ご挨拶
2018.10.29 台詞の一部を変更しました。
2018.11.30 台詞、本文の一部を変更しました。
シュナイゼル公国、公王の居城。その前の巨大な門。
その前に立つ、空色のドレスを着たお嬢様と、トランクを持った蝶ネクタイに帽子の従者の姿。
「どうしてこの組合わせで、ここに来たんでしょうか?」
「こちらの専門の方の元へターニャとお兄様が回ったから。他に理由がありまして?」
ルカはしばらくぶりで縦ロールにした髪を揺らして、ロミを振り返る。
「聞きたいこと、わかった上ではぐらかしてます? さっきから」
巨大な門の横、通用口から衛兵の上着を着た中年男性が顔を出す。
「なにか用事かな? お嬢さん」
「お役目、お疲れ様で御座いますわ」
「あ、えぇと。用向きを伺おうか。――そもそもここは、公王殿下の居城なるぞ?」
「もちろん存じております。わたくしは、帝国本国のファステロンと申すものです。本日は、公王様にお目通りを願いたく、こうして参った次第ですの」
「話はわかるが殿下はお忙しいのだ。お嬢さんは、その……」
「あら、お約束ならば先日頂いておりますわ。……ロミ君?」
「あ、はい」
ロミが懐から取り出した書状を受け取ると、ルカは門番に広げてみせる。
「刻限はあと一時間ほど先ではありますが、お会い下さる旨、公王様よりお約束は頂戴しておりますわ」
「うむ、書状はホンモノのようではあるが。これは私では……」
「城の前で問答とはあまり体裁がよろしくないですね。何かありましたか?」
オリファ達の青の部分が緑になった制服。そしてオリファと同じく空色の飾り紐。
来たのは30手前の青年。公王の近衛である親衛騎士、その長であった。
「マルロイ卿、良いところにお越し下さいました。実はこのものが公王殿下に会いたいと申しておりまして……」
「お各人が到着する頃合であるので、お連れするよう殿下より仰せつかったのだが。――我は公王殿下の親衛騎士団長を仰せつかる、マルロイと申すもの。不躾ながらお嬢様のお名前を、お教え頂いてもよろしいか?」
「団長閣下。わたくし、本国よりやってまいりました。ルンカ=リンディ・ファステロンと申すもの。お目にかかれて光栄ですわ」
そう言ってルカはごく自然に膝を折って挨拶をしてみせる。
「わたくし如きにわざわざお気遣い頂いたこと、本当にありがとう存じます。団長閣下」
「マルロイ卿?」
「えぇ、構いません。こちらの方は、元ポーラス侯爵領の筆頭家、ファステロン閣下の唯一残られたお身内です。――部下に失礼の段あらばご容赦を。多少敏感になっておるものですから」
「既に銘も領土も帝国にお返ししたこの身には過ぎたるお言葉。例え誰が訪ねてこようと毅然として、それでいて、衛兵様に至るまで。わたくしの様なものにまで気遣いを忘れない態度。まこと公王様の居城の守りには相応しいですわ。これら全て、まさに公王様の人となりが成せるわざなのでありましょう。シュナイゼルが三公家の中にあっても基盤が盤石。と言われる理由、得心致しましたわ」
「こちらこそ過分なお言葉、光栄に存じます。殿下がお待ちです、我が謁見の間までご案内致します。――構いません。開けて下さい」
「は、直ちに! ――いいぞ! かいもーんっ!!」
ルカの背丈の優に三倍はあろうかという扉が、衛兵達によって開けられた。
「最後にお会いして、もう二年にもなりましょうか。リイファ殿下も今や立派な淑女におなりだ。……噂に違わぬ美しさ。爺ぃになりこそすれ、美しいお姫様が会いに来て下さるとなれば、これは嬉しいものですな。長生きはするものです」
「爺ぃだなどとそのような。公王様もお変わりないようで何より。二年前、本国宮廷での晩餐会以来、になるのですね。時の流るるは早いものです」
人払いをした公王の執務室。
服装こそルンカ=リンディのままではあるが、高貴なる姫君の顔になったルカと、帽子を脱いだチェックのジャケットのロミ。
ソファに収まった二人に相対するのは公王である。
公国の領主と一国の姫であるので一般的な立場ならルカが下。
但し帝国本国の姫と、その属国の公王。さらにはお互い皇位継承権を持つものの、ルカはその第三位。順位では二十位以上の開きがある。
この二人は圧倒的にルカの立場が上である。
「公王様、お手紙でお願いした件でありますが。お調べ頂けましたでしょうか?」
「殿下よりおたずねのこと、調べる限り。まこと、殿下の御懸念の通りであるようです」
――ふむ。公王から渡された書類の束にざっと目を通すルカ。
「ワンダリングメイルの目撃例が、先月から跳ね上がっていますね」
