夜回り二人。ターニャ・ルカ組
街中とは言え暗い夜道。
ランタンを持ったターニャと、マントに身を包んで顔以外は見えないルカの二人が並んで歩く。
「そこまで深い時間でもないのに。誰も居ない街というものは、結構異質に感じるものですわね」
「きちんと統制が効いているな、さすがは規律で知られたシュナイゼル公国だよ。公王様のお触れひとつでこうなるんだからな」
「実際に人に被害が出てしまっては仕方がありませんわ。明日からはこちらの専門家の方も加わって頂けるとか」
「あぁ、まさかリビングドール相手に、しかも関係のない第三者に三人も被害が出るとはな。予想外だろうし、人の国とは言え。事前に防げなかったのは。……素直に悔しいなぁ」
包丁を持った等身大の少女の人形。言葉で聞くとそれはそれで不気味なのではあるが。
妖精を刈り尽くしたその人形の、一人目の犠牲者が女性だったため、あまり問題視はされなかった。
せいぜいが女性の一人歩き、複数であっても深夜帯の外出を控えるように通達が出たぐらい。
それも治安の良いシュナイゼルらしい対応であろう。程度に思われていた。
しかし、二人目の犠牲者が出たことで脅威の判定基準は一変する。
彼は初老の男性ではあったが元近衛兵。しかも治安維持の名目で帯剣を許可され、実際に剣を帯びて街頭の見回りに当たっていたのだ。
腕に覚えのある、武装した男性が被害者になったのである。
包丁の傷は確実に“急所”と言われる部分のみに残り、ほぼ即死であろうと診断された。
ターニャ達『フィルネンコ害獣駆除事務所』の“越境”が特に問題なく受け入れられたのはこの辺にも理由がある。
帝国ナンバーワンリジェクタなら、このような規格外のモンスターに対して思うところがあるのだろう、と誰もが考える。と言うことだ。
「見た目は少女で不自然には見えなかった。と組合から頂いた報告書の写しにはありましたが、お人形なのでは無いですか?」
「まぁ、理屈はわからんのだが。リビングドールになっちまうと皮膚やなんかは、何故だかそう言う意味では普通に見える様になる。だからかえって不自然に見える、とも言えるんだけれどもな」
そしてターニャ達が作戦会議をしていた昨日の晩、遂に三人目の犠牲者が出た。
警戒に当たっていた、警察組織に当たる公国治安維持隊の隊員。鎧こそ着ていないが剣の訓練をしたもの、その彼が犠牲になった。
問題はシュナイゼルの害獣駆除組合やターニャ達、専門家でさえ考えていなかった危険性。予想以上に機敏で、相手の動きを先読みして動く。しかも攻撃が正確。
今度も正確に急所のみに包丁と見られる傷があった。
リビングドールは、本来そこまで危険性の高いモンスターでは無い。
状況の確認後、即座にシュナイゼル公国では厳戒態勢が敷かれ、公王の名前で男性であっても深夜帯の外出を禁ずる声明を出すことになった。
それが最初のルカの台詞、誰も居ない街。に繋がるのである。
「今晩については、宮殿の衛士の皆さんが見回りに出て下さっているはずですが」
「明日からはこっちの専門家も総出だそうだ。パムの指示は的確だったな、それこそオークの戦士をダースで呼ばないと勝てねぇ」
パムリィとしては、オークやゴブリンを大挙して呼び寄せる。と言うのも腹案として持っていたのだが、それは人間に迷惑がかかるとして却下した。
「そんなにですの? 基本的にゴブリンもそうですし、オークとなれば相当強いのでは?」
「知性を持つモンスター、とは言え。あれらはおつむが少し、アレだからな。数がいる。……エルフは女王の命令だろうと、他の種族のためには動かんだろうし」
「なるほど。パムリィはアレなりに考えているのですね」
