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プロローグ








どこにでもあるような二階だての自宅の一室。

男一人で過ごすには十分な広さのある自室。


テーブルの上にはいくつものの雑誌類が積まれ時折置きっぱなしにしている携帯の通知が鳴っていた。



「かしゅさん、誕生日おめでとう。プレゼント是非着てね……送信っと」


おもむろにベットから動きだした俺は約12時間ぶりに携帯を手にとって、数少ない気を許せる友人であるかしゅさんに誕生日を祝う言葉を送った。


返事を待つ間に今までのやり取りを読み返しつつ、その時の状況を思い出しながら一人笑っていると3分もたたない内に通知音が響く。



"いつもありがとう"


たった一言。いつもどおりのスタンプも顔文字もない返事に頬が自然と緩む。あのキツい目つきをした友人は今どんな顔をしているだろうか。


「学校じゃあ一番気楽でいれる友だちだからなあ」


彼方朱(かなたしゅう)こと、かしゅさんの顔がぼんやりと浮かぶ。

程好く焼けた肌色、ふっくらとした唇。目はややつり目で少しいやかなり目付きはキツいが、それなりに整った顔立ちは凛々しいながらも時折見せる笑みにはまだあどけなさが残っていて。


身長は約160㎝ほど。地頭が良いからか勉強も運動もそれなりにこなす。テストの順位は上から数えた方が早い。成績優秀で生徒としての模範でありまさしく優等生と呼ぶにふさわしい。


と、言いたいところではあるけれど品行方正とは言い難い一面があることを知っているが故に模範的な生徒とは言えない。


しいて言うならばかしゅさんは狂人だ。かしゅさんは変わっている。そして強い。肉体的にも精神的にも。平和主義(笑)ですと言いつつもちゃっかりクラスで裏ボス的立ち位置にいる。なんて野郎だ。

そんな狂人は今日6月13日が誕生日だった。


どういたしましてと返信すると直ぐに既読の文字が表示される。



"ところで、明日はくるよね学校"


疑問符がないのは気のせいかな。うーんと唸っていると数秒後に更に"君の誕生日なんだから"と続く。



"えー面倒くさい。というのは冗談でそんな風に祝ってもらうのが初めてで困惑してる"


"でっていう。いいから来なさい"


有無を言わさないとはまさしくこのことだろうか。

なんと返事すれば良いものかと再び唸っていると返信する間もなくピコンと通知がなる。



"誕生日くらい祝わせなさい"


"うぐう分かったよ、ちゃんと行くよ"


そこまで言われたら行くしかないじゃないか。素直じゃないような素直なような言葉に観念しましたの意を込めて返信する。



「あれ、サイズ合ってたらいいけど」


ふと顔を上げると正面の壁にかけっぱなしの作りかけの衣装が映った。誕生日プレゼントとしてかしゅさんに渡したコスプレ衣装を思い浮かべる。もちろん、made in 主奇ですが何か。思い立ったら迅速に。でなきゃ忘れてしまうので、直ぐにサイズは大丈夫そうかと尋ねてみることにした。



"ところで、かしゅさん"


"なんぞや主奇さん"


"サイズ大丈夫そうですかね"


"しね"


サイズピッタリだったみたいで何よりです。



「誕生日もかしゅさんは変わらないね」


普段と変わらない通常運転っぷりについ笑ってしまう。死ねじゃなくてしねって打つとことか本当にかしゅさんらしい。明日誕生日ってだけでわざわざ約2時間もかけて学校に行くのは祝わってくれるとはいえ、正直面倒くさい。

けれどサイズをどうやって知ったと詰め寄ってくるかしゅさんを想像したら面白すぎた為これはもう明日は行くしかないだろう。


ピコンと通知が鳴る。



"ちょっとコンビニ行ってくるバイバイありがとう"


"へーい、ツンデレかしゅさんばいばい"


"机の角でこめかみ強打して一生眠ってればいい"


"それ遠回しにしねって言ってるよね、なにやだこの人怖い"


机の角でこめかみって。そんなことしたらこの世界とサヨナラしちゃうよこれ。遠回しにしねと言われた俺はあらやだ怖いと返信しつつ、込み上げてくる笑いに肩を震わせた。



"うん幻聴かな。明日から空気椅子がんばって"


"ごめんなさい僕が悪かったです許してくださいどうかご慈悲を"


これはあれだよな遠回しにお前の席ねえからって言われてるよな、なにその地味に辛いやつ。流石かしゅさん言うことがえげつない。



"明日ちゃんと来たら許してやらないこともない"


"分かったよ観念するよかしゅさんの仰せのままに"


"宜しい。おやすみなさい"


"おやすみー"