「恐らくは同一個体であろう、と言うのが我が国の専門家の見解です。しかし、帝国ナンバー1の駆除行者を帯同なさるほどでも無いのでは。とも申しておりましたが」
その帝国王朝ナンバー1業者が動かないと、自分も来られないルカである。
「所長のフィルネンコ卿とは普段より懇意にしておるところ。その彼女がこの一件、興味があると、そう言うものですから。故に事務員の方の名前をお借りして、公王様に無理を聞いて頂くために、こうして直接参りました次第です」
そこの事務員の名前を“借りて”リィファが来ている。
割合軽く単純な“設定”に拘るルカにしては、今回は結構手の込んだ事に成っている。
「公国の専門家の皆さんが、気を悪くしないと良いのですが」
「意外にも殿下はお詳しいようですから、ご存じやも知れませんが、アレは皆。関わりたがりません。……むしろ感謝されております」
「確かに。所長も、その様には言っておりましたね」
その部分は嘘では無い、ターニャから先日聞いたばかりである。
「しかし、なればフィルネンコ卿はなにに興味をもったものでしょうな」
「さて。……彼女は普段より。専門家としても、貴族としても、妙齢の淑女としても。少々変わっておりますからね」
自分のことは棚に上げるルカである。
「いずれこの件については、わたくしがお預かりし、きっと所長へと伝えましょう。――それと公王様、もう一つお願いをしておりました件。そちらは如何でした?」
「話はしてあります。会談が終わり次第、先程のマルロイに案内させましょう」
「お話を聞いて頂けたのですね? それは僥倖」
「リィファ殿下? ……なにを」
「色々お互いに面倒なので、貴方はルカのままで結構。――ロミ君にも後ほど説明をしましょう」
「……姫様には、むしろ私が感謝をしなければいけませんな」
「わたくし、特に何かをした覚えがないですが」
と言いながら、ルカには何のことを言われているかは良く分かっていた。
そして、きっかけを作ったのがターニャであることも。
「孫とは、もう逢えないものと思っておりました故」
「公王殿下、……僕は」
「良い。父譲りの精悍な凜々しい男になりおった。……大変なときに。なにもせなんだ儂が。殿下のおかげでその姿を見る事を許された、それだけで良い」
「公王様が気に病むことでは無いところ。お立場を鑑みれば、なにもしなかったことがむしろ、このロミ君の為でもあり。そこは当人も当然わかっています。そうですね?」
「はい、僕はむしろ公王殿下に、謝罪をせねばなりません。母上と妹を。形だけでも守らねばならぬところを、なにも出来ずに……」
と、ここでルカはあえて口を挟む。
「お二人とも、積もる話もおありでしょうが。なにしろわたくしは一時、席を外します。ロミ君、あとを頼みます」
「え? ルカさん?」
「失礼ながらリイファ殿下、私の対応になにか……」
「そうではありません。ですが公王様、女性自らに少々所用が……。などと言わせるのは。それは礼儀に反すると思うのですが、如何でしょう」
ルカはそう言うと、ロミと目を合わせ、公王から見えない側の口の端を釣り上げてみせる。
「ルカさん、なにを……」
「そ、それは気が付きませんで、とんだ無作法を……」
「構いません、人の生理など他人には知る由も無いこと。むしろ要らぬ気を使わせました。――いずれ戻りましたら以降、わたくしはファステロンという事で、ご対応をよしなに」
それだけ言うと、ルカは執務室を出て扉を閉める。
「ふぅ、――わたくしに出来る事があまりに少なすぎる。ルカで居る方がまだマシだとは、全くもって。なんたることなりや。マジェスティックプリンセス……。わたくしは、そうであるはずなのに」
「親父殿の葬式以来か。すっかり美しい淑女になったものだ。まさか女だてらに事務所を次ぐとはなぁ」
「あたしには他に出来る事も無いんで、その辺は……」
本国の、同じ看板をあげる建物よりはだいぶこじんまりした、シュナイゼル公国駆除業者組合。
そこに、フィルネンコ事務所の所長ともう一人が訪問していた。
「しかし、リビングドールだぞ。まさかこんな案件で帝国ナンバー1が出張ってきてくれるとは」
「ちょいと他に野暮用もあったんでね。まぁ気になることもあるんで、もし良かったら手伝わせて欲しい。と言うことなんすけど」
あまり広くない応接スペースに通されたターニャとリンクは、出されたお茶を啜る。
話の相手は、シュナイゼル組合トップの理事長。
「それは願ったり叶ったりと言うヤツだが、しかしそれ程の金額は……」
