たとえ今が無理でも
感想頂きましたレフェル様、並びにこのお話を読んでくださる皆様ありがとうございます。
SIDE 定峰
「登坂! もっとペダルを回せ!」
「はい!! すみません!!」
俺の言葉に登坂は謝罪しながらペダルを回す。その時、スピードを緩め後ろについて走る松郷と並走する。
「日曜日になにかあった?」
「…何の事だ?」
心当たりがあるのか頬を掻きながら惚ける。
「惚けるな。嘘が下手な奴だな。
お前が嘘つくときは頬を掻くんだぜ。」
俺の指摘にハッとした表情で自分の左手を見ていた。
「ったく、成績悪い癖に鋭いやつだぜ。」
「成績悪いは余計だぜ。
まあ、登坂の変化は悪いもんじゃない。今までだって練習には一生懸命だったが、どちらかというと『レースに勝ちたい』ってもんじゃなく『楽しい自転車を漕きたい』って気持ちだけで、それほど勝敗に感心がなかった。だけど、週明けからのあいつには『何が何でも勝ってやる』って気迫に満ち溢れている。
そういうがむしゃらな奴の方が飲み込みは早い。
レースに勝ちたいからトレーニングに熱が入るし、勝つために言うことは素直に聞くからな。
ただ、俺の知らないところで変化があったのが気になっただけだ。」
「…別に秘密にして欲しいと頼まれたわけじゃないし、お前なら別に言いふらすタイプじゃないし、別に構わないか。
この前の日曜なときがわ町でヒルクライムレースで赤和学園の奴も参加していたんだ。」
「負けたのか?」
俺の問いに松郷は首を縦に振る。
「そっからだ。登坂がああなったのは。だが、安心しろ。」
「はっ! 心配なんかハナからしてねぇよ! あいつの根っこは全く変わってねぇだろ!」
言いながら視線を前にずらす。そこには登坂が楽しそうにペダルを回していた。
「あいつの根っこは自転車で楽しく走るのが大好きな自転車野郎のままだ。
だから大丈夫だ。」
「あぁ。そうだな。」
「このぉ、スケベ!」
「ごめんなさいぃ!!」
「…すまん。松郷。前言撤回だ。登坂は心配だ。」
いつもの如く何かの弾みでともみの胸を触った登坂が殴り飛ばされるのを見て俺と松郷は深く溜め息を吐いていた。
SIDE 梁川
早朝トレーニングで荒川サイクリングロード―荒川を沿って熊谷から葛西臨海公園まで続いている自転車道―を走っていたら途中で見知った人がいたので、ケイデンスを上げて追いついた。
「早朝トレーニングか。頑張ってるな。登坂。」
「梁川先輩。おはようございます。」
登坂は俺の姿を見るとスピードを緩めながら並走する。
「登坂。お前。何があった?」
俺の問いに登坂は俺を見る。
「月曜日から練習に気合いが入っていたから気になっただけだ。話したくないなら話さなくても構わない。」
俺の言葉に登坂はポツリと語りだした。
「先週の日曜日にヒルクライムレースに行った時、松郷先輩や部長がボクの為に色々としてくれたんだけど、ボクがそれを無駄にしちゃったのが悔しかったんです。だから、次こそはそうならないように頑張ろうとしてるんです。」
「…そうか。なら、頑張るしかないな。たとえ今が無理でも、明日の為に1歩分の距離を。それでもダメなら、明後日の為に1歩を距離を縮めてやればいつかは届く。」
「はい!!!!」
静かにそう語ると登坂は元気良く答えペダルを回した。