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『 astuto 』

 まぁた始まったか……。


 昔っからの良くも悪い癖。

 ライアーは外見や振る舞いから女性的と見られがちだが、本質はまるで逆。男らしくて勇ましい。沈着冷静ながらも内には熱い正義感を秘めているし、割り切りが良いようでここぞという時には己の意地を貫き通す。

 その気質はまさに武人そのもの。反面、相手がクソ野郎だろうとも言い分があれば耳を傾けるし、敵だろうが出来る限り相手を理解しようとするお人好しだ。その性格、変わった感性は、こうして時に任務より感情を優先させる。それでよくかつての仲間達をハラハラさせたものだ。


 ま、どっちにしろ。片方は周りを警戒しなきゃなんねえしな。


 伏兵が潜んでいる可能性。スヴェンが気絶から目を覚ました場合の対処も考慮してのタイマンだ。感情を優先させるとは言ったが、ちゃっかり問題をおさえている辺り、流石は“統べる者”といったとこか。


 やれやれと、溜め息混じりにルーポは腰を下ろす。隣には自分の首輪から伸びる鎖で拘束したスヴェンを置いて、彼女は頬杖をつく。

 鎖の実体化や長さ、出現位置、サイズ変化はライアーとルーポのどちらでも調整可能だ。今は戦いの邪魔にならぬよう、ルーポが腕輪から伸びる鎖を透明化している。戦いには集中できるだろう。

 柔らかで温かそうなフサフサの尻尾を揺らして胡座を組む彼女は、二人の戦いを眺めて思う。



 達人の勝負は一瞬で決まるなどというが……あれは嘘っぱちだ。


 それが本当ならば、この二人の戦いはとっくに終わっているはずだと。


「喝ッ!」

 声を乗せた一刀。黒騎士カーインの刃を容易く潜り抜け肘を胸に、怯んだ瞬間を逃さず靠撃へと繋ぐ。

 波紋のように身体の中心から広がる衝撃が、カーインに後退りを強制させた。地を滑る足。摩擦により、踵から仄かな煙が立ち上った。

「ぬう……」

 唸り、カーインは噛み締める。確かなダメージ。体勢も崩れた今、このまま畳み掛ける。そのつもりだったが、二、三歩ほど踏み込んだところでライアーは止まった。そして顔を後ろに反らして横薙の一閃を躱す。

 ハラリと、掠めた前髪が風に散る。

 紙一重。詰め寄らせない為か、それとも誘いだったのか。どちらにせよ、あのまま間合いを詰めていれば額からバッサリ斬られていた。


 距離を取り、すうっと静かに息を吸い、二人は構え直して沈黙。互いに出方を窺う。



 その様子に、ルーポは感心の口笛を吹く。

「やるねぇ」

 思わず笑みが零れた。

 カンフー映画のクライマックスを見ている気分だ。先程からこのような読み合いが続けている。素人目から見ればライアーが攻撃を当て、刃を躱していることから彼が優勢と思われるだろうが、実際はそう単純ではない。

 二人の実力は総合的にトップクラス。どれをとっても並みの監査官などでは比較にもならないレベルだ。だが、命中力と回避力はライアーが上回り。一方のカーインは破壊力と耐久力を併せ持つ。加えて防御術も長けている。

 彼は、ダウンを取られたり追い詰められる可能性のある攻撃はすべて避け、ダメージを最小限に留めている。逆にライアーは攻撃と回避に繊細な注意を払う分、心身の負担が大きい。


 倒される恐れのない攻撃など、幾ら受けようと問題ない。蓄積されたダメージは、一刀の下で斬り伏せてしまえ。


 そんな意思が募るかの一振りは、危機を訴えるサイレンを鳴らすには充分な威力。精神を削られてか、ライアーの白い肌には汗が滲み出ていた。だが、その表情に焦燥はない。燃えてきたとばかりに、小さな唇を三日月にする。

