セレモニー、あるいは回りくどい感情表現
「四代目、俺には意味がわからない。――それにこちらにも都合があるんだ。今更半分とはどう言うことだ?」
帝国環境保全庁の総督室。先日と同じくフィルネンコ事務所の面々は正装に近い服装ではあるのだが、正式な呼出では無く報告のみ、と言う事で。
クリシャはマントの下は平服、ロミの胸元も普段用の蝶タイ。そして所長であるターニャにしても髪こそ綺麗に編み込んで、白に青の騎士団服に帯剣ベルトは替わらないが、下は普段着のスカート。
「総督も報告書見たろ? ――おいしいとこ皇子の全取りだもんよ。あたしの経験値不足も皇子にご披露しちまったし。……本来は金は受け取れねぇんだけど。まぁでも、ホントのトコは牛切り包丁買い直したいから、その分だけ貰えれば良いのであって、だから半分でも少し多いんだけど。でも端数が出ると面倒くさいし」
「もう払うって決めてあるんだから、払わねぇと書類的に落ち着くとこに落ち着かねぇんだよ! ……MRMの承認なんかとっくの昔に降りてるんだ。むしろ速く払ってやれと言われてるんだぞ」
――なら環境保全庁にギャラの半額寄付する。ターニャはそう言うとテーブルの上、水の入ったコップを取る。
「おまえが環境保全庁に寄付だぁ? ……何を企んでいる、四代目?」
総督はいぶかしげにターニャを睨む。
「企んじゃ居ないよ。ただ、どうせ直ぐに必要になるんだし」
――必要になるとはどう言うことだ、博士? 総督はターニャではらちがあかないと見て話す相手をクリシャに変える。
「報告書にも補足として書きましたが、街の南側にヴィスカスフロッグが必要以上に集まりまして。この調子なら、今週中にもブラックアロゥは完全掃討出来るかと思われるのですけど。今度は、そのヴィスカスフロッグが街に居着く心配が……。なので早急にカエル狩りが必要になるであろう、と推測するところでして……」
「賞金稼ぎの連中は即金で欲しがるだろ? ――デカいし栄養あったんだろうな、ブラックアロゥ。今、水場って水場が奴らの卵だらけって聞いた」
「お、お前らは~、……環境保全庁の看板背負って環境を悪化させに行ったのかぁあっ!!」
総督が机を両手で叩いて立ち上がったところで扉がノックされる。
「総督閣下、MRMからお客人がお見えなのですが」
「一〇分待って貰え。今大事な会議の最中だ」
「その、お待ちになるとは御自身でも仰っておいでなのですが。なにしろお見えになったのが議長閣下、リンク殿下でして、一応ご報告を……」
「先に言わんかっ! 大至急お通ししろ!」
その場の全員が立ち上がって直立不動でドアを見つめる。
親衛騎士の青い制服二人分を引き連れて、白に赤の宮廷騎士の正装に金の飾り紐、柄に真っ赤な皇帝章をはめ込んだ金に輝くレイピアを腰に下げリンクが部屋に入ってくる。
「みな、座って良いぞ。――総督も気にしないで良い。……職務ご苦労である」
「殿下。毎度の事ながら、ご用でしたらこちらから……」
「済まぬが本日、総督にはさしたる用事は無いのだ。今日はフィルネンコ卿に話があってね、ここに居ると聞いたので来てみたまでの事。――仕事の邪魔をして悪いが、五分だけ卿を借り受けたい。よろしいか?」
総督は諦めてため息を吐くと。――ご随意に。と返事を返す。
「あれから一週間しか経っていないとは信じられんよ。貴女にだいぶ会っていなかったように思う。変わりなくやっていたかね? ターニャ」
ターニャは椅子から立ち上がると、大方の心配をよそにスカートをつまんで礼をしてみせる。
「このようなところで思いがけず殿下へのお目文字かない、その上直接お声がけ頂くなどと。このフィルネンコ、光栄の極みに存じます。――用事ってなんだい?」
「ターニャ、貴女が儀礼や格式張った事を嫌っているのは十二分に承知をして居るつもりだが、それでもなお。ほんの数分で良い。私の茶番に付き合ってはくれぬだろうか? 総督も見届け人として立ち会って欲しい」
「何をするのかは知らないが、皇子の頼みとあっちゃ断れねぇわな。いいぜ?」
「……殿下のお心のままに」
「両名とも。このリンク、心より感謝する」
リンクは背筋を伸ばし引き締まった顔になると、すぅ。と、息を吸い込む。
「では改めて、――我の話を聞くが良い。我が帝国臣民、分けても帝国を支えし高潔にして清廉なる貴族の血筋に連なる男爵位、フィルネンコ家が当主、ターシニア・フィルネンコよ」
「はい」
