燃え上がる命
「ヤバい、と言いますと?」
「この仕事、マジでヴァーン商会の方が適任だって話。……フェニックスのことはどの程度知ってます?」
「燃えさかる炎を纏った美しい不死の鳥。自身が窮地となっても全てを燃やし尽くし、新しい身体を持って復活する。まさに生と死の象徴」
――但し。オリファはちょっと怪訝な顔になる。
「人間は触れる事はおろか、捕まえることなどは出来ない、と。ものの本で読んだことがあるやに思いますが」
いったい。燃えている鳥を捕まえるのみならず、どんな鳥かごに入れるものか。ピンとこないオリファではある。
「普通は、ね」
「捕まえることができる、と?」
――うん、専門家ならね。そう言ってターニャは渋い顔になる。
「そう言う技術はあるし、実際に捕まえるときもある。調査とか保護の目的の時だけ、なんだけど」
「保護? しかし怪我をしようが、完全に新しい身体になるのでは」
「ヤツらでもそれが出来ん時はあるという話なる」
ルカの肩の上に居たパムリィが、浮き上がるとターニャの頭の上に足を組んで座った形で、ストン。と降りる。
「オリファントは身体を作り替えて生まれ変わる、と思うてあるようだが。実際には、……ふむ、なんと言うか。毛の生え替わりやら脱皮やら、そういったことに近いのだ」
「なるほど、完全に修復がなされるわけではないと」
「……そして一番重要なのは、フェニックスを捕まえることが出来る。と言う部分なんすよ」
「……フェニックスを、捕まえる」
「だって、あたしら害獣駆除業者ならやり方を知ってるんだし、出来なく無い。……でもだったら。リジェクタがこの件に、何らかのカタチで噛んでることになる」
「リジェクタが……」
「そしてこの技術でフェニックスを捕まえて、金に換えようなんてことは。業界的には、絶対にやっちゃいけない。バレれば免許剥奪、業界追放は当然。家が焼き討ちされて、家族が闇討ちされたって文句言えないくらいの大事だ」
「但し、それでもやるからには。……それなりのお金になる、と言うことなのですわね?」
「お金に。……そう言えば、高値で取引される灰。と言うのは」
「そう。身体を作り替えるときの“燃えかす”。それが、依頼書のそれっす」
「不死鳥の香。これは私でも知っています」
「美容に健康、おまじない。おおよそなんにでも使えて、しかもすごく効果がある、なんて。ま、あたしらは買ったこと無いけど」
ソファの後ろのメイド服二人が話に割って入る。
「そもそも、本来であればあなた方のお給金では買えないほど高価なものなのです」
「でもお嬢。わたし、最近は結構出回ってるって聞いたよ?」
「私も先日、ダインズ男爵家のメイドの方が購入したと聞きました」
「しかし女王は先程、脱皮のようなものだと。それならそんなに大量には……」
パムリィがそのままオリファの言を引き取る。
「拘束出来さえすれば、あとは簡単なことなる。水をかければ良い」
「いや、それでは死んでしまって……」
「だからですよ。さっき自分で言ったじゃないすか。死んだら元の身体を焼き飛ばして、新しい身体を作るって」
「……あ」
「ただ、不死鳥なんて言われちゃ居るが。決して死なない、と言うわけじゃない」
「ただの鳥と比ぶれば遙かに頑健であろうし、寿命も人のそれよりはだいぶん長い。それでも生き物である以上、自然の理には勝てぬ、当然に何処かで死ぬるわな」
「普通なら2,3年に一回くらいしかしないはずの“再生”。これを人為的に何回もやれば」
「パムリィ。その分生きる力は衰えていく、と言うことですの?」
「単純にそう考えても齟齬はなかろうよ」
「なるほど。希少な生き物である以上は大問題、ですね」
「問題はそれだけじゃない。と言うか、ヤバいのは背景の方だ。帝国が滅びかねない」
「滅びる……、ですか? いったい」
「オリファさんも知ってんじゃないすか? ルカもだな」
「なんですの?」
「かつて八世皇の御世だったころ。国力が衰えた帝国を心配したキングスドラゴンは、宮廷へと何度も使いを送り。大公国とあわせ今の帝国の礎を作るのに協力をした……」
「それは存じておりますわ」
「えぇ、私もその程度は。――そしてその御使いは国力増大の手助けとして、大公国の一部から、あえてモンスターを引き上げてくれたのだと」
「その使いが。フェニックスだったとしたら?」
「それはわたくし、聞いていませんわっ!」
「あぁ、姫様だけじゃない、多分、皇太子殿下も知らんだろう。あたしら専門家でも一部しか知らん。伝説みたいなもんだが……」
――だがしかし、その話が本当だったと仮定すると。ターニャはソファに背を預けると、目を閉じて腕を組む。
「こないだのサイレーンもそうだが、初代皇と盟約を結んだのが今も居る個体だ。とは、専門家も言ってるわけでさ。だとしたら……」
「かつて国の窮地を救った一族、それをないがしろにする人間……。確かにあまり良い感情は抱きませんわね」
――そういうこった。ターニャは片目だけを開けてオリファを見る。
「それに、それをおいてもだ。一刻も早く助けなきゃ、フェニックスは早晩死ぬ。だが、相手も“ただの悪いヤツ”じゃない、としたら……」
「……だからヴァーン商会、ですか? ターニャ殿」
「そう言われても、姉御は喜ばないかも知んないけどさ。リジェクタデビジョン関係無しに、帝国全土でも荒事が絡んだら。あそこの右に出る組織は、本国の皇帝軍くらいなもんだろ?」
「帝国軍第十一軍団、などと呼ばれていますものね」
帝国王朝軍全体でも軍団は七つ、その他は最精鋭の第1第2の皇帝軍しかない。
ヴァーン商会の“戦力”は一個軍団に比肩するほどだ、と言う話である。
それが故に。ならずもの達はヴァーン商会が邪魔であっても手を出せず、帝国政府からは疎まれてもいるのだが。
「バレちゃ不味い前提で、マフィアも絡んでる。なにより帝国の危機かも知れない。だったら状況によっちゃ、暴力が必要になるかもだしさ」
「力が、必要だと」
「出来ればそういったことは無しでいきたいトコっすけど。……正直、調査に入った時点で妨害される可能性だってある。本来は皇子にだって、査察自体即座に中止して欲しいんだけどさ……」
――でも仮に。この話をあたしがしたところで、聞きゃしないんでしょうし。ターニャは腕組みを解いて目を開き。脱力すると、ため息。
「とにかく。先ずは仕事内容の確認からですわ、ターニャ。……騎士様、若旦那についてはもうスケジュールは決まってるのでしょう? それと支払い条件の確認を」
「はい。ではまず依頼の額ですが、宮廷からの極秘要請の……」
「あぁ。……それはこの際、もうどうでも良いっす」