 そういう態度を見せようものなら、カーインとて容赦はしない。鎧の重量を感じさせない軽快な動きで、瞬く間にライアーを刃の制空圏内へと引き込む。

「行くぞ」

「くっ」

 斬り掛かるカーインの斬撃を左右上下に身を動かしライアーは、紙一重の回避を繰り返す。後退を試みるも、彼を逃がすまいとたった一歩で距離を詰め、範囲を維持する。


 両断されてゆく電柱に瓦礫。闘気を込めた斬撃の波が地面を吹き飛ばし、石飛礫がライアーを襲う。魔力温存の為、横に飛び込んで軽自動車に身を隠す。しかしそれも、直接仕掛けたカーインにより一秒と持たず解体された。


 ローリングで回避、距離を置く。追いかけて来たカーインの一刀を屈んで躱すと、そこから両手の掌底を打ち込んだ。

「ぐ……ぬうぅああッ!」

 腹から押し寄せる嘔吐感や痛み、吹き飛ばされそうになるのを堪え、カーインは反撃にライアーの脇腹に膝を入れた。

「ぐはっ」

 一撃によろつくライアーの首を断たんと、カーインは剣を斜めに振り下ろす。後ろに下がらずライアーは逆に彼の脇へと、横切るように転がりその凶刃をどうにか避けた。

 カーインとしてはこの回避は予想外だったか、自分の背後へ回ったライアーに体勢を立て直すチャンスを与えてしまったことに舌打ちし、反省と冷静さを取り戻す旨で刺突の構えを取る。

 今度は素人目から見ても分かる通り、現状ライアーが押されている。彼の着ている服は、監査局の技術者達が特殊な材質で作り上げた『あらゆる脅威への耐性』を備えた代物だが、それでも一太刀食らえば切断を免れても骨は砕かれるだろう。

 やはり躱すしかない──そんな時に彼は凡ミスを犯す。


「あっ」


 踵が瓦礫に引っかかり、ライアーは尻餅をついてしまった。

「あ、馬鹿!?」

 思わずルーポは立ち上がり叫んだ。慌てて救出に向かおうとした矢先、振り上げたところで何故か剣を止めるカーイン。


 ん? あいつ。剣を……何で?


 騎士道精神か? 否、刃を振り下ろそうとしたカーインに躊躇などなかった。彼が刃を止めた理由は別にある。

「驚いたわね」

 意外そうに、ライアーが言った。

「ここで気付かれるとは思わなかったわ」

「それはお互い様だ」

 剣を下げ、カーインは僅かに後ろへと下がる。二人の会話にルーポは首を傾げた……が、暗闇に煌めく線を眼にした時、彼らの行動と会話の意味を理解する。


 ピアノ線だ。何時の間に仕掛けたのか、よく辺りを見渡すと、至る所に張られていた。

「戦っている最中に、その糸を垂らして動き回っていたな?」

 カーインの言うとおり、仕込みは攻撃を躱しながら行われていた。油断と見せ掛けての尻餅は、仕掛けの作動と罠への誘い。あのまま斬り掛かれば、カーインは喉元などに肉を食い込ませていただろう。だが、それすらも布石。

 今までの行動は、この包囲網を作り上げる為だった訳だ。

「汚い、かしら?」

 正々堂々やろうと約束した訳ではないが、小細工なしで正面切っての戦いを挑んだこの男に対して、これは姑息かもしれない。立ち上がりライアーは、困った笑顔を向ける。罵倒が来るかと思いきや、カーインは首を横に振った。

「いや……夜という時間帯、場の地形を利用したとはいえ、俺の眼を欺き緻密なトラップを完成させたのだ。寧ろ見事と言えよう」

 賞賛を贈る彼だが、その口振りには包囲網に対する降伏の意は感じられない。

「だが、この程度で俺は止められん」

 やはり、打開策はあった。彼は剣を逆手にし、柄を両手に握ると闘気を解放する。彼の身体から紅いオーラが噴き出し、それは竜巻となる。


「喝ッ!」


 カーインが大地に刃を立てた瞬間。竜巻から球体に変化したオーラは、次には破裂して辺りを吹き飛ばす。ライアーは咄嗟に身を翻して後転。瓦礫の上を転がり、マンホールの中へと入り込んだことで難を逃れた。

