淑女のテーブルマナー
「正規の地図は明日貰えるとして。まずはこいつにパムの言ってた場所を落とし込むと。……むぅ、行動の方向性がもう一つ判らんな。完全にランダム。ってことは無い、と思うんだがなぁ」
街道沿いの一番大きな宿。
今回は宿から二部屋をあてがわれたので、男女に分かれたターニャ達である。
「ところで、皇子は何処行った?」
「ロミ君と一階へ食事に行ったまま、まだ帰って来ていないようですわ」
確かに1時間ほど前。隣の部屋の二人はそう言い残して、下のレストラン兼バーへと降りていった。
「ロミが飲んでんじゃ無ければ良いけどな」
帝国では厳密には飲酒の年齢制限は無いが、ざっくりと一六ぐらい。という暗黙の了解はある。
多少背は低いものの、物腰の大人びたロミであれば。
ワインやエールを頼もうが問題視はされないのであるが、それでも一五歳のロミがが公共の場で飲酒をして良いとはならない、と言う話である。
「お兄様が一緒でそれは有り得ませんわ」
「そりゃそうだろうさ」
――皇子 は固いもんな。そう言いながら、テーブルの上に資料を積み上げ地図を広げて何かマーキングをしながら、パンをかじるターニャである。
「で、お前はなんでいかねぇんだよ?」
「お行儀が悪いですわよ? 妙齢の淑女がはしたない。……今日はあまり沢山は食べたくないので」
同じく、テーブルにパンの載った食器と、ミルクのポットを載せたルカである。
「それにパリィの作ったミックスベリィのジャムを持ってきました。これがバカに出来ない程おいしいのです」
「お……。少しくれよ、それ」
ルカは持ってきたバスケットからジャムの入った瓶を取り出すと、蓋を開けてテーブルの上へと置く。
「はい、どうぞ……。だいたい、ターニャが夕食を取らないなど、どうしたのですか?」
「別に喰わない訳じゃ無い、厨房からパンとミルクは貰ってきたし、チーズもくれた。お前も喰えよ」
――貰うぜ。ターニャはジャムの瓶にスプーンを突っ込む。
「まぁわたくしもそうなのですが……。チーズも貰ってきたんですの?」
そう言いながら、ルカもターニャの前のチーズをスライスするとパンへと載せる。
「なにも言わんでくれたぞ?」
「よほど飢えて見えたのでは?」
「……どう見えてんだよ、それ。さすがにそこまでじゃないと思うがなぁ」
ターニャはジャムをパンに乗せると、そのまま口へと運んだ。
「アイツはお菓子作らせたら天下一品だな。お菓子屋でも開くか」
「ロミ君の研ぎ屋もそうですが。……何処まで業種を拡大するおつもりですの?」
「客はつきそうじゃ無いか、両方とも」
「儲かるかどうかは問題が別です。――ターニャはよろしかったのですか? 食欲が無いなら軽くワインでも……」
「食欲はある、腹は減ってる。でも別に飲みたい気分でもないし、だいたい今晩中に資料に当たっておかないといけないし。だったら酔っ払ってる場合じゃ無いだろ。……そうそう、厨房でパンとミルク、つったら、チーズと一緒にハムも貰ったんだ。喰うか?」
「何処まで食い意地が……。あら、おいしそうな。一切れ、頂いて良いですか?」
「シュナイゼルの名物にしようとしてるとかなんとか。少し厚めで良いよな? ――報酬が貰い物で悪いが」
切ったハムをナイフに突き刺すと、そのままルカに手渡す。
「……全く、ことごとくにお行儀の悪い。――報酬とは、何のお話ですの?」
ルカはナイフから外したハムを、改めて自分の皿の上で切る。
「ロミの件だ。色々気を回してくれたみたいで助かる。あたしはその辺、がさつだからな」
「……むしろターニャで無ければそういう気は回りませんわ」
――わからんね。褒められたと思っていいのか? そう言ってターニャは、自分の分もハムを切り分けるとパンに乗せる。
「わからないと言うならこのお話はここまでとしましょうか。……あら。おいしいハム」
「名物。なるよな? 十分」
「仕事が終わったなら買って帰りましょう、クリシャさんにも食べて頂きたいですわ」
「しかし、お前。良く気が付いたな」
「なんのお話ですか?」
「このワンダリングメイルの件だ」
公王の印が押された表紙の、薄い資料をめくるターニャ。
「だから、食べながら仕事をするのをおやめなさいと言うのに。――これでも一応、帝国王朝を司る皇家の皇女ですからね」
「なんだそれ?」
「昔、と言っても三〇年ほど前ですが、この地を本拠とするかなり大きな盗賊団があったのですわ」
「へぇ、知らなかった。……ハム、居るか?」
右手を広げたルカを見て、ターニャは残ったハムを口の中に放り込む。
「その本拠であったのが、来るときに通りましたわよね? 大きな橋」
「この街道の先だろ? あったな、橋」
「そう、渡ってきた渓谷。その谷底に盗賊の本拠があったのです」
――当然に、犯罪者の集団である以上、烏合の集ではありましたが一方。