「卿を我、リンケイディア=バハナム・ミレカルロ・ド・シュナイダーの宮廷騎士代理人として認め、以降そう名乗る事を我が名において認むるものなり。――我に変事ありし時には、我に変わりて陛下の騎士の名の下に、命に代えても皇帝陛下をお守りせよ。故にただ今、この時より、卿の言葉は我の言葉であり皇家の言の葉、ひいては皇帝陛下の詔と意味を同じゅうするものであり……」
「お待ち下さい、殿下!」
ターニャを含めた全員が呆然とする中。我に返ったロミが即座にリンクの口上に割って入り、“儀式”を中断させる。
「ターニャさんが宮廷騎士代理人!? それはどう言う……」
「落ち着け、ロミ。――私は何もターニャを戦場へ出そうと言うのでは無い。むしろ私が出るような大戦になれば代理人権限は剥奪するつもりだ」
――代理人が居なくば本人が出るより他あるまい。そう言うとリンクはロミに向き直る。
「実質、キミがターニャの執事、爺やのようなものだからな。その辺、どうあってもキミには納得して貰わねばならん」
「一四で爺やって……。いえ。僕のことはまぁ、この際どうでも良いのですが。――戦に出ない代理人など有り得るのですか?」
「MRM絡みの時に皇家の名をもって直接現場で指揮を執って貰う。……ブラックアロゥの件、褒められると考えて居たのだが、各方面から“必要以上に危険な真似をするな”。と、思いの外、呵られてしまったのでな」
「皇子殿下。……四代目、いやフィルネンコ卿を本気で代理人へとお取り立てに?」
「総督。帝国一のリジェクタ、フィルネンコ事務所。その看板に嘘、偽りは無かった。ならばMRMカウンターメジャーの視察が求められる現場へ、その代理として所長が皇家の名をもって臨場する。宮廷が私に行くな。と言うのだから仕方が無い」
そう言いながら、リンクは後ろに控える親衛騎士から長い包みを受け取る。
「話が途中であったな、ターニャ。では再度。あぁ、……おほん。――これなるは代理人の証の剣、卿が代理人としての責を受ける覚悟を持ちえるならば、我が申し出の重さをこの剣と共に受け取るが良い。……さぁ、返答やいかに。ターシニア・フィルネンコよ!」
包みを差し出す皇子の前、“堂々と”ロミと声を潜めてやりとりをするターニャを、護衛の騎士は多少あきれ顔で、皇子は表情も無くただみている。
“会議”の終わったターニャは襟と裾を直すと、片膝をついて右腕を胸の前に。そして直ぐ後ろ、黒子のように背中に隠れてロミも一緒にしゃがみ込む。
「帝国男爵位を預かりし、フィルネンコ家当主がターシニア、お恐れながら皇子殿下に申し上げます。――代理人の銘はわたくしのような若輩にとりまして、殿下のお言葉通りに誠、重責に過ぎましょう。――されど、殿下がそれでもその銘をわたくしにお託し下るとそう仰いますならば、――このフィルネンコ、リンケイディア皇子殿下の騎士として、――殿下の御名を穢すことの無いよう、――命に代えても代理人のお役目、全う致したく存じます」
ターニャは後ろのロミの言う言葉をそのまま話しているだけではある。だが。
――まさかロミが代理人受諾の口上を知っているとはな。立会人としては総督が居ることだし、なし崩しに剣だけ渡してあとは書類上で誤魔化してしまおうと思って居たリンクは、口元に微笑みを浮かべ、口調はむしろ硬く、そのまま儀礼通りの台詞を読み上げる。
「まさに卿の言う通り。剣の重さは責の重さ。臣民の命と期待の重さ。宮廷騎士の証の剣、卿自らその重み、その手に受けるがいい」
皇子の手の上、親衛騎士の手によって長い包みは封を解かれる。
「殿下の騎士としてお役目と、証の剣。――双方の重さと共に謹んで拝領致します」
「うむ、期待している。……卿の活躍によって、帝国にますますの栄光と更なる発展がもたらされんことを!」
「フィルネンコ閣下の代理人就任を祝いぃ! 捧げぇ、剣!」
親衛騎士二人はターニャの返答が終わり、剣を受け取ったところで、二人共腰から鞘ごと剣を外し捧げ持つ形を取る。
リンクはどうやらこの為だけにわざわざ、二人の騎士を連れて来たものらしい。
ターニャが手にしたのは彼が腰に下げるのと同じデザインで銀色に輝くレイピア。柄には白地に赤くシュナイダー皇家の紋のブローチがはめ込まれている。
ターニャが剣を手にしたところでリンクが騎士達へ声をかける。
「騎士団、なおれ。――セレモニーはここまでで良いだろう」
「シンプルなのに、なんて綺麗な剣だろう。まるで美術品だ……」
「ハンドガードが少し重いかも知れぬが、腰に鞭を下げるよりは貴女には似合おう」
すら。ターニャは鞘から半分刀身を取り出す。
「おぉ、しかもこの刃、これも職人仕事の逸品ものだ! 見た目も中身も最高級、さすがは皇家発注の剣!」
「ちょっと、ターニャさん!」
「良いのだロミ。――気に入って貰えたようだな。……ターニャ、これからも懇意に頼む」
