内々の依頼
「密猟者、ねぇ……」
昼下がりのフィルネンコ事務所。
所長と事務長、そしてその肩の上の事務見習い。
三人が応対する相手は、宮廷の親衛騎士の制服であった。
「ターニャ。今回は密猟者相手の仕事、と言うことですの?」
「内定だけ、な。実際の捕縛やなんかは治安維持隊に任せろとさ」
――わたくしとロミ君、双方で出る必要はなさそうですわね。そう言うとルカはオリファに視線を投げる。
「密猟。……妖精の場合とはだいぶ状況は違うのであろうな」
「フェアリィやピクシィに関して言えば、密猟と言うよりは拉致とか誘拐の方が近いもんな」
「MRMから特命なのだそうですが、何故この仕事が フィルネンコ事務所 に指名で来たのでしょう。……ねぇ、騎士様?」
すぅ。オリファとあわせたルカの目が細まる。
「お、お嬢様? 別段私は、隠し立てをしようとかそう言う意図は……」
「わたくしまでをも誤魔化せるとは思わないことですわ。なにを隠しているものか。さぁ、今この場でお言いなさいっ! オリファントぉ!!」
「で、ですから話の順序というものが……」
「お黙りなさいっ!」
「まぁ、ね。……状況はわかったけどさ」
今回の依頼場所、その近所には領土視察に廻っているはずのリンクがいる。
――有事の際には手伝って欲しい。と言うオリファの話はわかった上で。
「だいたいなんで、お付きの人間をそこまで嫌がるんすか。皇子は基本的には、だけど。その辺、“良い子”だったはずっすよね?」
――この状況下では、非常に言いづらいことなのですが。おずおずと、と言った風情でオリファが話し出す。
「先日の皇太子殿下の遠征が……」
「お、皇太子殿下……? もしかして大鹹湖の一件ですかしら」
レクス皇太子の人数を絞ったお忍びの遠征。
それが。立場的に皇太子より自由であるはずのリンクの何かに、火を付けてしまったらしい。
「お嬢様の仰る通りで……」
「ルカ、喋り方。――もう良いです、わかった」
「ターニャ殿?」
「オリファさんは同行するんすよね? なら、連絡方法だけあとで考えましょ。連絡があった時点で合流、ってことで」
――ありがとうございますっ! 意外と簡単に承諾を貰えた事にオリファは胸をなで下ろす。
「……仕方がありませんわね。騎士様がお話を持ってきた時点で、ターニャの負けですわ」
パムリィはルカの肩からテーブルの上へ、ついっ。と降りると資料の表紙に目をやる。
「ついでなのかも知れぬが、我はカモフラージュの仕事の話も聞きたく思う。どうか? オリファント」
「女王! そう言う意味ではついでとか、そういう事では絶対ありませんので!」
「これまでのぬしの話を聞く限り、どう考えても添え物なる」
「パム。あんまり虐めるもんじゃねぇぞ。――エル。みんなの分、お茶のおかわりをくれ」
「かしこまりました、ターニャ」
「とは言え、密猟されるほど貴重なモンスターとなると。――パリィ、そこのファイルを……。あぁ、それです。持ってきて下さる?」
「はいお嬢、あとペンと紙。――いるでしょ?」
「ありがとう、最近はパリィも気が利きますのね」
「あぁ。お前らもあとは座ってて良いぞ。――話、聞くだろ?」
「ターニャ、我々も同席してよろしいのですか?」
「リジェクタ見習いとしては、依頼が気になってたんだよねぇ」
エルとパリィは多少あわてて椅子を持ってくると、ソファの後ろに置いてそのまま収まる
「二人共。質問はかまいませんが、混ぜっ返すのではありませんよ? さて。――ウチの納屋のスライムの他、保護対象になっている、と言うのは……」
「帝国王朝内では今んとこ三十五種が保護対象になってる。そう、そこな。――オリファさん。この依頼、ひのふの、五箇所……。だいぶいろんなところがあるけど」
