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ザリガニ

作者: 辰野ぱふ

ある、雨が降った次の日の朝、駅に向かう途中の道でザリガニに出会いました。

ザリガニは私に向かってハサミを振り立てて威嚇していました。なんか、切なくなりました。その連想で考えたお話です。

庭に下りると、子供用の小さい青いバケツが倒れていて、息子のタカシが飼っていたザリガニが外に飛び出していた。

ザリガニは私を見つけたのか、はさみを振り立てて威嚇してきた。

おいおい、私がいつもあんたにご飯粒やスルメをあげているんだよ。私のことがわからないんだね。

私が足を振り上げてつぶしてしまえば、おまえなんか一巻の終わりなのに。自分を精一杯大きく見せて、私に立ち向かおうとしている。なんだかけなげだ。こんなバケツの中に入れられていたザリガニのことがなんだかかわいそうに思えてきた。

「ママ、どうしたの?」

後ろからタカシがのぞいた。

「チョキ君がね、おうちの外に飛び出しちゃったの」

「かわいそう。おうちに入れてあげよう」

タカシは心配そうな顔をして、私の顔を見た。

「ね、入れてね」

と、タカシ。

「タカシ、自分のザリガニなんだから、自分で入れてごらん」

「やだ。ぼく。こわい」

 やれやれ。

私は側溝用のスコップを見つけてきて、ザリガニを追い詰めて、ゴミ取りトングでそこに押し入れて、青いバケツの中にチョキ君を戻した。

「これでだいじょうぶだね」

と、タカシ。

何が? という言葉は飲み込んだ。

「そうだね。お水も入れてあげようか」

と、私。

「ぼく、またザリガニを捕まえて、チョキ君の家族を作るよ」

「そ…。いいね」

「そしたらね、チョキ君の子供も生まれるかな」

「さあ? どうかしらね?」

どんよりした天気になってきて、生暖かい風が吹いてきた。

「台風きたかな」

「台風ってなに?」

「う~ん、雨とかね、風がすごい強く降ったり吹いたりするんだよ」

「ぼく、台風って知ってる」

「そうだよね、この間も台風来たよね」

「じゃあ、危ないからチョキ君は玄関に入れよう」

「そうだね。そうしよう」

来年からこの子は小学生になる。

そうしたら、こんなに早く家に帰ってくることはなくなるんだな。

「ああ、良かったね、チョキ君! 台風になったら大変だからね」

そう言いながら、タカシがチョキ君のバケツ小屋をシューズボックスの横に並べて、中をのぞいた。

「良かったね、タカシ。タカシがチョキ君を台風から守ったんだよ」

「え? ぼく?」

「そうだよ。タカシがチョキ君の命の恩人だよ」

「え~、じゃあ、ザリガニは恩返しにくる?」

「う~ん、どうかしらね?」

私の頭の中に、バルタン星人みたいな人が背広着て、ネクタイい締めて、菓子折りを持って家に訪ねてくる様子が浮かび、思わず吹き出しそうになる。

「どうしたのママ?」

「う~ん、なんでもないよ。チョキ君、元気で長生きしてくれるといいね」

「そうだね」

それからしばらくタカシと二人でバケツの中を覗き、チョキ君の幸せを祈った。こんなバケツじゃなくて、水槽でも買ってあげようかしら。でも、そんなに長生きされてもなあ。

「チョキ君、お家ができて良かったね」

そうかしらね? という言葉は飲み込んだ。そして、とりあえず「良かったよね~」とい言った。

また二人でぽけ~っとチョキ君を見つめた。

あとどのくらいの間、こんな風にしていられるのかな。

なんだか、こういうぽけ~っていう時間をすごく愛おしく感じた。

「あ~、お腹空いた」

タカシがポツンと言った。

おいおい、まさか…、ザリガニつながりで、湯気の立ったロブスターなんか思い浮かべているんじゃないだろうね? と笑いがこみあげそうになる。

「どうしたのママ?」

「う~ん、なんでもないよ。お腹空いたね」

あと数秒こうしてしゃがんでいて、それからおやつでも用意するか。「10、9、8、7…」と、心の中でカウントダウンを始める。「3、2、1! ドカーン!」

「さ、出発だよ」

「出発?」

「そう、おやつにしよう!」

「やった~」

かっぱえびせんでも食べるか? と取り上げた袋に描かれたエビちゃんを見て、そのお腹の辺りに小いさ~く描かれたハサミを見つけて、あ~あ、君は大きなはさみは持てなかったのね、なんて思いつつ、じわじわと苦い笑いがこみあげてきたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼い子供と母親との何気ないほんわかとした日常が伝わって来ました。 ザリガニのチョキ君とカッパえびせんのつながりに私も笑えました。 ありがとうございました。
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