターに襲われることは無い。と当初は言って居たパムリィである。
「簡単に死にそうである故、むしろ一番最初に襲われような。それでもリンケイディアの逃げる時間を稼げるなら、専門家の矜持は守れようし。それならそれで良い」
「……い、良いわけが無いでしょう。ターニャ殿の言い草ではありませんが、今や我らも仲間。でありましょう? 仲間が襲われて平気ではいられません!」
「まぁ、そう怒るなオリファント。我の言い回しが悪かった。……我とてまだ死にたくはない。あくまで話の上の表現なる」
――いずれにしても、だ。オリファの肩の上から、パムリィが振りかえる。
「フィルネンコ事務所の専門家として、提言をしたつもりであるのだが。――それを受け入れるつもりはぬしにはあろうか、リンケイディアよ」
「パムリィ殿、それは」
「今日の所は引いた方が良い。状況がまるで見えん。相手が人間だけならまだ良いが……」
「女王、お話の途中に度々失礼を。――ただ、そちらも良ろしくはないのです。得物どころか人数さえも全く見えないとなれば、護衛だと言われても必然、手の打ちようがない」
「ぬしは、現状の脅威の程度はそうだと認識したからこそ、そう進言をした。そして我もスタンピード状態のモンスターが襲いかかってくる可能性が高い、と。専門家として改めて、リンケイディアへと話をするのだ」
「とどのつまり……」
「リンケイディア、人的脅威とモンスター、双方からの専門家の助言が出そろった。子供で無い以上は、自身の立場も含め。当然にどうするが良いのか。わかっておるであろ?」
「だがパムリィ殿、私は……」
「だいたい、この状態でぬしが従ってくれねば、専門家の自覚が無い! と言われてターシニアに怒られる。その上、ルンカ=リンディからも、それこそ比喩で無く非道い目にあわされよう。……我の保身のためにも是非、一時撤収を考えてはくれぬか?」
考え直したのはあくまでパムリィに言われたからなのであって、リンク個人の意思では無い。――と言う、言いわけまでもパムリィが作ってくれている。
と言うところまでリンクは理解した。
もちろん、パムリィが専門家の看板を楯にそこまでするからには。
間違い無く脅威がある。そして自分では守り切れない。
と、言う事でもある。
「あぁ、わかった。今日の所は引き上げ……、なんだ?」
「……殿下、あれを。空間のようですが」
「――声をひそめよ、オリファント。……完全に、おかしいぞ」