夜回り二人。ロミ・リンク組
同じ街中とは言え、ターニャ達とは完全に反対側。
ランタンを持った背の高いシルエット、リンクと、ルカと同じくマントを羽織った小柄な少年。ロミの二人が並んで歩く。
「見た目は可憐な少女、と言うことで良いのか?」
「聞いた話によればそうです。もっとも、僕はともかく、ターニャさんも直接見たことは無い。と言うことでしたが」
ルカは、あからさまに武装した女性が歩いているのは、いくら夜の街とは言えおかしい。と言う理由でマントに身を包んで出かけた。
さらに彼女の場合、見た目も含めてお嬢様の設定である以上。打突剣三本を持ち歩いているのが見えたら。それは確かにおかしいのではあるが。
一方。状況から行って、ロミが帯剣しているのは見た目におかしい事はなにもない。
それに、治安維持隊から誰何されようと、銀の冒険者章を持つ彼は、帝国王朝内全土で状況問わず、帯剣の自由を保障されている。
今晩に限って言えば「フィルネンコ事務所」の名前を出せば、鎧兜で武装していようがフリーパス。
「被害が増えた以上、二手に分かれることができたのは目が増えて良かった。私が足を引っ張るようなことになっては問題があるからな」
「若旦那が足を引っ張ることは無いでしょう。むしろぼく一人では不安だと、いうことなんでしょうから、この組み分けは」
ロミがマントを羽織っているのは、単純に。鎧こそ着てないが厚手の革手袋にガントレットとは言わないまでも、両の二の腕に籠手を着けてきたのと、腰の剣。
それが街中で見えるのはあまり良くない。程度の理由である。
その街中に関しても、現状すれ違う人など居ないのであるが。
「単純な剣技であれば、ルカ嬢にさえ劣る。ターニャに勝てるかさえも怪しいのは、これは事実だからな」
「帝国中を見渡しても、実績と実力。ルカさんに勝てる人なんか一握りでしょうし、対モンスターに限って言えば、ターニャさんは帝国王朝連合、いえ。事実上の世界ナンバーワンなんですから」
眉も動かさず、相手を滅多突きにして首を掻き切る謎の少女剣士、首狩りアルパこと算術の天才でもあるリイファ姫。
そして帝国リジェクタ筆頭を名乗ることを公式に許可され、剣の腕前も、突破率一割以下と言われる高難度で知られる、金の冒険者章の試験。それをたった一回で突破して見せた、出鱈目の天才ターニャ。
「それでも騎士としての剣技なら若旦那や僕の圧勝です。ルカさんはわかった上で、あえてそうしているようですけれど。ターニャさんと同じく、あの人も基本的には自由の剣。……あっちのチームは二人共、剣に型がありません」
その二人に稽古をつけてくれ。と言われたロミは、それぞれ三日と二日で音を上げた。
彼女たちには、彼が教えることが無いのである。
同じく優秀ではあるものの、いわゆる秀才の部類に入るロミには、天性の勘を持つ者達になにかを教えることはできなかった。
「……それはやりづらい」
「あの二人は天性の剣士、体は勝手に動きます。でも強く居られるのは本人が冷静で居ればこそ、です」
マントの中、知らずに剣の柄に手をややっていた自分に気が付き、――はぁ。ひとつため息を吐いてその手を放す。
「相手に読まれ、動きもある程度規制されてしまう。では何の為の型であるのか……」
「うむ、……確かにそう言う疑問が湧くな。どうなのだ、師範代」
「訓練されて身に染みついた動き。それは例え意識がもうろうとしようとも。剣を払い、目の前に迫った脅威をたたき切れるでしょう。――動揺したターニャさんが窮地に陥ったのを、若旦那は一度見ているはずでしょう?」
――大通りをそのまま、で良いですか? ロミは隣のリンクが頷いたのを見てそのまま歩く。
「それでもお二人には、自由という型がある。と言う言い方もできますが」
「なるほどな。剣で勝てん訳だ」
「そもそも若旦那とルカさんのお二人については、表面上の勝ち負けは意味がないとも思いますが。――ところで」
ロミが立ち止まる。リンクにもロミが何を話したいのかはわかった。
「あぁ、さっきの話か」
「えぇ。……ワンダリングメイルが出ていると」
「それを知らんターニャではあるまいな。……ロミの懸念はわかる」
つい先程。夕食を食べるために立ち寄った食堂で、リジェクタである。と名乗った二人に店の主人がそう言った。
