歩き出す条件
「せっかく来てもらったところ悪いが、我しかおらんのでお茶もだせんぞ」
「仕事上の連絡とは名ばかりで、少々休みたくなって場所を借りに来ただけでね。――リア、お茶の準備を」
「かしこまりました、若旦那。――パムリィ様、少々お台所をお借り致します」
今日は装甲メイド服ではない、普通の服を着たリアがパムリィに問う。
「どうせ我では何もできん。好きにせよ」
リアが台所に向かったのを見て、パムリィは応接のテーブルの上へと降りる。
ターニャ達がシュナイゼル公国から本国へ戻って二週間。
ワンダリングメイルは、クリシャとロミがその後の調査を続けていた。
一方のリビングドールの調査については、本国とシュナイゼル双方の組合や専門家に丸投げし、フィルネンコ害獣駆除事務所は既に平常営業である。
先程まで留守番としてルカも居たのだが、急遽見積の依頼が入り、パムリィだけを残して出かけていった。
そこへ、リンクがお供のリアを伴ってやってきたところである。
「ついでに、私としては女王には用事がある」
「我に用事? 特に思い浮かばんな」
「先程シュナイゼル公国より“人形”の報告書が来たのでね。今ほど環境保全庁においてきた帰りなのだ」
「おいてきてしまったのか……」
「はっはっは……。心配にはおよばない、写しはここに。……女王はこれについて、非常に興味を持っているのだと、ロミから聞いている」
――二人で検証するのが良いだろうかと、そう思ったのでね。そう言うとリンクは、自分で持っていた手提げから、厚みはそれ程ではない紙の束を取り出す。
「それにワンダリングメイルについては、ロミとクリシャが調べていたはず。昨日組合に報告をあげた と聞いた。女王がお詳しいともね。……情報交換といこうではないか、クイーン=パムリィ」
「ふむ、あとでターシニアにでも聞けば良いとも思わんでもないが。それでも我よりぬしに渡すものがある、となればこれはありがたい」
「若旦那、お茶をどうぞ。……パムリィ様の分もご用意しましたのでよろしければ」
以前来たときに、客用として使ったカップを覚えていたらしいリアは、前回リンクが使ったのと全く同じカップと、そしてパムリィ用のカップを見つけて、お盆の上に乗せてきている。
「済まぬなアリアネ。……騎士は本来、このようなことはしないのではなかったか?」
パムリィはカップを受け取ると、立ったまま飲むのは作法に反する。とルカに怒られたのを思い出し、ソファーの背もたれの上まで飛んで座る。
「ルカお嬢様ほどでは無いにしろ、生活全てに気を回すのもまた、騎士であると……」
「ふむ、そう言っておるはオリファントであろ? それは聞かずともわかる」
リアの口元が少し歪む。吹き出すのを我慢しているようだ。
「……ふ、副長だと。やはり、おわかりに。なりますか」
「アレは少々、人間としては細かすぎるきらいがある」
後ろを向いて、肩をふるわすリアを眺めながら。――旨い、メイドに転職してはどうか? カップを口に付けたパムリィはそう言って、手に持ったソーサーにカップを戻す。
「さて、リンケイディア」
「そうだな、私から話そうか。――まずはあの人形、その出自からだ」
リンクは、パムリィがいかにも話を聞きたそうにしているのに気が付いた。
「そここそが重要なのだとターシニアも言っておったが」
「持ち主の同定には成功した。人形が言って居た人物、マックは実在した」
「ほぉ。……興味深い」
「ターニャとルカの言う通りに傭兵であったようだ。人形は一〇年。と言っていたようだが、実際には三〇年以上前、齢三〇で行方知れずになっている。恐らくは既に死んでいるだろう」
「家が無くなった、と言うはどうであるか?」
「家自体はあったようだが。盗賊に入られ、打ち壊しにあったようでね。……公国の衛兵が名前から調べたところ。建物として形は残っていたが、家の体は成していなかったそうだ」
「盗賊……。だが、人形自身は盗まれなんだのよな? 高価なものだとルンカ=リンディは言うていたが」
「隠してあったらしい。――調べて貰った限りでは、ルカが壊した各部が完全であったなら。結構な高値で取引されるはずである、とのことだった。……まぁ」
「まぁ?」
「“一部”取り換えやら調整やら、必要になるようであるがな」
「ふむ。のぉアリアネ」
「……は? はい。私、ですかっ!?」
いきなり話をふられたリアはアタフタと一歩前に出る。
「な、なんでしょうか、パムリィ様」
