人の形、人の中身
――ギィン! ……チィイイン!
誰も居ない街の中、固い金属同士のぶつかり、離れる音。
もっと近づけば、音を鳴らしているのが大きなシルエットと小柄なシルエット。二人の持つ剣で、それらがぶつかる度に火花を散らしているのを見ることができたはずだ。
お互い、鏡写しのように刃を繰り出し。受け止め、押しやり、返し。体格差も無視して、ロミと鎧は双方完全に拮抗している。
「…………」
リンクは自分も腰に差したサーベルを抜こうとして、手を柄にかけたところで。そのまま動けなくなった。
――なんたることか、分け入る隙が。……無い、だと!?
相手は曲がりなりにもモンスター、ならば騎士の理などおいて2対1で押し切ってしまえば良い。
事前には目の前のロミともそう話し合っていたものの、動けない。
――まさに達人同士の、仕合。これでは、私の入る余地など何処にも……。
むしろ自分が動いてしまうと、ロミが彼を気にして動きが乱れてしまう。
まるで演舞のように、ロミと鎧はほぼ同じ動きで間合いを詰め、剣を持った右手が上がり、その剣が火花を散らし、お互い剣を押しやり、流し。そして再度間合いを取る。
「……殿下!」
「済まない、ロミ! これでは動けぬっ!」
「むしろそこで“これ”の動きをよく観察して下さい。――僕に何かあればその時は、申し訳ありませんがお願いしま、す!」
またしても。ここで一連の動きに数度火花を散らし。間合いを取って止まる。
「ロミ、お前……!」
「複数で動くというなら連携が第一! ……ですが、今の僕では殿下の動きをフォローすることができません!!」
「私も剣の心得はあるつもりだ! この流れでは私が入る隙は無い、邪魔なだけだ! むしろそう言ってくれ!」
「いささか不遜であるやも知れませんが、それでも僕には剣しか。……無い!」
かつて。リンクが社会見学をかねて、スクールに数日おきに通っていたころ。
もちろん、就学年齢が明確に決まっている訳では無く。学びたい分野に応じて講師や教程などを自身で選ぶ仕組みである以上。
必ずしも同じ年齢のものだけが集まっている訳は無いにしろ。
それでもロミはリンクにとって、三歳以上違うクラスメイトであった。
聡明すぎるが故に、下級のクラスでは講師が持て余してしまったのだ。
友人としても、秀才としても、彼の剣の腕も。
リンクには珍しく。ロミのことをいたく気に入った彼は、宮廷に入るよう誘うのだが。
しかしロミは彼の臣下に入る事は、頑として首を縦には振らなかった。
「お前が私の元に来てくれれば良いのだが」
「何故ですか? 既にお付きの皆さんがおられます。僕は単に剣の家系に生まれついただけです」
そう。その剣にあっても、既に師範代の資格を得ている。
どころか、帝国臣民の期待を一身に背負う妹姫。その彼女に剣を教える師匠でもあるのだ。
「剣の腕は当然のこととおいても、君の聡明さと記憶力。それだけで声をかける根拠には足ると私は思う」
自分の人を見る目にかけて、ここ暫くでの最優良物件。ルゥパに取られてはたまらない。と言う本音もあった。
「ですが殿下、家柄や爵位など。全てを除けば結局。僕なぞには」
「……うん?」
「普段、剣の腕前の上達具合を見ても、たいした事はないと言う事実を踏まえると、いささか。殿下に対してお話しするには不遜であるかも知れませんが、それでも。僕には剣しか無いんです」
「悪いことでは無いと思うが?」
「他の才能など、皆無なのでは無いか。と考えております。殿下のお側付きとしてはあまりにも天賦の才が不足していると」
そう言い切ったロミは、その後もリンクはもとより、ルゥパの臣下になる事も無く。