「あぁ、もちろん。うちが手伝わして貰うカタチだから気にしないで良いです」
「しかも四人で来て貰ったのに旅費も要らない、その上二人分で良いなんて……」
「やっと一人前になりそうなのが二人と、そしてこの人、ランクスさんは完全に見習いなんで」
この人呼ばわりのリンクではあるが、さすがに皇子が来る。とは言えず、モンスターに興味のある、さる高貴なお方のご子息をお預かりしてる。となっている。
当人はどうせ偽名にするなら平民にしてくれ。と言ったのだが。口調を変えても、物腰にお上品さが残る。としてターニャは許さなかった。
ルカの普段は、実はかなり高度なことをやって居る。普通の人間には「モード切替」は不可能だ、とはターニャも理解していた。
以前晩餐会で、逆のことをしようとして完全に失敗したターニャである。
「まぁ正直なところ。リビングドールならある意味ちょうど良いかな、なんて話なんで。事実上はあたし一人ってことですし、別に用事があるのも本当なんで」
“別の用事”の方は現在、ルカに全面的に任せてある。
多少問題があってもルカなら強引に用事を済ませるだろう、と言うのがターニャの考えであり、彼女の知る由も無いことだが、それはほぼ全うされていた。
「まぁ、所長に異存がないなら、こちらからはなにも。……しかし、先程の話だが」
そう言って理事長は、表紙に『フィルネンコ害獣駆除事務所』のマークの判子が押された報告書のページをめくる。
「等身大のリビングドール、まだ具体的な特徴なんかはこちらにあがっていないが……」
「妖精の中で騒ぎになってる。一般的なお人形なら被害はフェアリーやらコロボックルがせいぜい。だが、等身大となればブラウニーやらホビットにもおよぶからな」
「情報源が妖精とは初めてのケースだ。さすが帝国ナンバー1と言ったところか」
「その辺は、うちにピクシィが居る。ってだけですけどね」
彼らが出発する前の日にその情報は入ってきた。
等身大の人形が、夜な々々、包丁を持って妖精を襲っていると言うのである。
襲う妖精のあてが無くなれば、次の矛先は発生経緯にかかわらず人間へと向くだろう事はだけは明白。
そして悪い事には。
何故か包丁を手にしたそれは、人形であるにもかかわらず器用さがウリのブラウニーや、力自慢のホビットをねじ伏せるほどの“剣技”を見せるのだという。
現状、女王パムリィの判断により攻勢に出ることは却下。
どうしても離れたくないものを除いて、公国城下の都市部に住む妖精の類は、一時的に田舎へと避難を始めている。
つまり、公国都市部の妖精はここ数日激減している。人間に攻撃対象が移るのは時間の問題と言えた。
「なにしろゴブリンの大群などを呼ばれては困るからな。所長が妖精達の動きを押さえてくれるならば助かる。――明日もこれくらいの時間に来てくれるか? それまでに街の地図は人数分用意しておく」
「協力を感謝します、理事長」
「感謝するのはこちらだ、フィルネンコ所長」
ターニャと理事長が玄関口で握手をして、ターニャとリンクは組合をあとにした。
一番大きな街道を、宿へと向かうターニャとリンク。
「ターニャ、一つ聞いておきたいのだが」
「ん? なんだい」
「等身大の人形、と言うのは。それは元から等身大で作られたものなのか?」
――あぁ、なるほど。知らんよな。そう言ってターニャは、少し頬を染めてリンクから目をそらす。
「……ん? なにかおかしな事を聞いたか?」
「別におかしか無いさ。ピンと来るお人の方がおかしいんじゃ無いかね」
少し彼女の歩みが早くなる。
「ターニャ、もしも私が変な質問を……」
「そうじゃ無いさ、怒ってない。――説明しづらいって話」
ターニャは歩みを止めて、諦めた様な顔で振り返る。
「お人形の見た目の年齢は大概、ルカやクリシャくらいの女の子。やたらに精巧に作ってあって、皮膚や目玉、髪の毛。出来る限り作り物に見えないように配慮してある」
「……うむ、もう一つ判らんな」
「当然服を脱がしても、その“中身”だって技術の粋を集めて精巧に作ってある訳だ」
「……う、ふむ」
「そして、お人形の持ち主は、一般的には普通の大人の男だ。――具体的に説明するのはさすがに恥ずかしいから、この辺で察して貰えると嬉しいんだが。……どうだろう」
「あ! ……それは、つまり」
「うん。だからこそ、人間への執着、愛情、そしてそれが転化した憎しみ。――普通のお人形の比では無いんだ。一番厄介な相手だよ。……なにしろ、持ち主の愛情やらなにやら。一身に受けてきた存在なんだから」
「あぁ、ふむ。……な、なるほど」
大街道で顔を赤くして佇む二人であった。