表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/183

ドレスコード

「資料を集めて貰ったのは良いが」

「……あまりに専門的すぎますね。これではなにが書いてあるのか、そもそも」

 テーブルの上に並べられた書類を見て、ため息のリンクとオリファ。


 会計の専門家でもあるカイルが、本国からわざわざ調査に来たリンク殿下に見てもらうために、全力を挙げて集めて、まとめた資料は。

 しかし、素人が精査し評価するのには。多少の無理があった。



「ふむ。……オリファント。ぬしの持っておる資料。なにについてまとめたものであるか、わかるか?」

 再びオリファの肩へと戻り、一緒に書類を眺めるパムリィである。

「タイトルと最後の項目から、これは保護区内事務所の一ヶ月分の事務経費なのでは無いかと思いますが」


「……。ちなみに一月ひとつきにかかる事務経費、下調べはしてあるかしらん?」

「えぇ、まぁ」

 ――いくらか? と聞くパムリィに用意してあった数字を伝えるオリファ。


「なるほど。……約半分。何処かに流れておるが、何処に行ったのかは、この資料だけではわからんな」

「パムリィ殿!?」

「女王、もしかしてこの書類を……!」


「当たり前なる、我を誰と思うてあるか。フィルネンコ事務所の経理副頭取にしてピクシィ初のB級会計士、パムリィぞ」

「しかも限定やC級ではなくB級!?」

「試験通過の確立が1/20とも言われるB級会計士を!!」


 A級会計士はほぼ名誉称号のようなもので、帝国全土で約二十人しか居ない。

 その上、試験ではもらえない。

 事実上、B級会計士は会計士としては最高の資格である。


「見た目で舐めるでないわ。先だって帝国政府から正規の免状が来たのだ。つまり会計士としての我を所長にして、正規に事務所を開くなら、これは帝国政府公認なるぞ」


 人間の経済を知る。

 パムリィはその部分の拘りは捨てていないどころか、結構金額のかさむ資格試験費用についてターニャが。


 ――全額負担してやる。経費でおちなきゃあたしが払う。


 と言ったところから、ますます先鋭化していた。


「女王が会計士事務所の所長、ですか……」

「もっともそうそう自慢できた事でも無い。ルンカ=リンディも持っている免状の一つに過ぎん故な。先ずはアレが持っているもの全て。我も手にせねば、まずもって話にもならん」


