専門家の鑑
「あぁ、そうでした。ターニャ、歩く人型もそうですが、ワンダリングメイルですわ」
「……? なにをそんなに拘る? 今んとこ、問題はリビングドールだろ?」
書類を入れるためのカバンを持って、出かける準備を始めたターニャにルカが話しかける。
「リジェクタの見習いとして、興味があると言っています。発生経緯としてはどうですの? 自然発生系、の話ですわよ?」
「なんだよ、急に。まぁリビングドールと基本的には同じ経緯をたどるわけだが……」
「大事にされた鎧? ……と言うことですの?」
「大事にってのは、ちょっと違うかな。……まぁ、専門家として勉強熱心なのは良いことだけどさ」
「ヘルムットの言っておった“アレ”か。中身のない鎧が動くのよな?」
キッチンから戻ってきたパムリィが話に入る。
「また連れて行かなかったつって。話、蒸し返すんじゃ無いだろうな?」
説得に多大な時間を要したターニャは、その過程を思い出してげんなりするが。
「あの件については、納得はし難いが理解はした、大丈夫なる。――我はワンダリングメイル、これに興味があるのだ。あまり近所に居なかったモンスターである故な」
国営ダンジョン緊急駆除の報告書。その控えを見てパムリィはワンダリングメイルに興味を持った。
どのくらい彼女が気になったかというと。直接、国営ダンジョンの管理人。既知でもあるコロボックルのヘルムット一家の元へ、直接“事情聴取”に向かったほどである。
事件の概要については、行かなかったパムリィもだいたい掴んでいると言うことだ。
それはターニャも、後に当人から話を聞いたので知っていたし、当然ワンダリングメイルに興味を持っているのは理解している。
「直接聞き取りにいったんだっけ? お前の真面目さには負けるよ」
「一応、これでも我は一族の 長 であるのでな。訳のわからぬものが周りをうろついているのは、それは困るのだ」
彼女が元々暮らしていた“お花畑”。それは国営ダンジョンから歩いて一時間ほどの距離しかない。
そしてそこでは今でも帝国内では最大級の妖精のコロニーであり、“家出”をしてきたパムリィではあるが、今この時でも妖精の女王である。
「 アイツ が見たのは 人為的作成 のヤツだ。見た目は変わらんが対処はだいぶん違う」
「駆動用の魔方陣は無さそうではあるが」
「うん、ないな。――あ、ルカ。さっきのノートにワンダリングメイルの項もあったはず……。おぉ、そこだ、そこそこ。パムも気になるなら具体的にはそれ、見といてくれ」
ルカの頭の上に降りたパムリィは、一緒にノートをのぞき込む。
「ワンダリングメイルも、さっきのリビングドールと同じような発生経緯をたどる。だから同じようなものとして、一緒の括りになるわけだが。……パム。この辺は前に話したような気がするが?」
「このノートは初めて見るが、その他の資料にはできる範囲で当たった。ターシニア、ぬしの口より改めて聞きたい」
「わたくしは聞いておりませんわ」
「お前らがヤル気になると怖いな、雨でもふるんじゃないのか? ……まぁせっかくだ。この際、組合長は少し待たしとくか。男との約束に多少遅れるのも淑女の嗜み、だそうだしな」
ターニャは鞄を置いて、上着を椅子の背もたれにかけると、腰に手を当てて話し出す。
その腰には、上着で隠れるようなショートスウォード。
銀色に輝く証の剣は壁に掛けたままである
――さって。どっから話すか。……いずれにしろ魂が籠もった鎧、って言う前提なわけだが。
――で、リビングドールには発生条件が、知られているだけで三つあるって話はさっきした。ワンダリングメイルも一応発生条件として、有力視されてるものは三つある。
――その一。時代は問わず、戦に参加し、最後の持ち主がその戦で死亡したこと。つまり客間に飾ってある鎧は動き出さない、ってわけだ。
――二つ目。うち捨てられた場所がその戦場であること。これは持ち主がその時点で生きてても関係ねぇ。脱いでから死ぬって事もある。
――そして最後。その持ち主が武芸に秀でたものであること。これは主観の話な?