 ルーポとスヴェンの方にも余波は来たが、彼女は地面に手刀で貫き通し、軽々と道路をフライ返し。防波堤を作り上げて波を防いだ。

「無駄に終わったな」

 カーインを中心に辺り一面は何も存在しない。四方に張っていたピアノ線はすべて切れ、罠は解除した……かに見えたが、それはライアーの一言に否定された。

「いいえ、無駄じゃない。寧ろ、このトラップは切れた時が本番」

「なに?」

 マンホールの奥深くから、ライアーの声が響いた頃に隠された本命が顔を出す。



 四方八方から石飛礫が跳んできた。張っていたあのピアノ線は、切ればこうして張力を利用し飛ぶ仕組み。つまり二重トラップだった訳だ。

「小癪!」

 問題ないと、高速の剣で切り落とす。

 迎撃するカーインだが、彼の足掻きこそ、このトラップの前では無駄に終わる。

「ぬっ! こ、これは」

 初めて、カーインの声に焦りが籠もった。

 最初の広範囲攻撃、斬撃での防御と、カーインは力み過ぎた。だからこそ、最後に石飛礫に混じって絡み付いてきた第二のピアノ線に対応出来ず、捕縛された。


 二重ではなく、三重奏。まさか、これほどとは……侮れないと、カーインは驚愕する。だが、驚くのはこれからだ。

 これらはすべて、強烈な一撃をぶち込む為の布石に過ぎない。マンホールの中から、ライアーが飛び出す。地下への急降下、最中にトランポリンを足下に出し、それにより地上へと帰った彼は、もがくカーインへと空から強襲する。

 右手が緋色の輝きを放つ。生成されたのは、ダンプカーサイズのピコピコハンマーだ。ハンマー投げみたく身体を捻り、回転するライアーは、そのまま勢いを乗せて蓑虫状態のカーインへとフルスイングをぶちかます。

「そお……れぃっ!」

 刹那、カーインはピアノ線を力尽くで引きちぎり、剣で防御を試みたが。予想以上の圧力に身体は堪えきれず、地面から引き剥がされて宙を舞う。

「続けて行くわよ!」


 生成──マジックハンドッ!


 生成されたそれはウルトラハンドのような構造をした、Cの形状ではなく手形を取り付けたマジックハンドだった。

 回転するライアーがピタリと止まる。巨大なマジックハンドのダブルグリップを両手に握ると、彼はカーインへと狙いを定めてトリガーを引いた。空気が圧縮した噴射音を鳴らし、真っ白な手形は大きく開いて、真っ直ぐ目標へと伸びて行く。

「ぐ、おっ!?」

 剣を縦に構え、身を守ろうとするも、マジックハンドはお構い無しにカーインの胴体を掴んで突き進む。そして後方に聳える建物へと衝突。


 二階のベランダが派手に弾け飛び、瓦礫を散らす。

「おし、やった!」

 ルーポがガッツポーズをとって歓喜する。

 確かな手応えと、誰もが確信しただろう光景。だが、攻撃を当てたライアー自身はよく知っている。今の一撃がまだ、勝利には程遠いと。

「いいえ、まだよ」

 ぽっかり空いた二階の一室から、鉄の足音が聞こえて来る。うっすらと、闇の奥から二つの眼光が赤く浮かぶ。

 月光が、ベランダから現れた無傷の黒騎士を照らす。こんな子供騙しな手では、俺を倒すことなどできん。そう、見下ろす眼差しが告げているように見えなくもない。

「まだ、夜の宴は続きそうね」

 ライアーは見上げた。その真剣な表情はどことなく、先を見るのが楽しみな様子だった。


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