「その辺は人間の女性としては。あまり口に出すのは、ルンカ=リンディが言うところの、はしたない。と言うヤツであるのよな?」
「そ、そうですね。……口に出すのは憚られる、と言う感じでしょうか」
「我も振り分け的には女である故な」
「パムリィ様は、完全に女性で良いかと思われますが」
「そうである故、避けては通れぬ生き物としての生理。これに関わる話であるに口に出すことができん。人間とは面倒臭いものよな」
「……理解をして貰えているようで何より。そして問題のモンスター化の経緯だが」
「ターシニアもアクリシアも。条件が未達である、と言って頭を悩ませていたが」
――女王も条件はご存じだろうが、一応。そう言ってリンクは指を一本ずつ突き出していく。
「大事にされていたことは絶対、その上で。その家で大量に人死にがあったこと、人形の主人がその件に絡んでいること、そしてモンスター領域に近い土壌であること。以上三点が必要条件と言われてきた」
「一つ目と二つ目が未達。三つ目にしても想像以上に領域がモンスター化していないといけない道理であったはず、だの?」
「さすがによくご存じだ。……ただ、持ち主の家の立地、それで全て説明が付く可能性が出てきた」
「どう言うことなる?」
「盗賊のアジトであった谷底を見下ろす崖の上に家があったとしたら」
「それでも崖のキワに家を建てるほど、人間は愚かではあるまい」
――家が落ちては困る、と言うのは我でもわかるぞ。パムリィはそう言うと、音を立てずにテーブルの上へと移動する。
「当然崖っぷちにある訳では無いにしろ、谷と家とは排水溝で物理的に繋がれていたとしたら」
「崖の上とは言え、見た目としてつながっておる。理屈ではあるな……。まぁそういう事で一つ目はクリアしたとして、二つ目はどうする?」
「注目すべきは、行方知れずとなった時期なのだ。ちょうど盗賊団の討伐と時期が重なる」
――帝国討伐軍の資料の中で名前を見つけた。リンクはそう言うと持ってきた紙の束をめくってパムリィに見せる。
「大量の人死に関わって、そして自身も死んだ。か……。――だがそうなれば今度は三つ目だ。たかが溝の一本でそこまで極端にモンスター領域になるはずもない」
「そこが問題なのだ。公国の魔道士の調査に寄れば。どうやら排水溝の出口までの“道筋”が人為的につけられた可能性が出てきた」
谷底から遙か上の排水溝の出口まで。魔導的には完全に繋がれていたのである。
現地の調査をしていたシュナイゼルの組合が、当初に予定のなかった魔道士を、偶々同行していなければわからなかったことである。
「但しいつ、誰が、何の為にそんなことをしたのかはわからぬ、と。……まぁいつものことであるな」
報告書のページを器用にめくって、結論のページをざっと眺めたパムリィが手を放し、報告書は元のページに戻り、まともに風圧を受けるパムリィの、柔らかそうなプラチナブロンドの髪と、薄い羽が風に揺れる。
「申し訳無くも思うが、そういう事だな。但しこの報告書では、時期は向こう三年より前ではない。ともしているが、これも具体的とは言い難い。――リア、お茶をもういっぱい貰えるか?」
――パムリィ様もいかがですか? リアは二人のカップに新たにお茶を注ぐ。
「我の方からはさして新しい材料も出てこないのではあるが」
「メイルは私も自身の目で見ている、むしろ調べの付いた順に聞きたい」
殿下も人の事は言えないな。前のめりになるリンクを見てリアは微笑む。
「まず。鎧の持ち主はロミの祖父の弟、旧アリネスティア子爵家のもので確定だ」
「やはりな。……生前の剣技はそのまま引き継がれると言うことか」
リンクは、完全にロミと拮抗した鎧の、一種美しいと言っても良い剣技を思い出す。
「そしてルンカ=リンディの調べの通り、その人物は盗賊の討伐に参加し、そこで果てた」
「そうなると、問題は他の有力者だが」
「そこの心配はいらぬ。本職の人捜しを動員して当時の記録を洗い直した」
「済まないがちょっと待ってくれ、女王。どこからそんな経費が……」
帝国ナンバーワンで所長も男爵、なのでは有るが決して金持ちと言う事でもなく。と、いうのが最近のフィルネンコ事務所である。
現在は事務長の方針も有り、お金のかかることはあまり積極的にはしない。
当然その事はリンクも知っている。
本職の人捜しに三〇年以上も過去の人物、しかも複数人の調査を依頼すれば五〇,〇〇〇以上は簡単にとぶ。
