妖精の噂
「お前の仲間みたいなもんだろ?」
「仲間と言うには無理があろ? 人間の関与が無くばそもそも発生せんのだ」
昼のフィルネンコ事務所。食事が終わって今は銘々、自分のデスクでお茶を啜っているところである。
「一応括りはモンスター、って事になってるんだが……」
「人間の決めた括りなる。我の知るところではない」
「……そりゃそうだ」
「それはそれとして。――パムリィ、話の程は確かなのですか?」
外に出たもの達はまだ帰って来ていない。
エルのみ、一度帰っては来たが。持ちきれなかった買い物を引き取るために、食事を手早く済ませると手伝いは断り、再度出かけていった。
「うむ、帝都周辺では無いにしろ。近隣でそのような事象が起きると、我らのような弱い存在には危険である故な。情報は正確であると思ってもらって良い」
「うーん、どうしたもんかなぁ……。一応、帰り足で環境保全庁に寄ってくるかぁ」
「歩く人型やら彷徨う鎧……。人の念が籠もった人形や鎧、と言う理解で良いのですか?」
資料を眺めながらそう言うのはルカである。
「そう言えばワンダリングメイルは先日、国営第一の件で遭遇したのですわよね?」
「名前は同じだがな、発生経緯はまるで違う。あれは人為的に作られたもので確定だ」
先日、国営ダンジョンの緊急調整。と言う名目で発注された依頼は、危険なモンスターが異常発生した練習用ダンジョンから、取り残された人達を救助する。
と言う事実上の救助要請だった。
その中でターニャの遭遇したワンダリングメイル。
事後の調査の結果、鎧のなから複数の駆動用魔方陣や、動力源としての魔力の込められた石が発見された。
人為的に作られたものであった、と言う事である。
またワンダリングメイルが守っていた魔方陣についても、自身の駆動用だけでなく、そこから強いモンスターを転移させていたらしい痕跡もあった。
但し、どこからどうやって転移させたのか、そこは巧妙に隠されており結局わかっていない。
高位の魔道士や魔物使いが関与しているのは確実である一方、容疑者は不祥とされ、今も帝国王朝全土に渡って騎士団が直接調査をしている。
ダンジョン自体はその後、完全に駆除、調整がなされ現在は元通り、初級冒険者やリジェクタ見習達の練習場として機能している。
ターニャがリンクから聞いている、その後の顛末はこうである。
場所が本国王宮の目と鼻の先、結構な大事件であった。と言うことだ。
「ほれ、ここな?」
ターニャは自分のデスクを離れるとルカの後ろに回り、彼女が眺めていた資料のページを繰って指をさす。
「……? 発生経緯によって二系統、ありますのね?」
「だからあれは 彷徨う 、では無く 操られた鎧、と言うことだ。もちろんそんな名前は無いがな。当然対応は変わってくる、お前もプロだかんな? 覚えといてくれ」
「ふうむ。違う名前を付ければわかりやすいのでは無いですか?」
「そんなたくさん出る訳じゃないからな。自然発生系と人為的作成系の二系統ある。とわかってれば良い。……分類だの名前だの、それこそ学会の先生方の仕事だ、っつうことさ」
――ところでだ。ターニャは、そのルカのデスクのうえ。奥におかれたデスクに付いているパムリィに改めて声をかける。
「自然発生したものが本国の隣、シュナイゼルで結構な数でていると?」
「そうだ。我々妖精は、何故だかあの類のヤツらには嫌われておるらしくてな。フェアリィ、ピクシィは言うにおよばず、コロボックルやらブラウニィやら、人の近くに住む者が軒並み被害を受けておる」
「戦うんじゃなかったのか?」
「当然そうなるのだが、100匹単位のゴブリンやオークの戦士などを人類領域に、意図的に呼び寄せるのもどうかと思うてな。我が事態を把握するまでは、事態を静観するよう伝えた」
一応パムリィとしても、人間に気を使ってくれているモノらしい。
「それにな、不利益があるは人間も同じぞ。むしろヤツらは人間こそ標的にするのだからな」
「そうなんですの?」
「成り立ちとすれば、必然そうなるわな。例えばさっきのパムの話にあったリビングドールだ」
――彼らは何十年もの間、存在を忘れ去れた高級なお人形さんに魂が籠もったものだ。と言われてる。
――その辺の具体的な発生経緯は、実はまだ良くわかってないんだけど、それはおいといてだ。
――そのお人形さんが意思を持ったとして。……ルカ、お前ならどうしたい?
――だろ? 当然元持ち主や、家族の元へと向かう。それは当たり前だ。
――でもだいたいはそうならない。何故か?