――軍からのあぶれものや騎士崩れ、そう言ったものが集まっている集団であったのです。厄介な相手であることは間違いがありません。
――但し、当時の皇帝陛下は帝国軍の最精鋭、皇帝軍第一軍団全軍と、本国の宮廷騎士団全員を動員。これをことごとく鎮圧、殲滅しました。
――帝国全土に広がった被害は急速に収束、本拠を置くここ、シュナイゼルでも一気に勢力をそがれることとなりました。
「そして盗賊団を追い詰め、残すは本拠の数十名となったのですが」
「その話し方から察するに、面倒臭い連中が残った。と?」
「そういうことですわ。なにしろ傭兵の首領や元国家騎士団員、あろうことか元本国の宮廷騎士までが含まれておりました。わたくしを含めた皇家の人間が知っているのはそういうことです」
「……なるほどね」
「そしてその時に本国から騎士が数名、応援にきているのですが」
――はぁ。食事中だと言うのに、はしたないことですわ。ルカはため息を一つ吐くとフォークとナイフを置いて、ターニャの眺める資料のページを繰って指をさす。
「当時討伐に参加し、犠牲となった騎士の中に、ロミ君と同じ、センテルサイドのお名前があるのです。――そして報告書の、この部分ですわ」
「鎧の腕の、紋章?」
「昨日至急で頼んでおいたのですが、今しがた。エルから照会の結果が来ました」
「さっきの早馬はそれか……。若旦那につけとけよ?」
「結構です! それくらいわたくしがお支払い致しますっ! そうでは無く……。この紋章は間違い無く、アリネスティアの銘がまだ子爵であった時代の筆頭、センテルサイド家のもの。この鎧の“持ち主”はロミ君の大叔父様に当たる方。ロミ君とルゥパの使う剣。その流派を作られたお方でほぼ、間違いありません」
「早馬の件は冗談だ、経費に繰り込んでおいてくれ」
「……経費で、良いのですか?」
――情報だって対価が必要だ、悪い道理がねぇ。ターニャはそう言いながらミルクを注ぐ。
「しかし、鎧やら剣やら。コソ泥達に取っちゃお宝の山だろうに」
「そこですわ」
「……どこだよ」
「谷に降りる道は戦いの余波で崩れてしまったのです。残されたのは人一人が何とか歩ける程度の、小さな道とも言えないようなものだけ」
そう言いながらルカは、自分の使った食器をサイドテーブルのトレイに乗せ、ターニャの使っている部分を除いてキッチリ半分、拭き上げる。
「一部ロープを伝って上り下りするところもあると聞きます」
「なるほど、馬車も荷車も入れねぇ。運べねぇのか」
「そういうことですわ。その上、元より谷底は瘴気が吹き上がり、モンスター寄りの風土なのです」
「スライムまみれの中を、鎧の回収に行く、なんつーのは確かにイヤだわな」
「その上。、ご存じの通り盗賊は言うにおよばず。盗人の類については、シュナイゼルは取締も罰も、非常に厳しい国です。その一件がきっかけなのですが」
「せっかくモンスターのただ中で籠手を拾っても、無断で国外に持ち出す以外は必ず届け出が必要。確かに割に合わねぇな。……今でも鎧やなんかは残ってるって訳か」
「そういうことなのですわ。ですからワンダリングメイル、これの発生条件……」
「ちょい待ち。……とにかくさ、正規の依頼がかかってないことでもあるし。ロミにはワンダリングメイルの一件はこれ以上は黙っとけ、良いな?」
「まぁ、わたくしもそうしようとは。……どうしたんですの? 急に」
ターニャは残りのパンを口に詰め込んで、ミルクで流し込む。
「むぐっ! …………ぷはぁ」
「最後までお行儀の悪い……」
「のんびり出来ねぇこともあるさ、今日は見逃してくれ。――ロミ達が帰って来たようだ、打ち合わせ。始めるぞ」
ターニャはそう言ってミルクの入っていたカップをテーブルに置いた。
「ターニャさん、良いですか?」
ノックの音と共にロミの声が聞こえた。
「あぁ、開いてるから入ってくれ」
「ターニャさん達は夕食、食べないんですか?」
ドアが開いて、ロミとリンクが入ってくる。
「こっちは簡単に済ませた。喰ってねぇ訳では無いから心配要らん」
ターニャの食器を手早く片づけるルカ。
「ロミ。一つ、やって欲しいことがある」
テーブルの上に散らばった資料をまとめながらターニャ。
「なんでしょう?」
「今回の歩く人型の一件。チーフリジェクタをお前に任せる」
「ほぉ。良かったでは無いか、ロミ。遂に一人前だ」
「え? あの、えぇと」
「今後のことを簡単に打ち合わせするから、若旦那もそこに座ってくれ。……所長として譲れない部分だけ伝えるから以降の方針はロミ、お前からみんなに指示をだせ。良いな?」
「……みんなって」
「みんなはみんなだ。あたしの他は見習いのルカと、素人の若旦那しかいねぇ。――今回のリビングドールの件については。フィルネンコ害獣駆除事務所は、この不安以外感じねぇ、最低の四人でチームを組んで当たる」