そうこうするうちには家が没落し、リンクとルゥパの前から姿を消すことになった。
「せめて私の臣下となってくれていたならば。この手を、伸ばせたものを……」
リンクはそう言って、友人を救えなかった不甲斐ない自分をたいそう嘆いた。
兄妹揃って、リアクションはほぼ同じだった訳である。
その彼がロミと次に会うのは、環境保全庁の総督室。リジェクタ見習いとしてターニャの隣に立つ姿であった。
「ロミ、そのまま私の話を聞け! 今こうして見ていても、お前はなるほど剣士であろう、相も変わらず見事な太刀筋だ!」
ロミと鎧は双方、ジリジリと間合いを取りつつお互いにゆっくり左に回り込んでいく。
「だが。お前は剣士のみならず、今やリジェクタである事を努々(ゆめゆめ)忘れるな! 眼前の敵は。……そは、お前の大叔父御殿では無い!」
シュランっ! リンクは、先程抜くタイミングが無い。と思っていたサーベルを今度こそ引き抜く。
「そこな鎧は悪鬼羅刹の類だ、勝手に人の鎧を動かす、コソ泥も同然の悪辣な怨霊である! その者には鎧にしみこんだもの以外、騎士道などは無いのだと、再度改めて心せよっ!」
ヒュンっ! 勿論届く訳は無いが、リンクはその場でサーベルを一閃。
ロミはその音を聞いて構えを変えるが、今度は鎧はシンクロしなかった。
振りあがる鎧の剣と、動かないロミ。
――カィーン! あえて剣は出さずに右手の籠手で受けたロミは左手を突き出し、その指が何かを弾く。
ロミが弾いた“かんしゃく玉”は、過たず鎧の頭部へと命中。ごぉおおん、と周囲に鐘の様な音が鳴り響き、鎧の動きが鈍る。
ロミは籠手で受けた剣を押しやり、流す。
「モンスター風情が、大叔父様の真似事を!」
その機を逃さず、ロミの投げつけた剣は兜の眼の部分に吸い込まれる。
動きが完全に鈍ったのを見てもう一押し。いつ外したのか、左手の籠手を投げつけ兜に命中、鎧から兜が外れると動きが止まり、鎧はそのまま仰向けに倒れる。
「殿下、助かりました。――なんでこんなに状態の良い剣を持ってる」
ロミは、自身の剣を兜から引き抜きつつ、足元の剣を蹴り飛ばす。
「私は何もしていないが……」
「殿下のおかげで、僕が何者であるか。思い出すことができました」
「お前が何者であるか、……か」
バラバラになった鎧から、家紋の入った腕の部分だけを取り上げる。
「しかし。依頼の前に討ち取ったのでは、駆除料金が……」
「ターニャさんに怒られるかも知れませんが、この際お金はどうでも良い。――我が大叔父の名誉の為です。……この家紋を付けて狼藉を働かれては、うかばれない」
「……あっぱれだ。お前の友人であることを誇りに思う」
「センテルサイド家が現総領、リジェクタのロミネイル=メサリアーレ。ここにワンダリングメイルを討ち取ったり!」
ロミが誰も居ない街に名乗りを上げ、剣を鞘へと収める。
パチン、剣が収まった瞬間。鎧の剣を受けた籠手が二つに割れ、足元へとおちる。
「その籠手を剣で割る、だと……! ではやはり……」
「達人の業でした。正直、剣が止まったのは幸運でしか無い。……でも。ならばこそ、剣士でリジェクタと言う、僕の出番というもの」
――害獣駆除士センテルサイドの名は、そう遠くない将来に帝国全土に轟こう。そう言うとリンクも手にしていたサーベルを鞘へと戻す。
「お前でなくばこうも簡単には倒せなかったさ。――ターニャ達はどうして居るだろうか」
「ここで僕らがワンダリングメイルにあっちゃった以上は空振り、のはずですが」
――でも、ターニャさんだからなぁ。そう言ったロミにリンクも頷くしか無い。
この世の中。出鱈目の天才、ターニャの下には厄介ごとが次々舞い込む仕掛けになっている。そのことをこの二人は良く知っていた。