――高級なお人形が、壊れたわけでも汚れたわけでもないのに、しかも捨てられもせずに何十年も放置されるとしたら。
――そ、もう既に。持ち主の家系自体が無くなってる可能性が高いわな。
「……だとしたら」
「放置されていたとしても、主人やその家族に接触できた場合、愛情を持っていると思われる言動を取る事が多い。とクリシャに聞いた」
――あたしは直接、見たことないんだけどな。そう言うとターニャは手に持ったカップに口を付ける。
「言動って、……喋りますの?」
ちょっとルカの顔色が悪くなる。
「そういうこと。――だからあたしはこの手の案件は、拝み屋とか、いつもの魔道士のババァとか、あの辺の仕事だ、つってんだけどさ」
もはや心霊現象の類ではあるのだが、リビングドールもモンスターの扱い。
なので、基本的に浄化や調伏の対象ではなく。駆除依頼として駆除業者に依頼が来るのである。
「ターシニア。ちなみに家族を見つけた場合はどうなる?」
「ちょっと見た目はアレだが、最初は和やかに話が進む場合が多いらしい」
ルカが話しに割って入る。
「なんで、最初は。と、わざわざつけましたの?」
「わかったなら聞かなくても良いんじゃ無いか? 話をしているうちに放置されていた過去をだんだん思い出して……。と言う定番パターンだな」
「わ、わたくしは決してウェンディちゃんを放置しているわけでは……」
「あぁ、なるほど。宮廷においてきた人形があるのか。――はっはっは、大丈夫。普通はモンスター化はしない」
「……? 条件が、あるんですの?」
「大事にされていたことは絶対条件。……その上で。彼や彼女のおかれたお屋敷で、大規模な刃傷沙汰があったこと。そしてその顛末に自らの持ち主が関わっていること。かつ、モンスター寄りの風土であること。以上三点だ」
――何でもかんでも全部モンスターになんか、成られてたまるか。ぽん。とルカの肩に手を置くとターニャは自分のデスクに戻る。
「大規模と言っても人数が決まっているわけではないが、お屋敷全部が惨殺されるみたいな規模が必要であるらしい。とすれば使用人含めて20人は必要ってトコかね」
カップを置くとターニャは、自分のデスクを片付けながら、さらに話を始める。
――かつて宮廷内で刃傷沙汰は、ま、長い歴史もあるこったし。もしかしてあったかも知れんけど。誰かから引き継いだのかも知れねぇが、でもお前の人形の主人となればそれはお前自身、でもお前はここでこうして生きてる
――そして当然。ここにこうして生きてる以上は、リィファ姫は犯人でなければそれに関わっては居ない。
――さらに宮廷のあるあの土地は、我々リジェクタはもちろん、どの魔道士や拝み屋が見ても、完全なる人類領域。モンスターが自然発生する余地がそもそもない。
――うちの事務所に持ってくる方がよほどヤバいさ。
「以上を持ってお前の人形はモンスターにはならず、恨み言も喋らない。――ま、せっかく待ってるんだろうから、帰ったら優しくしてやれ」
「あ、あの子がわたくしに、恨みを。も、持つなどと、考えられませんわ。……おほ、おっほっほっほ……」
ルカは扇子を開いて顔を隠すと、高笑いで話題から逃げた。
「普段、城に居る間は、人形に八つ当たりしておったのではないか?」
「……そんなとこだろうな。――だから人間そのものや、それに近い位置で共依存の関係にある妖精、これらは嫌う傾向にある、……と」
――あぁ、あったこれこれ。ターニャはクリシャが書いたらしいノートを引っ張り出す。
「自分の居場所。あの様な連中でもそれは欲しがるものなのだな。人の事は言えぬのだが」
パムリィはカップを持ってふわり、と浮かび上がる。
「むしろうそういう連中だからこそ、なんて言うか。人間が大好きなんだよ。逆説的に隣に居たいからこそ人間が襲われる。ややこしいこっだぜ。考えれば考えるほどリジェクタ向きの相手じゃねぇよ……」
「確かに、単純に暴力で解決するのは難しそうなる。――ふむ。あやつら、確かに幽鬼心霊の類のようだが。なればそれをどう処理するのだ?」
キッチンへとゆっくり移動しながらパムリィ。
「人形を粉砕すればお終い。魂の籠もった部分がわかるならそこだけでも良い。だいたい目玉とか髪の毛、頭丸ごとなんて実例もある。と、資料には書いてある。――パム、おまえ何する気だ?」
「ぬしの思うてあるようなことはなにもせん。……ブラウニーやら床の下の小人達に弱点くらい伝えておいても良かろうよ。――間もなく再度伝令が来る故、こちらからは攻勢に出ないよう重ねて伝える」
意外にも。人類領域に住み着いているモンスター達は、スライムや吸血蝙蝠の類ばかりではない。人間の気が付いて居ないモノも多いのである。
「心配にはおよばん。さっきも言ったが、基本的には逃げるように。と、初めからそう言ってある」
「そうしてもらうと助かるよ」
いくら隣国とはいえ、帝国王朝内である。
モンスター大戦争など起こっては。ターニャ達、本国のリジェクタもただでは済まないのは間違い無い。