「地域の2についてターニャ殿に引き受けて頂きたいのです」
「シュレントタウゼン法国の西地区……。なるほど。皇子が視察に廻るのはクリシュナ-の保護区、っすか?」
「場所だけでわかるものですか?」
オリファは、自分の受ける依頼の場所。それだけでリンクの用事を読み切ったターニャに内心舌を巻く。
「やっぱモンスター絡みか。……若旦那は一応、宮廷ではモンスターの専門家だろうしね。だったらお付きの数を絞りたいのもわかる」
先日来。皇子、や宮廷。と言った言葉はきちんと避けているターニャを見て、オリファは少し口元が緩む。
「何故。……そう思われました?」
「お付きの連中に聞きながらやってるわけじゃ無い、自分が知ってるんだ。ってさ」
――あの人も、あぁ見えて中身は大概子供だからなぁ。そう言って頭をかくターニャを見ながらオリファは。
ご自分のことを棚に……と言いかけて止まる。
ターニャは仕事に関しては、知る限りにおいてごり押しをしたことがない。そのことに気が付いたからだ。
それでいて、もらえる増援はいくらでももらうし、協力してくれると言うなら最大限頼む。
但し、仕事の内容で本当に危険であるところ。これは絶対に人には任せない。
――専門家か、なるほど。皇子はもとよりリィファ姫や皇太子までをも魅了する彼女の最大の強み。これは何処までプロであること。
半端は嫌いな“変わり者の皇族達”を次々“籠絡”する彼女は、しかし取り立てて何かをしたわけではない。
プロの矜持に乗っ取って、粛々と仕事をしていただけである。
「もっともその辺は、オリファさんが付いていったら同じじゃないんすか? マクサスさんでもまだ、もの知りすぎる。リアちゃんくらいでないと」
「良くこちらの事情をご存じで……」
オリファは苦笑と共にため息を一つ。
「もちろん。人前では私は口を慎みます。殿下の視察ですからね。……それに視察で人数を絞りたいのはそればかりが理由じゃないですし」
「あ。……まさか、大兄様?」
「ん、あぁ。こないだのレクスの旦那の件。か……」
「そういう事です。その件では事実上、アッシュ殿しか同行してませんからね。久方ぶりに負けず嫌いの虫が騒いだのでしょう」
「同行するのは一人だ、と言うなら。どの視点から見ても、オリファント以外には選択の余地がありませんわね」
「お嬢様のお言葉ありがたく……」
「あのアストリゼルスの頭さえ押さえて、事実上の親衛騎士筆頭ですものね。――騎士長、ミセス・シャルには頭が上がるようになったのかしら」
明らかにオリファの顔色が悪くなる。
「断言します。アッシュ殿も含め間違い無く、絶対に勝てません……!」
「……あなた方二人は、そうですわよね」
「ん? ……二人共、なんの話だ?」
「ターニャ殿はお気になさらず。若旦那の視察のお話を……」
「あぁ、そうだったね。――クリシュナ-保護区ならユニコーン?」
「よくご存じで。保護区の一番の目玉なのだそうですが」
「ほぅ。人類領域にユニコーンか。珍しいのぅ」
「気性が荒いのに頭が良い。その上人語を完全に解して個体によっては喋りさえする。私は見たことがありませんわ」
「なぁパム。アイツ等、ラムダをみたらどう思うだろうな?」
「人のことは言えんが気位が高い。……それこそ馬が合わん、と言うヤツであるな」
「なんでそう言うのだけは上手いんですの!?」
「冗談や洒落が会話に入るは知能の高さの証左なる」
「話が止まっては本末転倒だと言っています。――ユニコーンと言えば、その。……処女が好きだとかそのような話を聞きますが」
下世話な話ではあるが、そうであるならむしろ。
最近のルカの元にはいくらでも集まってくる類の話である。
「ヤツらに嫌われると、なにか不味いことでも?」