おやすみの挨拶を最後にトーク画面を閉じる。

ディスプレイに表示された時刻は17時24分を告げていた。



「さあてこっちもコンビニに行きますかね」


今日は何か麺類が食べたい。冷やし中華はもうやっているだろうか。まだ見ぬ夕食に思いを馳せながらうーんと軽く頭上で手を組みつつ体を伸ばす。携帯はポケットにつっこんだ。ベッドに放ったままだった財布も手に取って近くに脱ぎ捨ててあったグレーのパーカーを羽織る。


目指すは2ヶ月前からイケメンが働きはじめた近所のコンビニ。

場所は家を出て10分ほど道にそって真っ直ぐ歩いた先だ。









「冷やし中華あった、よし」


10分後、何の問題もなくコンビニに到着した俺は真っ先に奥の麺類コーナーへと急ぐ。コンビニというだけあって品揃えは豊富だ。無駄な出費は避けたいので買うものがないコーナーへは近寄らないようにしている。


残り少ない冷やし中華の一つを籠に入れた。あとは明日の食糧になる飲み物とパンを二つ三つ買い置きしておきたい。

他の商品に目をくれることもなく飲み物コーナー向かうとミルクティーとオレンジジュースのボトルを手に取った。二つとも実はかしゅさんが好きな飲みだったりする。あげるつもりはないけど。


それからパンコーナーでメロンパンとカレーパンを突っ込んだ。奪われないようかしゅさん対策もばっちり。

メロンパンは最近リニューアルしたらしくかしゅさん曰く不味くなったと。このカレーパンも激辛なので甘党であるかしゅさんの胃の中におさまることはないだろう。

代わりにかしゅさん用として視界に入った新商品と書かれた抹茶味のパンケーキを籠に入れてあげた。



「……冷やし中華、ミルクティー、オレンジジュース、メロンパン、カレーパン、抹茶味のやつ。よし」


念のため籠の中身を確認してから直ぐ傍のレジに向かう。



「こんばんは。今日は何時もより量が多いですね」


何時もの如く声は頭上から降ってきた。顔をあげるとそこには例のイケメンの姿。制服でさえ着こなしている姿を見るたびに心の中でイケメン滅びろと唱える。

どうやらこのイケメンはレジで待ち構えていたらしい。



「冷やし中華は温めますか」


「やめてください」


なんて冗談か本気なのか判りづらいことを言いながらも手早く袋のなかに商品を詰め込んでいく。此処で働きはじめてから2ヶ月とは思えない手際の良さだ。

思わずじっと眺めていると恥ずかしそうにイケメンは笑う。イケメンは何してもイケメンなようだ。腹立たしい。



「全部で1050円になります。おしぼりとお箸はつけますか」


「お願いします」


以外としっかりしてるんだよなあ。顔だけじゃなくて仕事まで出来るとか……とまあかなり本人に失礼な感想を抱きつつ、50円のお釣りを財布にしまってイケメンが差し出す袋を受け取った。


ここでばっちりと目が合う。



「仕事早いですね。このままいけば店長の座も狙えますよ」


いきなり逸らすのもなんなので軽く冗談を交じりに手際の良さを誉めてみた。


「じゃあロックオンしちゃおうかなって言いたいところなんですけど今日が最後なんです。此処に立つの」


短い間でしたけどありがとうございました、と口にしながら申し訳なさそうに眉を寄せる。くっそイケメンだなおい。



「ということは辞めちゃうってことですか」


「はい。今日まで働かせていただく約束でしたので」


女性客が離れていくんだろうなあ。声には出さないが他人事のようにそう思う。なんでこんな中途半端な日に辞めるのかとも。

それを察したのかイケメンは言いづらそうに頬をかきながら口を開く。


あ、これもしかして長くなるぱてぃーん?



「実は今日が誕生日なんです、彼女の」


「滅びよリア充」


「えっ、あっいや彼女って言ってもその」


「滅びよリア充」


「うっ……なんかすみません」


"彼女の誕生日"その言葉に全てを悟った俺は咄嗟に非リアの呪文を唱えた。とっとと滅べこのリア充めが。ノロケてくれてんじゃねえ!



「そう思うならノロケないでください」


「やだなあノロケてないですよーそれでですね……」


「まだ続けるんすか」


「あと2時間後くらいに彼女と会う予定なんですよ。俺もう楽しみで仕方なくってもうね、時すでに心臓ばくばくいってます」


「ねえ話聞いてる?ねえ」


やだこいつメンタルくっそ強い。鋼か。


「ただ彼女、ちょっとドライな子なんで受け取ってもらえるか少し心配なんですよ」


「無視ですか、さいですか無視ですかあれっなにこれ辛い」


「でも重要なのはやっぱり気持ちじゃないですか!一生懸命になればきっと彼女も喜んで受け取ってくれますよね!!」


「知らんがな」


つい本音がでる。しまったと我に返った時にはもう遅かったといえよう。辺り一面に静寂が訪れる。気まずい。凄く気まずい。



「えっといやあのその、すみません言い過ぎました」


「いえ、こちらこそ大変失礼致しました。申し訳ございません」


あまりにも耐え難い気まずさに言い過ぎたと口を開く。

こんな状況に耐えなきゃいけないくらいならまださっきのテンションで話してもらった方がいいと心の底から思いはじめた自分に店員も申し訳なさそうに謝罪する。なんだろう余計に気まずくなった気がした。


