愛の形、愛の在処(ありか)
年の頃も背格好も。ほぼクリシャを彷彿とさせる、包丁を持った不自然なまでに自然な少女、フランソワーズ。
それと正面から対峙する事になった、ターニャとルカである。
「ふ、フランソワーズ、さん。と仰るの?」
「なんでしょうか、お姉様」
顔色を一気に悪くしたルカが、ターニャに詰めより小声で問い詰める。
――ターニャ、……ちょっとターニャっ! お、おねーさまって、おねーさまって!
――落ち着け。普通のモンスターじゃ無い。必要以上に人間くせぇが、そう言うヤツなんだ! ……まぁ、多分。
――多分ってなんですの、多分って!
――あたしだって知らねぇもんよっ! ……お前に懐いてるみたいだし、先ずは普通に会話を進めろ!
――懐いている訳が無いでしょう! それに普通に、とはどうどういうことですか! ……これ以上わたくしにどうしろと言いますのっ!?
――普通は普通だ。それ以上も以下もあるかっ!
「ふ、普通。――おほん。……こ、こんな夜更けに、一人で何をしておりますの?」
「マックがね? 戦に行ってから、もう一〇年も帰ってこないの。きっと道がわかんなくなっちゃったのよ。だからフランソワーズちゃんが探してあげるの」
「あ、あなたの。……持ち主。なのですか? マック、さん。と仰るの?」
「そう、フランソワーズちゃんを大事にしてくれたの。優しくしてくれたの。体ごと愛してくれたの。だからフランソワーズちゃんが探してあげるのよ。うふ、うふふふ……!」
そう言ってにっこり微笑むと少女は包丁をブンブン振り回す。
「でも、大人の殿方なのでしょう? ならば自分でお帰りになるのでは?」
「戦に行っている間に町が変わっちゃったの。お家が無くなっちゃったのよ。どの道で来れば良いかわかんないと思うの。だからフランソワーズちゃんがお迎えに行ってあげるのよ!」
――戦に行った、が事実なら。
――ん? なんか気が付いたか?
――多分、傭兵ですわね。ここ暫く。例の盗賊団騒ぎ以外では、シュムガリア公国軍が参戦した戦はありませんし、盗賊団の件に限れば討伐。戦ですら無いですもの。
――町の様子、って言ってたが。戦もしてねぇのにどう言うことだ。
――彼女にとっては家こそが全て。そこが取り壊されたとしたら……。
――ふむ、その言い草は有り得るのか。……ただモンスター化の条件が見えねぇな。
――そんなこと知りませんわ! 目の前に居るのですもの、先ずはそれの対処法を!
――あからさまなイレギュラーだ。それを判断するには、色々と情報が足りねぇ。つってんだよ。
――わかっていますが、何処まで会話が続くものか。わたくしだって疑問ですわよ?
――できる限り引っ張って、なんか喋らせろ!
――人ごとだと思って……。
「と、ところで、フランソワーズさん。あなたお一人ですの? わたくし、あなたには“小さなお友達”が何人か居たように聞いておりますわ」
女王パムリィが避難命令を出した原因、それは等身大のドールでは無い。
「あの子達は妖精を殺す以外役に立たないの。妖精も全部殺したし。だからフランソワーズちゃんが取り込んじゃったの。妖精の命をたくさん吸ったあの子達のおかげで、とても身体が良く動くようになったのよ!」
またも包丁を振り回しながら、楽しそうにフランソワーズ。
「妖精を殺したお友達を取り込む……。ならば、あなたはなにをなす方なのですっ?」
「もちろん! フランソワーズちゃんは人間を殺すの。まだ二人しか殺していないけど、一〇〇人殺せばきっとマックは帰ってくるのよ!?」
無形の剣を使うルカ。
彼女は会話の中に不穏なニオイを嗅ぎ取り、左手に持ったエストックを構え直す。
「人間を一〇〇人殺そうと、マックさんが帰ってくる道理がありませんわ!」
「ならば一、〇〇〇人殺すの。足りなければ二、〇〇〇人だって殺すのよ。みんな居なくなれば、迷わないでフランソワーズちゃんのところに帰ってこれるの。……だから、ね?」
フランソワーズは、いきなり前触れ無しに動き出したように見え、次の瞬間にはルカの眼前に“居た”。
「お姉様。死んで?」
――キキィイイイイン! ルカのエストックがフランソワーズの繰り出した包丁の切っ先を弾く。
フランソワーズはそのまま後退するが、今度はルカの方が一歩早かった。
「世の理に外れているものは、結局! 表に出てくれば、粛正されるのみなのです、わっ!」
事前の情報では弱点は目、もしくは頭全体。
ぐん! と更に一歩、前傾気味に踏み込んだルカの伸ばした左手。そこに握られたエストックは過たずにフランソワーズの右目に突き刺さり、ガラスの割れるような小さな音と共に深々と突き刺さる。
「闇の住人は闇に生きるが必定。明るいところになぞ、出てこなければ……」
すっ。ルカは姿勢を戻してエストックを引き抜き、さらにもう一歩。前に出ようとするが。
「なんっ!? ……ちっ!!」
全力で飛び退いたルカが居た空間を包丁が切り裂き、更にフランソワーズが体ごとルカを追う。
――ギリィイイイイン! キンキン、チィン! 包丁とエストックが何度か火花を散らし、そして今度こそは双方距離を取った。
「目では、無かった!?」
エストックの刺さったはずの右眼は、明るく発光しながら、ごく普通にルカを見据えていた。
