視察開始
「まさか、アブニーレル卿が来て下さるとは感激です」
「今は気にせず、昔通りに普通で良い、普通で。僕に気を使ってどうする。久しいなカイル。いや、いまやフロンデル卿、かな?」
「それこそ普通でいいよ、その。……オリファ、さん」
「お互い大人になったものだよな。……ふ、はっはっは」
ターニャの事務所での打ち合わせから数週間。
二騎の騎馬は、当初の予定通りシュレンドタウゼン法国へと入った。
白に赤、宮廷騎士の制服に緋色のマントを羽織ったリンクのお供は、予定通りにオリファだけ。
立場として、MRM議長として法国に入ったリンクではあるが、彼が帝国の皇子であることは変わらない。
結局、一般の国では王宮にあたる大寺院での挨拶と食事会。これで既に一日以上が潰れている。
まだ、本来の目的である保護区の事務所。そこへは足を伸ばせては居なかった。
現在も、宰相にあたる大僧正と話をしており、オリファはその間、控えの間にて法国の関係者と打ち合わせ。そう言う予定であった。
そして、打ち合わせのために資料を抱えて控えの間にやってきた聖騎士。その顔にオリファは見覚えがあった。
「法国へと渡ったのだと話は聞いたが、まさか聖騎士になっていようとはな」
シュレンドタウゼン法国は帝国本国のすぐ隣、と言う立地である。
法王は皇族以外では唯一、シュナイダー皇帝の勅に対して直接意見が出来る立場にある。
国民は約七,〇〇〇と大きな国ではないが、国民全てが何らかの形で帝国の国教に関わる。住人全員が神職、と言う特殊な国である。
当然に法王の衛兵たる騎士達も聖騎士団を名乗り、剣技だけでなく当然に法を収めた神職でもある。
その他、軍にあたる僧兵隊も自国で組織している。
あくまで形の上。ではあるが小さいながら、自立した国家として成立しているのだ。
宰相の部屋の前でオリファがあったのは、宮廷に上がる直前まで隣の家の友人として、毎晩遅くまで外を二人で走り回っていたカイル・フロンデルであった。
「聖騎士と言うからには、神事にあっても修行が必要なのだろう?」
「まぁ、それなりに今だって大変なんだけれど。――でも正直に言えば、こうして聖騎士となった姿を、オリファに是非見てもらいたかったんだ」
法王の近衛たる聖騎士団の所属となれば、帝国王朝全土から尊敬を集める存在。
ただの騎士ではない。
その、栄えある聖騎士の制服に袖を通す友人の姿を見るのは、オリファとしても誇らしい思いであった。
「オリファには、ずっと心配をかけていたから、だから。せっかく機会を貰ったからキチンとやろう。いつか法王様のお付きで本国を訪ねるとき、帝国の誇り、親衛騎士団のオリファに挨拶に行こう、そう決めていたんだ」
聖騎士と共に国民の羨望を集める騎士団が、皇族に直接仕える親衛騎士である。
期せずしてお互い平民から、国民の羨望を集める職場へと上り詰めた幼馴染みの二人であった。
「ははは……。不出来な弟だと思って居たが、いつの間にか先を超された。優秀であったのに、それを見抜けなかったのだな」
カイルの立ち位置は聖騎士団第二隊副将。
聖騎士団の序列では四位か五位に相当する。年齢を考えればかなり高い地位にあると言える。
「やめてくれ、本当に。――あぁ、オリファ。その……。仕事の話をしても?」
「その為にこうして顔を合わせたのだから当然だな。――つもる話はこの件が落ち着いたあとで、一緒に食事でもしながら。と言うことにしようか」
「法国のワインはどれも旨いんだ、そのときは俺がごちそうするよ。――で、仕事なんだけれど」
「あぁ、聞こう」
「我々の調査でも、今のところ金が何処に消えているのか。全くわからないんだ」
「……消えている。と言う事実はあるのだな?」
「考えたくはないんだけれど、ほぼ間違い無く法国会計院の人間が絡んでいると思う。書類上は全く問題がなく見えるからね。本国への報告書などは、会計を専門にする官吏の目でも。不備を見つけられなかったから送ったわけで」
法国と帝国本国の担当者、そのチェックを通過した報告書。
矛盾点に気が付いたのが、最終チェックを行いサインをするリンクだったのである。
自身が直接、査察に行く。と言い出す理由のひとつだ。
「殿下がおかしい、サインは出来ない。と言い始めてね。……なにがおかしいのか当初、誰も理解が出来なくて往生した」
オリファもマクサスも。官吏としても優秀ではあるのだが、さすがに会計関連の報告書ともなれば、数字の読み方すら知らないものも多い。
「こちらでも矛盾点を確認するまで三日かかったよ。本当にすごい方だね、殿下は」
「あぁ、本来は僕如きがお側にいてはいけないのではないか、と思うときがある」
そしてそうでありながら、妹の才能や、ターニャの人間性をさして、自分にはまだ足りないものがあるのだ。と、真顔で嘆くのが彼の主人である。