「ほほぉ。まだ言ってんのか? ――むしろコイツは、牛切り包丁なんかよりよっぽど切れ味良さそうだぜ?」
そう言ってターニャは、しかし彼女にしては珍しく、年相応の女性の顔で微笑む。
「懇意に出来るは公式の場、ばかりなり。か」
そう言って肩を落とした風のリンクは一転、破顔する。
「はっはっは……、莫迦を言い合える仲間が代理人を受けてくれたのだ、これほど嬉しいことは無い」
「殿下も殿下です! そう言う基準で選んじゃって良いんですか?」
「硬いことを言うなロミ。我が友、三人に便宜を図りたくとも、私にはこの程度しか出来る事が無いのだ」
「わ、私もご友人に加えて頂けるのですか? 殿下……」
「何よりキミと私は、カエルまみれになった仲だろう? クリシャ。クサい仲、と言う言葉もあるくらいだ。……あっはっは」
言葉を失うクリシャ。……畏れ多くも帝国の皇子をカエルの臭いまみれにした張本人である。
「でも、ただで貰っちゃって良いのかな」
「そは代理人の証である。気にする事は無い」
「でもさ、……これ」
そう言ってレイピアを持ち上げてみせる。柄に埋め込まれているのは皇家の紋が描かれたブローチ。
「これって、皇子の首のスカーフの……」
「良く気が付いたな。それだけは焼き物で時間がかかる、職人仕事であるからどうしても間に合わなくてな。適当なものを貴女に渡すつもりも無かったので、私の持っていたもので代用させて貰った」
――別にスカーフを止めるもの自体はなんでも良かったのだが。と言うリンクを見ながらターニャは頭の後ろに手をやると、編み込まれた長い金色の髪がほどけ、一気に背中に広がる。
「交換、と言う事でどうだ? 皇子」
ターニャの手のひらには銀に輝く丸い髪留め。――大きさも形もだいたい一緒だろ? 一応コレは、あたしが生まれた時に父様が作ってくれたヤツなんだそうだ。そう言うとリンクにその手を伸ばす。
「その様な大事な品を私が貰っても良いのか? ターニャよ」
「コレなんかもっとスゴく由緒があるんだろ? 剣の飾りにしたら怒られるような」
レイピアにはめ込まれたブローチを見ながらターニャ。一目見て高いものだ、と言うのは彼女にもわかる
「まぁ、ないとは言わないが。しかし、それは貴女が気にする必要は……」
「それに交換だったら、変にしゃっちょこばんなんくていいだろ、お互いさ。……それに、皇子が持っててくれれば無くさないだろ。一応、私には大事なものなんだ」
皇子は、ターニャの言葉を聞き、一度目を閉じて考えて。それからそっと手を伸ばすと、ターニャの手から髪留めを受け取る。
「貴女の理屈はわかった。なれば、これは遠慮無く頂く。確かにここ数日、襟元が落ち着かなくて困っていたのだ」
リンクは騎士団服の詰め襟の下、首元のスカーフをそのまま髪留めの金具で挟む、
「……殿下、その」
「総督、代理人任命の立会人としてあとで書類にサインを。――それと早々に、ターニャの力を借りなければいけなくなるやも知れん、その準備も怠るな?」
「それはどういう……」
「先ほどティオレントの街より緊急報告が入った。ヴィスカスフロッグもさることながら、触れなければ直接の害が無いとは言え、街中オレンジマーブルとダークイエロゥメルト、いずれロッテンスライムだらけで始末に負えないそうだ。……もとよりターニャはスライムの専門家だからな」
「腐れスライムは、条件揃うと増えるの速いからなぁ、やっぱり栄養あったんだな、ブラックアロゥ」
相も変わらずもたもたと、髪の毛を三つ編みに編み込みながらリンクの言をターニャが引き継ぐ。
「な……、おまえ! ハナから判っていたな? ――よ、四代目ぇ。おまえというヤツは……! 前回の件のアフター分だ! 追加料金は無し! 今すぐティオレントの街に行けぇっ!」
だがターニャは動ぜず左に吊したレイピアを触ってみせる。
「いかな帝国広しと言えど。我に命を下せるは、皇帝陛下を除いてはリンク殿下ただお一人だけなり」
「バカヤロー! 巫山戯てる場合かっ! 依頼を切り直してる暇は無ぇだろ! 仕方ねぇ、必要経費分位は払ってやる、足も準備してやるからとっとと今すぐ行ってこい!」
リンクはそのやりとりを、ただ笑ってみていた。
次章予告
フィルネンコ事務所に、何故か良家のお嬢様が雇ってくれとやってきた。
そしてその日、ターニャの元に組合から緊急、かつ指名の依頼が入る。
依頼内容は得意分野、スライムの駆除。しかも報酬額は過去最高記録。
しかし、ターニャは全く浮かない顔なのだった。
次章『紅い河』
「あれだけ居るなら、全部狩ったら城が建つぞ」