「人形だけでも迷惑なのに、鎧までフラフラ歩いてるんじゃこっちは商売あがったりです。……旦那方。早いとこ、両方片づけちまって下さいよ?」
――本来はこれからが稼ぎ時だってのに。そう言うと主人は店の片付けを始めた。
「ワンダリングメイルが出ているとは、確かに公王様も仰っていらしたのですが」
「ならば尚のこと。ターニャであれば、無策はありえんな」
「あえて僕をリビングドール駆除のチーフにすえたのも……」
「今この時も、ターニャはワンダリングメイルの捜索にあたっているのやも知れんな。――だがしかしロミ、ものは考え様だ」
ロミは、ふと皇子の顔になったリンクと目が合う。
「……若旦那、なにを」
「所長が望んでいる以上、かまうことは無い。駆除を遂行し、名をあげよ。実績を作れ! センテルサイドの名を、百年に一度のリジェクタとして帝国中に轟かせよ!!」
「いや、あの……」
「世の中というのは結局名前と立場がものを言う。実績さえもないものは、なにかを言う事さえ許されんと言うのは、なにも宮廷内に限ったことでは無い」
――ロミ、お前には剣士としてのみで無くリジェクタとしても実力は十分あると私は考える。ロミから目を離すとリンクは少し遠くを見るようにする。
「お前に足りないものは実績だけだと私は見ている。……リィファが齢十三にして戦地にたつ決断を下したも、それなのだぞ」
――結局、アレは経験は積んだが。見える実績を残す事はできなかった。そう言いながら再度歩みを始めるリンクと、それを追う形になるロミ。
「戦場に首狩りアルパの伝説ができただけ。リィファとしての実績は結局のところ、財務主計局局長代理しかないのだ。それ故に宮廷内での発言力は、ルゥパを持ち上げる勢力によって逆説的に急落。居場所をなくしてしまった」
「ルカさんは……。いや、しかし……!!」
「妹は今、ルカとして実績を積もうと企んでいると見る」
「……企むって」
「企てる、と言い変えても結果は同じだ。アルパと違って、ルカの功績はあとで露呈しても賞賛しかされない」
「……なるほど」
「感心している場合では無いと言っている! 我が友人として、妹には負けないで欲しいと、そう言っているのだ! だいたいお前は普段から……」
だが、一歩前に出たロミは左手を伸ばして庇うようにすると、それ以上をリンクに喋らせることは無かった。
「……殿下、お下がりを」
二人の目の前に音も無く現れた、お金のかかった、それでいて軽そうで動き易そうな鎧。
その鎧はいかにも作りの良い剣を抜き放つと、決闘の前に相手に敬意を称するように。身体の前に捧げ持った。
鎧の隙間に見えるはずの身体は見えず、通りの向こう側が透けて見えた。
「ワンダリングメイル、だと……!」
「殿下。人でなくなってもなお、その器は人としての記憶を引き継ぐと。……そうお思いですか?」
――ばっ! マントをかなぐり捨て、ロミは剣を抜き放つと、鎧と同じく身体の正面に捧げ持つ。
「どう言う、事だ?」
「あの腕の紋章。アレは間違い無く我がセンテルサイド家がかつて子爵時代に使っていた家紋です。それを付ける鎧があると言うのなら、それは今の僕が使う剣の流派を興し、中興の祖として今でも語られる我が大叔父に他ならない!」
「ならば、ターニャが私やお前に、ワンダリングメイルのことを言わなかったは……!」
「そう、この事実を知った上で僕とあてたくなかったから、以外は無いでしょう。……あの人はそういう人です」
スチャ。ロミと鎧、双方が剣を構え直し、いつでも動ける体制で腰を落とす。
「但し。鎧の持ち主はおいても、考え方は間違っていない。型の無いお二人だったら、型にはまったワンダリングメイルなど楽勝」
「……ロミ」
「殿下、もう少々お下がりを。――同じ型を使う僕が果たして、数多の戦をくぐり抜け。流派勃興の祖と呼ばれる方に勝てるものかどうか……。俄然やる気になりました!」
ロミと鎧、ほぼ同時に一歩踏み出すと双方お互いの右へと回り込むべくさらに一歩ずつ足を進める。
「おい! ……ロミ!!」
「ご心配にはおよびません、殿下。おかしくなった訳では無いです。――僕はただ、自分の立ち位置。自身が何処に立っているのか、それを確かめたいだけですから……」
音も無くお互いの位置が少しずつ変わる。
「あくまでも剣の道から外れないおつもりですか。……ならば騎士なるものの本当の姿、見せて貰いましょうか!」