隠し場所
そろそろ深夜と意って良い時間。
法国から、大寺院にいる限り自由に使ってくれ。とリンクにあてがわれたかなり大きな部屋。
部屋の主であるリンクの他、オリファとその肩に乗ったパムリィが集まっていた。
「殿下、昨日カイルに頼んでおいたこの大寺院の図面ですが」
「早いな。彼は別に諜報の専門、と言うわけでもあるまいに」
「何しろ政府関係者の数が少ないですからね。騎士団全員、なんでもできるのが基本なのだと言って居ました。彼も実は法国が普請をする際は現場監督なのだそうで」
――この図面は勉強用に預かって居たものを、何枚か書き写したものの一枚だ。と言って居ましたが。そう言ってテーブルに図面を広げる。
「貰って良い、と言う事か?」
「写しを取らない事、そして法国を出る前に返すこと。条件はこの二つだけです。書き込みをしようが破ろうがかまわん、とのことで。――しかし殿下、カイルには一応、口止めはしてありますが。……この建物の図面がどうして必要に?」
リンクが到着して三日。
今だ、当初の予定である保護区の事務所へは出向いていない。
「うむ。難しいことは無い。大事なものを隠すなら、一番警備の厚いところが良いのでは無いか。などと思っただけだが」
「いや、しかし。それでは法国上層部が、本件に関して何某かの関わりがある事に……」
「気にしなくて良い、思いつきだ。……それに予算横流しに関しては、間違い無く上層部の誰かは関わっているだろうさ。――しかし、そんなことよりだ……」
リンクは、テーブルよりも大きく広がった図面を見てため息を吐く。
「はい?」
「……図面の読み方がわからんでは、話にならない」
会計の書類不備に気が付いたのは、曲がりなりにも書類仕事を主とする皇子の立場あっての事。
建物の構造や普請の方法などは。図面があろうと、もちろん完全な素人である。
「建築はマクサスが専門ですからね」
その他そうは見えないが、経理会計はデイブが、用兵や戦術についてはリアがそれぞれに得意にしている。
オリファの専門は現状モンスターなのであるが、実際には彼らをまとめるオールラウンダーが本職。当然読み方を知っているわけがない。
「リンケイディア」
今回の遠征のためにリンクが仕立てた、白に赤の上着、赤い線の入った白いスカート。リィファ皇女と同じデザインの宮廷騎士の制服。
それを着たパムリィが話に割ってはいる。
フィルネンコ事務所職員の帯同を、どうしても拒んだリンクに対してターニャが無理やり押し込んだのがパムリィ、と言う事である。
ところが。意に反してパムリィが居る事で、意外にも話がトントン拍子に進む展開が多かった。
リンクは自分の堅苦しさを再度、再認識してその度落ち込むのであったが。
「うん? ……どうしたか、パムリィ殿」
「一階の図面をな、もう一度見せよ」
テーブルの上で腕組みでホバリングする彼女である。
「一階? まぁ、良いですが。――オリファ?」
――はい、一階ですね? そう言いながら、オリファも怪訝な顔で改めて図面を広げる。
――むぅ。腕組みのまま一言唸ると、パムリィはそのまま図面の上に降りる。
「ここの左の上の部分がな。これは明らかにおかしいぞ。昨日通った限り、こんなにまでは広くはなかったし、そして今度はここなる。――そう、そこだ。地下に降りる階段でもない限り、この柱は要らぬのではないか?」
「女王パムリィ。……図面が、読めるのですか?」
ごく普通に、図面と現地の矛盾点を指摘したパムリィにオリファが尋ね、リンクは言葉を失う。
「先日来、ダンジョンの設計士と話をしておってな。人工的にダンジョンを作るときに、どうやって錯覚を起こさせて隠し部屋を置くか。と言うのを次回まで考えておくよう言われておったのだ。――オリファント、ペンをくれ」
――気が付いたのは、あまりにも今回の課題通りであった故なる。パムリィは、そう言いながら何ごとか図面に書き込み始める。
「位置から考えて国の宝物庫、と言うのも考えにくかろうし。地下牢なれば、普通は主城の地下には作るまいがなぁ。……用途はともかく、多分ここが地下への階段ではないか?」
「確かに、そこが階段ならばしっくりくる気が。――国の運営に関わる事です。普通でないことも、ままあるのでは。とは思いますが」
「人間の普通。この定義をどう捉まえるか、という話なる。我にはわからん」
「法国の大神殿、と言うことを考えれば異教徒の尋問部屋などがあってもおかしくは無い、とパムリィ殿はお考えかな?」
「宗教なるもの、もう一つ腑に落ちては居ないが。むしろ、それは秘密の場所では不味かろうよ」
