表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/183

殿下のご意向

「フィルネンコ所長、お待たせを致しました。総督がお会いになります。直接総督室へどうぞ」

 そう言って、そのまま自分の前を歩く事務職員の服を見ながら。たいそう落ち着かない思いのターニャが後に続く。


 

 通常、アポ無しで環境保全庁を訪れた場合。

 散々待たされたあげくに、ロビーで五分だけ。ならまだ良い方で。

 代理の人間が出てきてターニャの話を一方的に聞くだけ、などと言う対応もざらなのである。


 かつてはターニャの父親と共に、モンスターの駆除リジェクトに走り回った彼ではあるが。今や帝国本国全土の環境にかかること、その全ては彼の管轄下にある。

 街道の石畳も、用水堀も。建前上とは言え彼の決済が必要なのだ。暇なわけがない。

 ターニャが普段バカにするほど暇ではない彼なのであり、そこは十分に理解しているつもりの彼女であるから、実はその辺については不満に思ったことはない。


 その彼が、なにも言わずに彼女に会う。と言うのである。

 ――ヤバい気がするな、これ。 

「所長。総督が中でお待ちです。――どうぞ」

 ターニャが不味いときに来てしまった気がする、帰ろうか。などと思って居るうちにも総督室へと通されてしまった。



「よう、変わりないようでなにより。わざわざご足労だな、四代目」

「ごきげんよう。本日も拝謁を賜り光栄です、総督閣下。…………あのさ」

 上着を脱いで帯剣ベルトと共にコートかけにかけると、なにも言われる前にはソファに落ち着く。


「ん、なんだ?」

「おっさん、今日は暇なのか?」

「んなわけあるか! ……ちょうど、お前に使いを出そうと思ってたところでな」


 ――これは絶対に良くない話をふるつもりだ! ターニャは嫌みのひとつも出ない挨拶でそう結論づけた。

「うーん……。そんじゃま、あたしはそういうことで……」


 総督は、腰を浮かし掛けたターニャに呆れたように声をかける。

「待てっ! 何をしに来たんだ、お前は……。そっちこそ忙しくはないんだろ? せっかくいれたんだ、お茶ぐらい飲んでいけ。先週、MRMの事務局からもらった高級品だぞ?」



「ん……、うちのとおんなじヤツだな、これ。シュレンドタウゼン法国の上級、だろ? 法国のお茶なら、特級よりもこっちのがあたしは好きだな。値段も特級の半分だし」

「わかるのかお前?」


「一応貴族様の端くれだし。多少は、な。適当にいれても良い味出るんだよ。特級だとその辺めんどくさいし、ルカがいれるんだったら特級よりも美味いくらいだ」

「意外な……。親子となると要らんところも似るんだな。――アイツも、お茶の銘柄にはうるさかったもんだよ」


「ん? そうなの? ……まぁ。父様ちちさまについては、おっさんの方がよほど良く知ってるだろうけどさ」

「まぁテルの……。おやじどのの話はお互い長くなる。――で? せっかく来たんだ、先ずはお前の用事を聞こうか、四代目。何があった」

 ターニャはお茶を啜りながら、出がけにパムリィから聞いた話を総督に繰り返す。

 



「リビングドールの大量発生、な。……シュナイゼルの環境保全局から情報が来ていないが。女王パムリィが言うならそうなのだろう。こちらでも当たってみよう。済まんな、助かる」

