海の日のこと
海の日なので書きました。
真夏日。
その部屋は、雲ひとつない空から届く太陽の光を一筋も通さないほど密閉されていた。防音の壁のせいか、鳴き始めた蝉の声は一切聞こえない。外の纏わるような湿気はなく、寒くも暑くもない快適空間となっていた。
そんな部屋の中、俺は目下の布団に話しかける。正しく言えば、こんな真夏なのに布団に潜り込んでいるニートじみた女の子にだ。
「海開きだってよ」
「知ってるー」
布団からくぐもった声が聞こえる。
「この前行きたいっていってただろ、行こうぜ」
「行きたいけど......暑いじゃん、今日」
「そりゃ、夏だからな」
特に今日は、快晴と言うこともあってか、外に出るだけで汗が全身から吹き出る。
「冬に泳げたらいいのに......」
「どうせ寒いからっていって外でないだろ......」
「そりゃそうだねぇ.....」
少しの沈黙が出来る。
「........ぐぅ」
「よくこの状況で寝れるな!?」
「眠いときには眠る主義なんだよう」
「そういうのは一人で暇なときにしような。人を呼んどいてその主義はないからな」
「一度決めた意思は曲げない派です!」
「普通だったら良いことだけどね、長期休暇すべてを布団の中で過ごすお前が言っても説得力ないから」
「何をー、私だって外くらいは出るよ」
「へぇ、どういった理由で?」
「非常食と三食とその他もろもろ?」
「生活ズタズタだな、もう!」
女の子でそれは大丈夫なのか、と心配したくなる。他を知らないから何とも言えないけど。
「とにかく約束したんだから、行くぞ。ほら布団でて」
何か約束にこだわると女々しくて嫌だが、このままでは体調を崩しそうな女の子のためには仕方のないことだった。
布団をバッと引き剥がすとシーツの上には誰もいなかった。
その代わり、剥がした布団が片手で持てないくらい重くなる。
よーく見るとコアラのように抱き枕を抱くようにして布団に張り付いている女の子がそこにはいた。
「布団と私は運命共同体だから、剥がすことはできないぜ」
キリッとでも言いたげな顔をして、こちらに親指を立てて自慢げにする。
そのとき、片手を離したせいでバランスを崩したのか、彼女はぽてっとシーツの上に落ちる。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
落ちたところに、ちょうど目覚ましがそこにあったようで、それが背中のツボを押したらしく、ごろごろと布団を転がる。
「じゃあ、部屋の外で待ってるから支度できたら呼んでな」
涙目になりながらこちらを見てくる彼女を尻目に見ながら、俺は部屋を出た。
☆★★☆
「あっつぅう.......あっつぃ.......」
家から出てきた少女は、溶けるという表現が合うくらいだらーんと
なっていた。肌に浮き出る汗が輪郭をぼやかせているのもその一因だろう。
俺はてっきり肌を焼きたくないとかいって、長袖や長ズボンを着てくると思ったのだが、支度が終わって、見た彼女の姿は肩の付け根が見えるくらいのワンピースと夏らしく麦わら帽子を被っていた。
ぼさぼさになっていた髪の毛はちゃんと整っており、小さな花の飾りが着いている。
私服や帽子は別として、これがいつもの彼女の姿だった。
家であんな堕落しているのを知ったのはいつ頃だったか。
そんな昔のころを思い出しながら、駅までの道のりを歩いていた。
「あっ」
壊れた録音機みたいに、暑いを繰り返していた彼女から、違う言葉が出る。
視線の先には、駄菓子屋さん。横の旗には大きく『かき氷』と書かれている。
「そういえば、あそこ夏の間には、かき氷やってたんだっけ」
「寄ってもいい?」
「まぁ、時間は十分あるし、寄っていくか。食べたければおごっていいぞ」
「ほんと?よっしゃあ」
彼女は小さくガッツポーズをすると、さっきまでの動きは何だったんだというくらいの早さで駄菓子屋へと駆けていった。
俺の記憶が正しければ、かき氷が100円とかいう破格の値段だったはずだ。別に値段で奢るかどうかが決まる訳じゃないが、出費はなるべく抑えたい。
☆
駄菓子屋のおばあちゃんの笑みが、してやったりみたいな顔に見えた。
簡潔にいうと、値段が上がっていた。しかも5倍近く。
「くそぅ.......」
わざとらしく悔しがっていると、大盛りのかき氷が運ばれてきた。
屋台の少なさを基準として考えると多く見える気がする。
因みに、味は彼女がいちご、俺がめろんだ。
メロン成分が入っていないのは知っているが、このわざとらしく緑色に着色したシロップが何だかんだで好きだったりする。
いちごを選んだ彼女は、練乳を渡してもらってぐるぐると赤いかき氷の上を白く染めている。
「「いただきまーす」」
風鈴のなる日陰の縁側で、かき氷を豪快に掬い頬張る。
口の中が甘さと冷たさで蹂躙され、飲み込むと体全体に冷たさが広がるような爽快感が体をめぐった。
しかし、すぐに周りの熱気で、その冷たさはなくなってしまう。
また、それを求めて一口、二口と口に運んでいく。
「おいしーねぇ......おぐっ」
彼女が変な声を出し、体を強張らせる。
「急いで食べるからだよ。こうやって食べればだな.....おぐっ」
彼女に言おうとした途端、俺も変な声を出す。かき氷特有の頭を縛り付けるような痛みが走る。
二人とも頭を抑えること数秒。またかき氷を頬張り、その痛みに耐える。何だか楽しくなって、くせになるんだよなこれ。
風が吹き、風鈴の音がやすらぎを与えるように響く。
時間が伸ばされたような、ゆったりと流れるような感覚になる。
遠くでは、蝉の声が聞こえる。でも、それは真夏のそれではなくて、妙に心地いい。
「あのさ、何かもう.....今日は海行かなくても良くない?」
彼女がぽつり、と呟く。
「何か、うん。まだ時間あるしな......混んでるだろうし」
いつしか俺も同じ気持ちになっていた。
まだ夏休み序盤だ。この蝉の声が煩わしく聞こえる頃には、いい感じに空いているだろう。
俺は、一度決めた意思は場所や気持ちによってコロコロ変わります!!
男としてそれはどうなのか、と思うけど。
「また今度海行こうね、約束だよ」
にっこりと今日一番の笑顔をこっちに向けてくる。
「約束って.......どうせまた......」
まぁいっか。もしまた海に行かなくても、彼女が楽しんでいれば。
夏のテンプレートに沿わない、こういった日常もいいかもしれない。