「そう言う意味では彼らに嫌われる要素など、何処にもありませんっ!」
「性交の経験など、言わなければ誰にもわからんだろうものを」
「ユニコーンが懐いたからと言って、別に処女性が担保されるわけじゃないしな」
「……なんなんですの、毎回々々二人して!!」
「まぁそう怒るな、冗談なる。面白いものでつい、な」
「知りませんっ!」
「機嫌、直せよ。今のはあたしが悪かった。……お前が貞淑な淑女である。なんてことは、言わなくてもみんなわかってる。そうでなきゃ冗談にできんだろ」
「わたくしはなにも……」
「あたしは十二の時に始めて見たが、全く懐かなくて結構ショックだった。……今だってそう言う意味じゃ周り中に集まってくるはずなんだが。――まぁ、そういう事もあるから怒るな」
「べ、別に怒ってはおりませんっ!」
――なら良いんだけどさ。そう言いつつ、多少は気にしている様子のターニャをみて。
あぁ、当時のターニャ殿は本当にショックだったのだな。と思うオリファであった。
「まぁ、実際にはそれがわかるというわけじゃ無い。女の子なら直接害は加えないだろう。というヤツらなりの妥協の産物ってだけだ。ヤツらにとっても人間は脅威なんだよ」
「人間に庇護をもらえるというなら、暮らしやすいのは事実なる。実際に妖精もそうしておるのだからな」
「あ、お花畑。……なるほどですわ」
「で、とにかくだ。クリシュナ-保護区は、お花畑の妖精と同じく。ユニコーンやらのいわゆる、聖獣として括られるモンスターを保護してるわけだ」
「法国の立ち位置の問題もありますから、聖獣の類が国内にたくさん居るに越したことは無い、と言うのはわかりますわ」
「聖獣、なぁ。少しばかり頭が回るが、事実上さかしいだけの連中なる」
「人間は聖獣として括ってるという話だ。あたしだってその中にケルピィまで入ってりゃ、さすがにおかしいと思うけどな」
「アレも入っておる、だと……? のぉ、ターシニア。いくら人間のする事とは言え、さすがに調査が雑過ぎるのではないか? まだラムダの方が数段マシぞ」
「ウチのラムダは、へそ曲がりだが紳士だかんな。ケルピィと一緒にされたらまたへそが曲がるぜ?」
「ラムダの方がマシだと言うたであろうよ」
「ま、ラムダの方が百倍清らかなのは確かだわ。――で、視察の目的ってなんすか?」
「最近予算超過が多いので、その辺りになります。……これもお付きを増やしたい理由の一つでして」
「本国よりも取締が厳しいはずの法国内で、聖獣の保護区で予算の横流し。……マフィア絡みっすね。……フィルネンコ事務所よりもヴァーン商会の方が良かったんでは?」
本業は商家とは言え、営業品目は帝国一と言われるヴァーン商会である。
金融や人捜し、各種調査はもとより。合法かどうかグレーゾーン、とも言われる傭兵組織や要人警護はおろか、誘拐や暗殺を請け負う非合法の部門までを傘下に置く。
下手なマフィア組織など、足元にも及ばないのである。
リジェクタディビジョン含め、“暴力”を売りにする部門を全力で投入出来るなら、帝国軍とさえ五分でやり合える。と噂されるほどの戦力を持つ
害獣駆除部門の仕事であっても、障害になるのなら当然にそう言った組織は、身内を守るために出てくる。
まして害獣駆除部門のトップは会頭のリアンである。
戦力を投入するのに出し惜しみなどある訳が無い。
「ご存じでしょうが、ヴァーン商会に関しては宮廷内の覚えがめでたくないという事情もあります」
但し、そういう勢力を内包しているヴァーン商会とヴァーン家は、宮廷からは要注意組織として見られている。
シャルロッテがターニャに白羽の矢を立てたのは、なにもリンクの代理人だから。と言うだけでは無いのである。
「だよねぇ……」