「そこは心配は要らん。シュナイゼルの公王がワンダリングメイルの討伐料金と、事後の調査費用、そしてロミネイルへの報奨金として。一二〇、〇〇〇を直接払って寄越したのだ」
その件を組合に報告するため、ルカとパムリィの仕事量は数日跳ね上がったのである。
「……なるほど。それでは調べない訳には行かんな」
リンクはカップのお茶を飲み干す。
「しかも経費は別だというのだからな。ルンカ=リンディがあれ程喜ぶのも珍しい。……ターシニアは今日は、その経費の最終報告をしに組合に行っておるのだが」
――あまり経験がなかったが、仕事の話をすると喉が渇くものよの。パムリィはカップのお茶に口を付けながら続ける。
「そうして調べた結果。討伐軍に名前のあるうちの、実に八割以上が。実際には遠征に参加していなかった」
「な、なんと言う恥さらしな……!」
意外にもリアが直接リアクションを返した。
彼女にとっては。騎士も貴族も全ての臣民の規範とあるべく行動しなければならない。
平民からリンクとオリファに拾い上げて貰った、と言う想いの強い彼女なら尚更である。
「部下を“自分の名前と共に”戦地へと送り、自身は領土に残る。状況によってはまま、有ることだ。後世に、こうして。……まさかリジェクタに改めて調べられるなどとは、思ってもみなかっただろうがな」
「そこで見栄をはることで、どう自尊心が満足さるるものか。我にはさっぱりわからんところなる」
「パムリィ様、これは私の意見だと前置きしますが。自身が痛まず名誉だけをその手にする、それで満足するような安い自尊心を持つものは、帝国貴族には相応しく有りません」
「いずれ面倒くさいことよな。……ともあれ、ロミネイルとルンカ=リンディ曰く、ロミネイルの大叔父。で良いのか? ――そこまで名のある人物は死亡者の中にはおらん、とのことであった」
「ならばそこは安心して良い、と」
「そういうことである様だの」
「ときにリンケイディア。ワンダリングメイルもやはり、主要な発生条件は三つであったな?」
――立っていないでぬしも座れ、目障りだ。そう言ってソファに座らせたリアの、その肩に座ったパムリィである。
「急になんです? ……当然ご存じの上で聞いているのだろうが」
リンクはそう言って先程と同じく、また指を一本ずつ突き出していく。
「鎧の持ち主が戦で死亡したこと。その鎧が戦場に放置されていたこと。そして絶対条件は、持ち主が武芸に秀でたものであること」
「そしてモンスター寄りの風土、とな。……我はな、リンケイディア。最後の条件は違うのでは無いかと思っている」
「……と言うと?」
「うむ。過去の資料が、ここには一〇件分しかなかったのだが。……それをじっくりと眺めて思うことがあった」
見た目と違い。実は生真面目なパムリィであることはリンクも知っているので、資料に真剣に当たっていたこと自体には、特に驚きはない。
「女王、何か思うところが?」
「うむ。剣技に優れたもの、ではなく、人としての意思に溢れたものが着ていた鎧がそうなるのではないか、と思うてな。――旨く伝わっておるか?」
「押し殺してきた感情、と言いたい? ――いやもっと単純に。……悪意だけが鎧に宿る。と?」
「人形もそうみえるのであるが。……隠してきたものが、本人が没することで表に出るのではないか、などとも考えてみたが。ルンカ=リンディに言うと嫌みを言われそうで、今日まで黙っておった」
そう言うとパムリィはリアの肩に立ち上がる。
「アリアネ。例えばぬしの鎧は。……ワンダリングメイルにはならぬ、と我は思うのだ」
「……パムリィ様、それは」
パムリィは、短く揃えたリアの髪をスッと一撫でする。
「うむ。我が見た限り、裏表のない莫迦である故な。ぬしは隠してあるものなど有るまいよ」
あははは……。笑いながらパムリィは空中へと浮かび上がる。
「非道いです、あんまりですぅ! ――あぁっ! 若旦那まで!!」
顔を横に背けて肩をふるわすリンクにリアが叫んだ。
次章予告
リンクは大シュナイダー帝国の皇子である。
その彼が国内の視察へと出立する事になり。
代理人であるターニャもそれに同行することになる。
モンスターなど一切関係のなさそうなその旅程にも
やはりモンスターが絡んでくるのだった。
次章『燃え上がる命』
「ターニャ、それでも私にはやるべき事があるのだ……!」
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