――つまり騎士団長だった、とか傭兵の頭領だった。とかそういうことではなく。当人がそう思ってて、実際それなりの戦果を上げているということだな。
――弱点は、これは共通して頭。鎧の頭を外せればお終い、となるわけだが。
――そう、その通り。ルカお嬢様お察しのごとく、一筋縄ではいかないんだな。
――当然、戦で命を落とさざるを得なかった以上は、人間に対しては異常なまでの恨みと執着を持っている。
――妖精に対しては、リビングドールとほぼ同じ理由で絶対にスルーしないだろう。事実、報告ではそのような例が多い。
――ん? パムがその辺、気にするのか? あぁ、そうだ。そう言う意味で“中身”が入ってることもあるぞ。干からびた死体だったり、骸骨だったりパターンは様々だがな。
「完っ全に、モンスターではなく屍鬼怨霊の類ではないですか! 駆除業者に依頼をしてきて、わたくしどもにどうしろというのですっ!」
――あたしに怒られてもなぁ。ターニャは外出用に綺麗に編み込んだ頭に手をやろうとしてやめ、ぺちん。額に手をやる。
「だから。……リジェクタに依頼出すんじゃねぇ。と、毎回。こっちに関しては組合から依頼主に抗議してもらってる」
「あの組合長からの抗議にも全く聞く耳を持って戴けない、と言う理由は? 当然あるのでしょう?」
「魔道士が受けたがらねぇんで、やたらに金額が高い。ってこともあるしな。一体一〇、〇〇〇なんて依頼はざらだ。そりゃ、腕に自信があれば受けるだろうよ」
「そんな事より。動きはどうなのだ? 生前が腕のある剣士だとすれば。拝み屋風情にどうこう出来るものであるのか?」
「パムの話はもっともだ。そして、そこが魔道士連中がこの話を受けたがらねぇ理由でもある」
「ターニャ。それは、つまり……」
「そう、鎧を着た剣の達人が目に入るもをの全て皆殺しにしようと。そう思って夜の街を闊歩しているに等しい」
「そう。そこを聞きたかったのです。生前と動きが同じだと?」
「なに気にしてんだよ? ――まぁな。生前の全盛期の八割、と言われちゃいるが。なにしろ相手は一線級の騎士と見て良い。並みの魔道士では返り討ちになる道理だわな」
「ならばリジェクタに話をふってきますわね」
リジェクタはほぼ全員、アイアン以上の冒険者章を持っている。その上ルカやロミのような、経歴が“騎士崩れ”であるものも多い、
「お前が何故そこを気にするのか良くわからんが、ま。そういうこと」
「出ているのがシュナイゼルと聞いては、気にしないわけには行きませんわ。先程のお話、覚えておいででしょう?」
「今んとこはリビングドールの話だよ。――それにシュナイゼル公国の仕事が フィルネンコ事務所 に付託されるんじゃ、それこそ大事だぜ?」
「……それはそうなのでしょうけれど」
「話はわかっけどな……」
ターニャは時計を見やると。――おっ、いくら何でもこれ以上はヤバい。そう言って上着を羽織ると鞄を肩にかける。
「組合に行って、その後ちょっと。環境保全庁のおっさんに今の話、してくる」
「出がけにすみませんでした。いってらっしゃいませ、所長様」
「気をつけてな、ターシニア」
「そんな忙しくないし、エルとパリィはキリの良いところで帰ってもらってくれ。その帳場は明後日まであがれば良いんだよな? ――なら、お前らもロミが帰って来たら、今日は終わりにしちゃって事務所は閉めちゃえ。……あたしも日暮れの前には戻る」
ルカとパムリィにそう言い残すと。
ターニャにしては珍しく、多少慌てて出かけていくのだった。




