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ぼくは制服くん。

 それから、一週間が過ぎた。僕はこの奇妙な土地に適応しつつあった。

 毎朝、僕は七時に起きた。起床後に口をゆすいでから、部屋を出て朝食を摂りに寮内にある食堂に向かった。そこではジャージ姿の同年代であろう男どもがわらわらと食事をしている。食費は無料であった。朝食ではいつもパンを主食にした。自宅ではいつもそうだった。

 適当な席に座って、一人でパンをちぎって口に入れていく。僕にはまだ共に朝食をとる仲間ができていなかった。そもそも、この場所では友人を手に入れることは至難な業であった。学校というのはあるのだが、まともに登校する生徒はまれだったし、授業を聴く人間などほとんどいなかった。ここの人間は学業というものには興味がないようだった。それもそのはずだった。ここから出たとしても、就ける仕事は政府関係のものになるからであった。

 歪曲者となった場合、その能力が失われることはほとんどない。つまり、歪曲者はこの土地から逃れることはほぼ不可能なのだ。唯一この土地を出られるのは、政府の出した任務に従事するときである。それも一時的な外出許可に過ぎない。いかなる歪曲者も政府の監視から逃れることは出来ないのだ。

 転入時にそういう話を僕は聞いていた。なるほど、と呟いた。

 僕は食事を終えて、部屋に戻った。学校に行くのもいかないのも自由だった。僕は制服に着替えて、カバンを持ち部屋を出た。

 寮を出て、石畳の道を歩いていった。この土地は緑が多い所だった。道の外にはぽつぽつと常緑樹が植わっている。この土地自体が森の中にあるのだから、おかしなことではない。

 木々は気を静めるためでもある、と案内してくれた人が言っていた。歪曲者は精神的に不安定だから、できるだけ刺激を与えないようにしているのだ、と。

 囚人になったような気分で僕は聞いていた。なるほど、と呟いた。

 僕は徒歩十分で校舎についた。一般的な学校とだいたい同じ構造だった。下駄箱があり、教室がある。体育館もあって、屋内プールまである。

 人気のない廊下を歩いて、教室に行く。教室の中には十五個の机が並んでいる。その机の上にはパソコンが置いてある。教師は基本教室に来ない。授業はパソコンを通して行われるのだ。分からないところがあれば、メールで質問を送れる。テストは存在しない。そのために成績などもない。あるのは自己満足だけだった。

 僕は一番前の席に座って、パソコンをつけた。けだるい朝だった。自分でもどうしてこう律儀に授業をこなしてるのか、わからなかった。

 いや、ほかにやることがないのだ。

 僕の歪曲能力は政府の任務を受けるのに適していなかった。

 多くの歪曲者たちは、事象を捻じ曲げることによって直接的な影響を生み出していた。簡単に言えば、手から火炎を出したり、爆発を巻き起こしたり、重力を操作したり、そういうことをやってのけていた。

 そのような力を持つ善良な歪曲者たちは政府からの任務を引き受けて、点数を稼いでいく。

 点数。

 ある歪曲者が政府にとって有用ならば、それなりの評価をもらえる。それを積み重ねていけば外での活動の機会も増えていくし、さらには歪曲者のまま外部で生活することができるのだ。

 僕には縁のない話だった。

 僕の身体能力も知能指数も何もかも、一般人と変わりないし、歪曲能力と言ってもそれがどういう類いのものなのか自分ですらわかっていないのだ。

 もちろん僕みたいに任務に適さない歪曲者たちはそれなりにいる。そういうお荷物たちは、ぼんやりと自分の趣味で時間をつぶしているみたいだった。ずっと部屋にこもってゲームしてたり、体を鍛えてたり、読書したり、そういう感じだ。

 こうして律儀に授業を受ける僕も、そのお仲間に入るのだろう。

 僕はマウスを操作して、授業を流した。物理の力学のお話だった。ばね振り子について、メガネをかけた若い教師は熱心に語り始めた。僕はノートも取らずにその様子を眺めた。何回も見れるのだ。忘れたらまた見ればいいだけだった。時間も腐るほどある。少なくともあと三か月ほどは死ぬこともない。

 授業を聞いていると、廊下から足音が響いてきた。その足音は確実にこの教室へと近づいてきていた。

 彼女だ。

 僕は椅子を座りなおして、教室の扉が開かれるのを待った。そして、期待通りに扉が開いた。

「おはよう、制服くん」と彼女は笑った。

「おはよう」と僕も笑った。制服くんとは僕のことだった。僕は学生服を着て学校に登校している。そんなことをするのは僕ぐらいだった。他の人間は思い思いの服装で、日々を過ごしていた。目の前にいる彼女だって、白の襟付きトップスにデニムのロングスカートを着ている。

「制服くんは今日も勉強熱心だね。朝から物理なんて、尊敬だ」と彼女は短い髪を揺らして、僕に笑いかけてくる。

「ただ聞くだけだよ。理解なんてしてない」

「それでも、ほかの人に比べればましだね」と言って彼女は僕の隣の席についた。「登校すらしてないんだからさ」

「みんな、任務で忙しいんじゃないの?」

「私だって、任務に行ってるよ。時間は作るものなんだ、制服くん」

「なるほど。任務に行けない僕にはあんまり有用な助言ではないね」

「そう咬みつくなよ。任務と言っても面白くともなんともないんだ。前にも言っただろ、私たちのやることと言ったら、ただ街に行って『歪み』を駆除するだけなんだから」

「ゴキブリ駆除みたいなものなんだろ。楽しそうじゃないか」

「制服くんは、まだ現場を知らないからね、そううそぶけるのさ。今度、連れて行ってあげようか?」

「どうやって?」

「私のアシスタントとして申請するんだ。まあ、君の能力を見分けるためという名目でもいいかもしれないね」

「なるほど」と僕は感心した。それは考え付かなかったことだった。「お願いしてもいいのか?」

「べつにかまわないよ。一人でぷちぷち駆除するよりかは、君と話しながらやったほうがいいからね」

「なるほど。じゃあ、頼むよ」

「ああ、早くても明後日くらいになるよ。審査にはそれくらいかかるからさ。ま、引っ掛かることはないだろう。私はこれでも政府には心証がいい方だからね」

「よろしく」

「うん。さて、勉強するか。私は英語をやるよ。ヘッドホンつけてね」と彼女は言って、パソコンを操作し、ヘッドホンを装着してノートを取り始めた。模範的な生徒の姿だった。僕もヘッドホンをつけて、じっと授業動画を見つめていた。

 考えていたのは、始めて行くに任務についてだった。

 たいてい学生に与えられる任務というのは、『歪み』と称される活動体を駆除することだった。『歪み』の形状は様々で、ただの黒い綿毛のようなものであったり、犬や猫の動物を模倣したものでもあったりする。それらは明らかにこの世界のものではないと一目見ればわかるらしいが、僕はまだ出会ったことはない。多くは世間に広まる前に、政府が発見し駆除しているらしかった。入寮当日に寮の会議室で、僕はそのことを聞いた。なるほど、と呟いた。

 その『歪み』がどうして出現するかは、不明である。一説には、歪曲能力が引き起こしたギャップから漏れで来てるのではないかとされている。僕にはよく分からない。分かる気もしない。ただちょっと見てみたいのは、その『歪み』と歪曲能力者が戦うところだけである。ある種の映画を見ているような気分になれるんじゃないかと期待していたのだ。

 その期待は叶えられそうだった。

 僕は彼女と『歪み』駆除に行くことになったのだ。分厚い鉄の門の中に入ってから、十日目の出来事である。

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