オリファにペンを返すと再び飛び上がり、テーブルの真上で再度。腕組みで図面を眺めるパムリィである。
「異教徒と裏で、何某かの取引をしている様にも見えるのは。それは良いことではなかろ?」
「まぁ確かに。……パムリィ殿の方が私よりも思考が人間らしいのではないか?」
「我はそれこそ毎日々々、興味を持って目に入るあらゆる人間を、事細かに見ておる故な。いつの間にか普通の人間よりも人間くさくなる。と言うような事は、それはあるやも知らん」
「女王はさしずめ、人間の専門家。と言ったところなのですかね?」
パムリィは、そう言ったオリファの肩へと降りる
「モンスターを学ぶリンケイディアがモンスターに近い、とはもちろん言わんが、な。……だいたいが。先ずは経理の専門家にならねばいかんと言うに、人の世はする事が多すぎるのだ」
「ところで、この図面が読めるなどと。……このところの女王は、なにをなさっているのですか?」
何事も無く図面の矛盾点を見抜いたパムリィにそう聞くのは、もちろんオリファ。
「うむ。ここ暫く、ルンカ=リンディが新規の仕事と称して、盗賊やら山賊のダンジョン攻略を言い出してな。我も建物や洞窟の構造を勉強しておるところなる」
オリファの肩の上、少しオーバーにやれやれ。と言ったジェスチャーをしてみせるパムリィである。
「パムリィ殿、何故そのような仕事をフィルネンコ事務所で受けようなどと……」
ダンジョンと言えば当然に盗賊や山賊のみならず、モンスターがいる。
むしろそれらの居ないものを、一般にはダンジョンとは呼ばないのではあるが。
「単純な話、依頼額が大きいのだ。……相手がモンスターのみではない故な」
「それはわかりますが……」
それを攻略するとなれば。
モンスター退治のみならず、盗賊や山賊とも一戦交えなければいけないのである。
ターニャとクリシャだけであれば、この手の仕事はまず受けない。
対人戦闘が絡んだ時点でその依頼はキャンセル、となるのがフィルネンコ事務所での常であった。
但し、先日のリビングドールとワンダリングメイルの件で、ターニャは考えを改めた。
ロミとルカの戦闘力、これを低く見積もりすぎても良くない。
出来る事は、むしろしなければならない。
と言う、現実主義者の彼女らしい判断である。
成せるものが成せる事を成せ。帝国貴族の矜持でもあるが、こちらは跡づけ。
ともかく。フィルネンコ事務所は、その手の事案に対しても対応すべく、先日より準備を始めたところである。
とは言うものの。
帝国広しと言えど、最上位の高貴な血筋を持つ、ルカことリイファ姫をそう言う場に出して良いのかどうか。
未だにターニャには葛藤もあるのだが。
そんな所長の苦悩を知ってか知らずか。
姫様ご本人は、新規事業立ち上げのための準備に余念がないのだった。
「それにな……」
「まだなにか?」
「依頼主は帝国政府か、その外局であろ?」
「まぁ,内容から行けば間違い無くそうでしょうが」
個人が依頼する、と言うのはほぼ考えられない仕事ではある。
「なれば支払いの段で、料金を取りはぐれる事がない」
「あぁ、なるほど」
「……さもありなん、だな。いかにも守銭奴な妹が考えそうな事だ」
――ところで女王。オリファが図面を片付け、お茶の準備を始めたところで。
リンクは、オリファが腰掛けていた椅子の背もたれに姿勢良く座ったパムリィに声をかける。
「どうしたか? 改まって」
「ターニャ達はもう保護区の調査に入っただろうか」
「どうであろうな、馬だけより遅いとは言え、あのラムダが轢いているのだ。馬車とは言え、そこまで遅いとも思わん。既になにかを調べているのではないか?」
「いや、そうでは無く。あちらになにか進展があるか、などと思ったのだが」
「何某かの進展あらば連絡をする旨、ターシニアには言われては居るが。その方法までは我は知らん」
「あちらのメンバーは誰が来ているのかは……」
「ぬしが知らねば我も知らんわ。あちらとほぼ一緒に、帝都を出たではないか」
「……それもそうだ」
「さて、お茶を飲みながらで申し訳無いのですが。殿下」
オリファは、お茶の並んだテーブルに書類を並べ始める。
「あぁ。もう資料を集めてくれたのか。……聖騎士団のフロンデル卿にはすっかり借りが出来てしまった」
「実は、彼は。経理関係の官吏から聖騎士へと引き上げて貰ったのだそうで」
「いよいよ我の専門分野の話であるか?」
「もしかして。……待っていらしたのですか? 女王」
「もちろんなる。我は見知った人間に対してはいつでも役に立ちたく思うているぞ」
「その、……恐縮です」
「ありがたい事だと、思うよ……」