「ソレについちゃ、あたしはなにも。……情報の出どころはパムだし」

 ――まさか妖精の女王が協力してくれるとはなぁ。総督は自分の分のお茶を飲み干すとカップを置く。


「しかし、なるほど。それでシュナイゼルか。……話が繋がったな」

「なんだよそれ? ……あたしに用事ってのはなんだ?」

「リンク殿下から、近々シュナイゼル公国を視察しにいきたいと連絡があった」


「は? 皇子はもう知ってんのかよ。……パムんとこに情報入ったの、さっきだぜ?」

「連絡の内容が本当にそうかは知らんがな。……ただ、帝国領内でモンスター絡みの何かがあれば、半日であの方のお耳に入る様になっているのは本当だ」


 ――はぁ。ターニャは呆れた顔でソファに沈む。

「もうMRMの範疇なんか、とっくの昔に超越してるだろ。それ」

「ほぼ殿下個人のネットワークだろうな。……で、お前だ」

「意味わかんねぇ。あのさ、おっさん……」



「まぁ聞け。その直後に宮廷の皇宮管理局からも連絡があった。――もう内容は言うまでもないな?」

「なるほど。……皇子を止めてくれ。ってか?」


「そういうことだ。……ならば俺の用事ももう、わかったのでは無いか?」

「代理人はあるじが危険に晒されるのを事前に防ぐのが義務。話はわかるが」

 はぁ、ターニャはため息を一つ。


「ご当人は納得しねぇぞ、それ」

「それをお前から……」


「あー。無理無理無理! 今回はあたし如きが説得するなんざ、絶対無理だって」

 ターニャは大袈裟に手を振ってみせる。

「そこを何とか。――だいたい、お前がダメなら他の誰が出来るというのだ」


「そんなのあたしは知らん、おっさんが勝手に探せ。――だいたいだ。こないだの国営第一の件で“除け者にされた”っつってさ。もちろん、怒鳴ったりはしねぇにしろ。あの人なりに相当怒ってたの、おっさんだって知ってんだろ?」


 それを聞く総督も、うんうんと頷いている。

 それくらいは当然、総督でもわかっていると言うことだ。



「自分のネットワークで入ってきた情報、しかも本国じゃないとは言え三公家のお膝元だぜ?」


 ――私のこの目で確かめる必要がある、貴女あなたの頼みだろうが譲歩は出来ない!


「……なーんてさ。話を出す前から、なに言われるかなんて目に見えてる」

「まぁ、なあ」

 宮廷内では一番のモンスター通を自称するリンクである。

 絶対に折れないのは目に見えている。


「一応宮廷にもそうは言ったのだが、どうしても四代目おまえに……」

 ターニャが総督の言を遮る。

「うん、今聞いた。無理」


「お前なぁ、せめて話を……」

「皇子はああ見えて頑固な人だから、あたしなんかが余計な事すると、かえってこじれるぞ? ……皇太子おうたいし殿下ならどうだろう」


「お、皇太子殿下。だと……? お前、真面目に言ってんのか?」

「そこまでおかしいか? ま、頼めたとしても説得は無理だな。多分」

 一般的なイメージは冷徹で苛烈。何度か会ったことのある総督の中でもイメージはそうである。

 但しターニャのイメージは一般的なそれとは多少違った。


 そして先日の一件から、その“レクスの旦那”に対してもさえも。

 個人的なコネクションが出来てしまったターニャである。


「あ!」

「なんだ? 今度はなにを思いついた」


「第二皇女、ルゥパ姫ならどうだ! 妹に対しては甘々だろ? あの人」

 宮廷を離れた(いえでをした)ルカにも何くれと無く目を配り、見えないように気を使う彼である。

 妹二人を可愛がっているのは、なにも宮廷に居るもので無くても知っている話だが。


「モンスター関連に関してはルゥパ殿下はダメだ。ヘタを打つとご自身までが現場への臨場を望まれるぞ」

「なんなんだよ、それ!」

 ルゥパがロミと知り合いである事は知っているが、モンスター関連に自身の予算バジェットを全降りしている。とまでは知らないターニャである。


「もういいや、考えんのめんどくせぇ。……おっさん、この仕事。いくらだ?」

「俺が知るか! 帝国領内とは言え、シュナイダー帝国ほんごくじゃない、シュナイゼルの案件だぞ。管轄外だ!」


「明日の朝一で、公国の組合には組合長から書簡を出して貰う。……おっさんも各方面への根回し、頼むぜ?」

「まて! なにを考えた?」

 ――簡単だ。ターニャは立ち上がると、帯剣ベルトを腰に巻く。


「どうせ、オリファさん達の同行も拒むんだろうし。だったら連れて行こうじゃないか」

「は? なにがどうなるとそうなる?」

「リビングドールだろ? あたしも見たこと無いが、直接命の危機に瀕する可能性が少ない。つまり、危なくないからあたしの弟子として、現場に出てもらう」


「おい、弟子ってお前……!」

 ターニャが上着を羽織ると、振り返る。

「出張でモンスター退治すんだぜ? その後しばらく、おとなしく皇子として机に座って仕事をしててくれそう、なんてさ。思わないか?」


「……ガス抜き、な。――わかった。宮廷とシュナイゼルには俺の方からも話をしておこう。しかし、お前がそこまで気を廻すようになるとはなぁ」

「自然とそうなるさ。面倒臭い部下しかいないからな、ウチは」

 そう言いながらターニャはドアを開け。――ではごきげんよう。と言葉だけ挨拶をすると総督室を出て行った。



「立場が人を作る、か。……いや。アイツの場合は、リーダーの資質、テルの血。だよな」

 ――お前の娘は、お前以上に立派になりそうだぜ? なぁ、テルよ。自分のデスクに戻った総督は、大きくため息を吐いて椅子に沈んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