「しかし。建築に続いて、会計処理までもパムリィ殿に負けるとは……」

「ぬしも我と同じ土壌に立てば、同じくそうなるであろうよ。なにしろ自分の居る場所がスライム小屋以外に無い。免状一つで場所が出来るなら安いもの、それに」

 ――オリファント、ページをめくれ。パムリィは、そう言いながらリンクと目を合わせる。


「ぬしにはそも、宮廷で皇子としての役目もある。なんでもやらねば仕事が回らぬフィルネンコ事務所、そこと同じようなわけにも行くまいよ。――次の書類を見せよ」

「気を使われてしまったか。先程の話では無いが、何しろパムリィ殿の方が私よりも人間らしい」


「……中身まで人間になってしまったらお終いぞ。我は何処までもピクシィで無ければ成らんのだ。――女王である故な」

「まさに見習うべき姿勢だ。元から尊敬はしていたが、さらにその念を強くした」

「ご立派です……!」


 その後はパムリィに見るべき数字を教えられつつ、書類の精査を進めるリンクとオリファだった。



 完全に日付が変わってしばらく。

「つまり、ここにある資料をまとめるだけで」

「……月に十万以上が何処かに消えている、か」

「この資料で全部というわけでもあるまい。恐らくだがこの五倍以上は何処かに流れておるな。それともう一つ」


 パムリィは、オリファの肩から飛び立つと。――何処からか、毎月五〇万からの金が流れ込んできておる。言いながら再びテーブルの上へ。

「これを調べたものは有能よな。こんな表記をされては、普通は気づかんわ」

 そう言って書類の上にストン、と降りると数字を足で示す。


「リンケイディアよ。これでターシニア達が追っている線と繋がったのではないか? 流入分は恐らく、不死鳥(フェネクス・)の香(インセンス)。灰の売上であろ?」


「双方あわせて、金額は簡単に月に一〇〇万としようか。……オリファ。現物は何処へ行ったと思う?」

「現物、と言いますと現金。ですよね?」

「そうだな。……結構な大金であるのに、まるで見えないのも変だと思ってな」



「オリファントよ。逆に金が大寺院から出ていない。そんな可能性はあるかや?」

「他の国とは違いますので、むしろ可能性は高いかも知れません。会計院も当然大寺院の建物の中。そこにある金品を外に持ち出すのは、これは結構難しいかと」


「ふむ。……オリファ、パムリィ殿。明日と明後日、予定通りに保護区の視察に廻る。……パムリィ殿にも当然同行して頂くが、ターニャ達、フィルネンコ事務所組との接触は考えない。なので出来る限り寝ていて欲しい」


「ほぉ。なにを考えた?」

「……パムリィ殿にお願いしたき事柄ができたので」






「誰かになにかを乞われること自体は悪くない、夜更かし自体も我はあまり苦痛では無いものの。毎晩これでは退屈であるな」

「済まない。パムリィ殿以上の適任者を考えつかなかったのだ」


 夜明け少し前のリンクの部屋。

 制服を着た二人と、同じく制服を着たピクシィが一人。集まっていた。


「それを考えつくものがあるのなら、それこそ無能なる。――出来うる限りで大きく書いたつもりではあるが、持ち歩く紙の大きさにも限度がある。オリファント、読めていようか?」


 ――大丈夫です。目が良いくらいしか取り柄がありませんから。パムリィから、何かが書かれた小さな紙片を渡されて、普通のサイズの紙に書き写すオリファである。


「ただ今日は、多少の退屈しのぎは出来た。……確かにぬしの考えは当りであったようであるな、リンケイディア」

「と、言うと?」


「今宵は荷物を持った人間が、われが見ているとも気付かず、隠し扉を開けて地下へと降りていった。扉の位置も開け方も、完全に見ておったぞ」


「荷物、とは?」

「わからぬが。……コインだと考えれば、あの大きさなら約一〇,〇〇〇前後あったのではないかの」

 その辺は普段からお金を扱う経理係である。

 彼女の想定にはそれなりの根拠がある。



「僧兵隊の見回りの時間、そして今日の地下へ入った時間と出てきた時間。……あわせて考えれば午後十一時半から午前三時までは、あの付近には人がいない。そして扉の位置と開け方は女王が既にご存じ、となれば」

「さすがに良くわかっているな」


「殿下。それでも私は、軽率に動くのは思いとどまるべきと進言します。本国より応援を、せめて我が親衛第四だけでも全員呼ぶべきです! それが叶わぬならせめて、近隣にいるはずのフィルネンコ事務所に応援の要請を!」


「あぁ、言いたい事はわかったが、お前の意向には添えないぞ」

「心配は要らぬ、オリファント。フィルネンコ事務所の応援なれば連絡なぞせずとも、ハナからここにおるわ」

「女王。……しかし」



「これから昼まで、女王もオリファも良く休んでくれ。明日の現地視察は午後からとする。……そして」

「夜には晩餐会でも催すとでも言うか? ドレスは用意してこなんだが」


「はっはっは……。その制服を着ている以上、ドレスコードはクリアできよう。パムリィ殿には是非ご参加頂く方向で検討して欲しい。――なんとしても資金の横流しだけは、ここで仕舞いとしたいのだ」

 

 それを聞いてパムリィは。制服の一部として一緒に作って貰った、腰に下げた金色の剣を引き抜いてみせる。

 サイズ的には事実上イミテーションとなってしまうのだが、それでも小さいなりに本式の鍛え方をされたやいばが、ランプの光を跳ね返して、ギラリ。と光る。


「我が所長ターシニアより。此度こたびについては、皇子リンケイディアが動向の全てを監視すること、そして身辺警護を言われておる。ぬしが動くというなら我に否は無い」


「なれば、引き続き協力を願いたい」

「任せろ、などと無責任な事は言わん。……引き続き、我に出来る事あらば上手く使ってくれ」


 ――シャララ、パチン。

 王の血族であることを示す金色の剣。

 それはホンモノの音を立てて鞘に収まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