「オリファでないと無理さ。とにかく」
「あぁ、資金が何処に消えているのか。だな。……保護区の運営はどうなっているんだ?」
資金が少なくなっている以上は、運営に支障をきたすのではないか? と言う疑問は当たり前の話である。
「消えているのが保護区の維持費では。目立つ上に維持管理に問題が発生するのでは?」
「専門家からは、観察出来るモンスターの種類と数が少なくなっているのではないか。と言う話が上がっているけど、それだけだね」
「……あくまで具体的な証拠はないのか。モンスターの観察がしづらくなっている、と思われる理由は?」
「何らかの手段で、保護区の何処かに閉じ込めているようなんだけれど。これも良くわからないので、専門家の調査待ちになっているんだ」
「モンスター避けの封印で動きを規制し、経費を圧縮している。か……。きっと、リジェクタか魔道士が関与している、などと言う簡単な話ではないのだろうな?」
リジェクタ以外でも魔道士ならば、行動を規制することは可能だ。
とは、事前に数回、ターニャの元に相談に行ったおりにオリファは聞いている。
「調査の結果、リジェクタの関与は否定されている。魔道士の線についてはまだ報告が上がってきていない。……それともう一つ、MRMから査察が来るきっかけなんだけれど」
「ユニコーンの角、だな?」
高額な規制品。市場での価値は既にオリファは知っている。
「あぁ、それともう一つ。先日、ようやく報告出来る形になったんだけれど」
「……不死鳥の香、か?」
こちらも先日、聞いたばかりの話ではある。
「なんで知ってるんだ!?」
「調査に来ると言うからには、こちらもわかる範囲は調べるさ。頼りになる専門家もいる。……ただ」
「言いたい事はわかるけど、法国にはリジェクタは二軒しかない。調べた限りこちらにも関与はしていない。学者も然りだったよ」
「珍しいモンスターを抱えた保護区がある、専門家は忙しいだろうな」
法国のリジェクタは二軒とも、モンスターの生態調査や怪我をした保護対象モンスターの捕獲、保護が主な仕事で、手間がかかる仕事ばかりなのだ。
これもオリファが事前にリサーチをした通りではある。
「……外の人間の方が詳しいというのは、どう言うことだよ」
――お前だって専門家ではあるまいよ。それに殿下は一応、宮廷きってのモンスター通だ。そう言うとオリファは居住まいを正す。
「とにかく、何処にどうやってフェニックスを捕まえてるのか。リジェクタの間でもそんなことをすると業界追放どころか、直接命に危険があると聞いたが」
「それは俺も聞いたよ。禁忌なんて生やさしいものでは無いそうだね。……但し儲かるんだそうだ。一度“殺せば”それで五〇〇万を超える額になるらしい」
「調べた限り原価的なものが良くわからなかったが、そんなにも……。末端価格では一,五〇〇万を優に超えるな。――いったい、何処で処置をしている」
普段から意味も無く死なないように、健康管理をしながら。
状況に応じて、燃えさかる炎の鳥に水を浴びせる。
もの凄い音と、そしてフェニックスの断末魔の叫び。蒸気、ニオイ。
人間が細かく目を配りながら、全てを隠し通せる場所。
それは果たして何処であるのか。
「それがわかれば苦労はないよ。間もなく聖騎士団全団に動員がかかる。あまりに調べることが多すぎるし、動く金額が大きすぎる。俺一人では無理だ。それに……」
そこまでカイルが言ったところで、大僧正の部屋のドアが開き、二人はドアへと直立不動の姿勢を取る。
ドアからは部屋の主と、そして肩にパムリィを乗せたリンクが出てきた。
「わざわざ殿下のみならず、女王にまでお出ましを願うことになるとは。誠、我らの信心の足りぬところ、申し訳無い限りです」
「我のことなぞどうでも良い、いまや人間に飼われる身ぞ。偶々、知りおうたリンケイディアに、他国の人間などについて知りたい、と言う我が儘を聞いてもらっただけなる故、気にすることはない」
「お二方とも。拙僧に出来ることあらば、なんでもお申し付けを願いたい」
「この先も何かとお願いすることになりましょう。――そこな聖騎士殿は、我が侍従たるアブニーレルの昔馴染みであると聞いた。私はまだこの大寺院にて用事がある。女王パムリィも私に同席すると言って下さっている。……夕食は二人で取ると良い」
「しかし殿下……!」
「お役目以外にも大事なことはあろう。少なくても大寺院内でお前の護衛は要らんよ」
「リンケイデイアの動向は我が見ておくぞ」
「ははは……。では今宵の晩餐会、私のパートナーはレディ・パムリィにお願いしようか。――旧友が法国の聖騎士殿だったのだ、積もる話もあろう。……色々と教えて貰うことも、な」
――すっ。リンクの目がもの言いたげに、オリファを見据える。
「……その後。戻ったら私の部屋に来い。悪いが少しだけ、仕事の話をしよう。良いな?」