「確かにガラス玉を粉砕した手応えはあったのに! いったい……」
「なかなか面倒臭いの。でも強い人間なら二人分くらいに勘定しても良いのよ」
「意味がわかりませんわ!」
ルカがマントをかなぐり捨てながら叫ぶ。
「フランソワーズちゃんが今、そう決めたの。ふふ、うふふ……」
「ターニャ!」
「わかんねぇ! 悪ぃ、もう少しだけ考えさせてくれ! 時間を稼げ!!」
そう言いながら、ターニャはランタンを掲げてフランソワーズを照らす。
「またそんな無茶を!」
――ガラン。ルカは背中に回した帯剣ベルトを外して、予備のエストックも降ろす。
彼女がその決断をせざるを得ないくらいに、リビングドールのスピードは脅威だった。
「頭、目玉、そして心臓や肝のあるはずの部分! 一般的にはこの辺に動き出すための魂があるとされるが、多分コイツは違う……」
「ち、違う所を教えられても……! はっ! せい!」
そうこうするうちにも、動きの止まったターニャに向けて、フランソワーズの包丁が星明かりに煌めき、ルカがそれをはたき落とす。
「成り立ち。コイツは、この人形は……」
そしてその都度、左目、額、胸、脇腹。エストックが深々と突き刺さり、包丁を持つ右手の腱を切るように、ルカはエストックの先端を横に薙ぎもした。
「なんなんですの!? あなたは一体っ!!」
「わたし、フランソワーズちゃん!」
だが、距離を取ればまた元通り。何処にもキズの無い、しごく普通の、もしくは見るからに異質な少女の姿に戻ってしまうのである。
「ターニャ、考えはまとまりまして!? いったいどうすれば!!」
ターニャが淡々と答える。
「次の打ち込み、狙い目は……。下腹だ! へそのちょい下辺りを狙え」
「ダメだったときには?」
「動きは見えた。検証のこともあるし、街中だから飛び火もするかも知んないし。やりたかないが。……相手は人形、あたしが火をかけるさ」
左手にランタンを掲げたターニャは、いつの間にか右手に予備の油を持っている。
「わかりました。では、後のことは考えませんのでよしなに。――改めまして、フィルネンコ事務所が経理頭取、ルンカ=リンディ・ファステロン! 推して参りますっ!」
「お姉様は三人分なのよ!?」
「まだ見積が安すぎます! 足りていませんでしてよっ!?」
ギリギリギリ……! 包丁とエストックがまたも火花を散らすが、ルカは今度は包丁を弾かずにそのまま組み合う。
「お姉様、死んで?」
「お断りですわ! あなたが、消えなさいっ!!」
何ももっていないはずの右手が真横に振りきられ、次の瞬間には。
フランソワーズの下腹には投げナイフの柄が生えていた。
「ごめんね、マック……。フランソワーズちゃんの……」
目の光が消え、不自然なまでに自然だった肌の色が、手の込んだ高級な人形のそれに変わる。
――とさ。軽い音と共にフランソワーズ“だった物”が下腹にナイフの柄を突き刺したまま、仰向けに倒れる。
「モンスター風情が、わたくしに勝てるなどと。……思い上がりも甚だしいですわ」
チャッ。ルカはエストックを一度目の前にかざすと、腰へと戻した。
不気味なまでに自然すぎて不自然な少女、フランソワーズは消え。
そこには体中穴だらけでボロボロ、瞳さえただの穴になって、下腹にナイフの刺さった等身大のお人形が落ちていた。
「一部、既知の条件を満たしてない。だったらモンスター化の原因も究明しなくちゃいけないし、形を崩さないで済んだのは良かった。――ご苦労さん、怪我は。無いか?」
「大丈夫です。……しかし、さすがはターニャ。よくぞ弱点を突き止めたものですわ」
――さすが、とか言われると。だがターニャの返しは切れを欠く。
「……どうかしまして? しかし何故、下腹が弱点だと」
「あ、あぁそれな。――お人形、フランソワーズの成り立ちを考えてみたんだ」
「言っておりましたわね、確かに。……しかし、成り立ち。とは?」
「えーとな、……あの手の人形の使い道は知ってる。って言ってたよな?」
「えぇ、まぁ。なんとなく」
「愛情、というか、そのまま精力、というか。大事にして、愛して貰っていたと当人が言う以上は。まぁ、さ。なんて言うか」
「えぇ、まぁ。言いたいことはなんとなく」
「それをさ、んーなんだ。……フランソワーズはきっと、長いこと自分の身体で直接、受け止めてきたわけだよ」
「えぇ、まぁ。言いたいことはなんとなく」
「ならば、その、えーと。同じ下腹部でも“入り口”では無く。男性の情念的な物を、直接何度も受け止めた一番奥。そこにこそ。魂が宿るんじゃ無いか、とか」
「えぇ、まぁ。そんなものかも、しれませんね」
「人間なら子供が宿るところだしな。だから弱点なんじゃ無いか、とか考えた」
「か、考えたのですね?」
「……うん、考えた」
「あの投げナイフ、このまま捨てても良いですか?」
「高いヤツだって、言ってなかったか?」
「モンスターに突き刺してしまいました。新しいのにします」
「いいぞ。経費で新しいの、買え」
「ありがとう存じます」
「気にすんな、仕事で使ったんだから経費だ」
「経費なのですか?」
「うん、間違い無く経費だ」
結局。地元リジェクタ組合が、フランソワーズだった物を持ち去るまで。
ターニャとルカはそれとは若干距離を置いて、そのまま居た。
それぞれ棒読みの台詞をポツポツと喋りながら。