あの、


「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」


もう一度話しかけてみようとすれば食料品の詰まった袋を渡された。真面目な性分なんだろう。店員の表情はどこかぎこちなかった。

それもそうだろう。彼女の誕生日だからといって彼は少しいやかなり浮かれすぎていた。



「で、上の電子レンジであたためてるのはなにかな」


「商品です」


「それは分かってんのよ。商品名は商品名」


「冷やし中華です」


「俺はあたためてくださいなんて一言も言ってませんが」


「申し訳ございません」


俺が買った冷やし中華をあたためてしまう程に。

バンッと響き渡る破裂音。




「あっ大丈夫ですよ」


「あっじゃないからね?どう考えても大丈夫じゃないよね?今の明らかに爆発したやつだからね?」


「大丈夫ですよ!」


「ねえその無駄な根拠どこから沸いてくんの教えてオニイサン」


オニイサンは申し訳なさそうな表情から一転して大丈夫だと自信たっぷりにぐっと親指を突き出す。なんてやつだ。ポジティブすぎる。


「大丈夫ですけど、念のためお取り替えしましょうか?」


「どう考えても大丈夫じゃないですよねそれ。はりーあっぷでお願いします」


多分でも恐らくでもなく大丈夫だと断定してしまうほどのポジティブさに怒る間もない。


「了解です。あっ中身回収お願いしてもいいですか。自分替えの冷やし中華持ってきますので」


「あーはいはい了解です……ってはい!?」


「ははっやだなあ冗談ですよ」


了解ですと反射的に返事をしてしまったところで再度我に返る。あまりにも自然にナチュラルにごくごく普通に言われた為ついそう答えてしまった。ほんとうに、なんてやつだこいつは。


ははっと何事もなかったかのように笑った店員(イケメン)は麺類のコーナーへと小走りで駆けていく。ぱちぱちと数回瞬きをするうちにその手には冷やし中華があった。今度こそチンなしで無事持ち帰りたいものである。



「良かったですねお客さん、これ最後の一個ですよ!お箸は何膳お付け致しますかっ」


「いや別になにも得してませんけどね。一膳お願いします」


「そうですか?最後の一個ですよ、なんかテンションあがりません?大変お待たせいたしました。またのご利用をお待ちしております」


「やだなー自分最後の一個が欲しい訳じゃないんだけどなーありがとうございます」


といった一連のやり取りを終えてようやく無事袋に詰められた冷やし中華を受け取った。うん、なんかこうすごく疲れたと思う。よくやった自分。


「どういたしましてです。気を付けて帰ってくださいね」


……もうなにも言うまい。突っ込んだら敗けだ。そう突っ込んだら敗けなのだ。噛み合わない会話は無かったことにして出入り口の方向へ体を向けた。


「うわあ、中身えげつないことになってそうだな」


店員(イケメン)が程なくして電子レンジとにらめっこし始めるのも構わずにすたすたと足を進める。ペットボトルが地味に重い。



「佐々李さんになんて言おう…冷やし中華あたためました?」


はっきりと聞こえる独り言にも構わずに出入り口前の床に敷かれた赤マットまで足を進めた時、ガチャンと電子レンジの扉を開ける音がした。

ほぼ同時にちろちろりーーんと出入りの際に鳴る音が響く。





「うっ、あああっ」


それよりワンテンポ遅く奇妙な声が耳に入る。

瞬時に振り返えれどもどうやらそれは時すでに遅しだったようで。


「なんじゃこれはああああああああ!?!?」


黄色、黄色、黄色、黄色、ピンク、緑、黄色、赤、黄色。

振り返った先には鮮やかな色、色、色。そのさらに後には甘酸っぱい液体が波のように此方へと迫っていて。



「は、なんであかないの!?くそがっ」


目と鼻の先にある扉は開かない。センサー壊れてんのかな。最悪なタイミングだなあおい。



「うげるぉぼぼぼぼぇろろろろろろろろろろろ」


ばっしゃあっん。次々に襲いかかる波波波。つーんとした甘酸っぱい香りでむせかえってそのまま徐々に息が出来なくなる。ぼやける視界。手足はとうにコントロール出来なかった。










恐らく十も数える間もなかっただろう。抵抗虚しく自分は冷やし中華の波々に呑まれたのだった。


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