「人類領域にそんな数を呼ばれたらその後も大変だ。素直に帰るとは思えねぇし、パムだってそれを制止はしないだろうしな」
ターニャの持つランタンが、誰も居ない街路を光で切りとる。
「ロミと皇子には出そうなところに廻ってもらってる。あの二人は“ホンモノ”の剣士だ。少なくてもお人形には負けねぇさ」
昨晩の打ち合わせで腹芸の類を嫌うターニャには珍しく、ロミ、リンク組の廻るルートはリビングドールの出現率が高い、と思われる方へと誘導したターニャである。
「あたしらはワンダリングメイルを追いかけたいところだが、名前の通りに迷走してるんだよなぁ。出現位置がまるで読めない」
「なにが来ようと、ターニャはわたくしが守って見せましてよ」
マントの下には右の腰に打突剣、鎧が相手だと聞いてさらに今日の昼にエストック二本を買い足し、予備として背中に二本背負っているルカである。
「とまぁ、それはそれとすることとして」
「……なんだ?」
「わたくし、今回のこの組み分けにはたいそう文句があるのですわ」
「仕方がないだろ? 専門家はあたしとロミしかいないんだから分割するより他無い」
「リジェクタ免許という事ならロミ君だって、まだ正式なものは持っていないでは無いですか」
二人揃って申請はしたものの、ルンカ=リンディ・ファステロンについては経験不足。という至極真っ当な理由で審査さえされずに書類が帰って来た。
ロミネイル=メサリアーレ・センテルサイドは現在審査中、こうなれば例え審査で不合格になろうとも。リジェクタチームのリーダーの判断によっては、現場でリジェクタを名乗っても良いことになる。
双方正規の怪物駆除士で無いとは言え、立場的にはロミが一段上である。
――あのなぁ。額に空いている手をやったターニャはルカに向き直る。
「わたくしとお兄様でも、剣士としての腕に不足はありませんわよ?」
「もう良い、建前は抜きにする。いいか? ――いくらあたしでも、帝国の皇位継承権二位と三位をまとめてモンスターの前に出す訳にはいかねぇんだよっ!」
「そ、それはそうなのですけれど」
「あったり前だろ! だいたい、皇子とお前が二人きりで一緒に居るなんて事になったら、色々問題があるんだっての!」
「妹が兄を慕って、何処に悪い事があるものですか!」
「特にお前の場合は、複数の意味で悪い事だらけだっ!!」
「妹が敬愛するお兄様と一緒に居たいと思う。その感情はおかしな事ではありませんわ!!」
「お前のそれは、一般の意味とはだいぶ違…………。くそったれ、こっちだったか!」
「確かにお話の通りですわ。…………明らかに、不自然ですわね。アレは」
目の前にいつの間にか現れた少女は、フリルのあしらわれた白いボンネットを頭に乗せ、豪奢なドレスを着て低めのヒールを履き、ルカよりはやや年下と見えた。
その少女は、ルカの言うのとは裏腹におかしな所など無いように見えたが。
綺麗な輪郭、肌つやのいい顔にはやや低い鼻、小さな愛らしい口。ややウェーブのかかった、綺麗だが多少手入れの悪いと見える金の髪。
全てが整いすぎて明らかに不自然であった。
そしてあからさまに異常な箇所。
彼女はエメラルドブルーの瞳を発光させ、右手には牛を捌くような巨大な包丁を手にしていた。
「ちっ、今日はスウォードの類を持っていない……。ターニャ、出ないでくださいましな!?」
――バンっ。マントの前を開いて、横に伸ばした右手でターニャを庇いつつ、いつの間にか腰から抜いたエストックを左手に持ったルカが、その“少女”に誰何する。
「こんな夜中に、妙齢の女性が一人で出歩くのは感心しませんわよ? ……わたくしはルンカ=リンディと言いますの。お名前を聞いても良いでしょうかしら。――貴女は、どなた?」
「わたし、フランソワーズちゃん」