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『 speranza 』

 不穏な空気を、ライアーは肌で感じ取る。周囲を見渡せば、誰一人として見当たらない。駆けつけた警官隊などがこの周辺を既に包囲している筈。

 下手をすれば軍隊を要請しかねない由々しき事態だったのにも関わらず、ライアーと異獣を残してこの交差点は静寂に包まれていた。


 壊された建物、折れた電柱。エンジンの掛かったまま放置された車。歪んだ信号機が、赤い点滅を繰り返す。


 まるでゴーストタウン。いや、どこぞのゾンビ映画やゲームの世界に入り込んだみたいで。自分と異獣だけが、別の次元へ隔離されたような感覚。

「いえ」

 比喩ではなく、これは……本当に隔離されている?


 何者かがこの空間を隔離させ、結界で閉じ込めている。監査局……かと思いたいが、先程の通信不能を考えると、訝しさが拭えない。


 ならば、誰の仕業だ?


「ん……ッ!」

 空を見上げたライアーは、素早く後ろへ飛ぶ。異獣を取り囲むようにして、黒い影が突き抜けるような速さで降って来た。巻き起こる埃が目に入らぬよう、腕で顔を覆いつつ目を凝らす。

『フフ、手間が省けたよ』

 辺りを包み込む埃が晴れ行くなか、エコーがかかった男性の声が聞こえた。多分、スピーカーなどの音声機器を通して喋っている。

『何者かは知らないけど、こいつを大人しくさせてくれてありがとう』

 ゴミを纏う煙も失せ、視界が良好になった。ライアーの目に映ったのは、異獣を囲む首無しのロボット。がに股の脚部。重火器を握り締め、腕には分厚い装甲が盾の様に付いている。その姿はまるで首のない騎士。


 彼の目の前にはそれら以上に巨大なロボットが、異獣へは近付けさせまいと阻むように立つ。


 サイズは異獣と張る大きさだ。下半身は四脚であり、インラインスケートみたく下にローラーが並ぶ。右手は銀色の艶光りをみせる巨大ドリル。左は電流を迸らせるトゲ付きの盾に留まらず、後方の腰辺りにガトリングガンと、ミサイル兵器が収納されているだろうボックスが尻尾のようにあり、まさに死角なしと武装を豊富に揃えている。

 人の上半身を馬に乗せた感じのロボットだが、どちらも頭部は存在しない。そのロボットの頭部辺りは丸く、真っ白のバレーボールが埋まっているように思えた。


「こいつは僕の研究材料として、回収させてもらうよ」

 どうやらコクピットだったらしく、ハッチが開いて乗り手が顔を出した。燕尾服を着た、四角いレンズの眼鏡をかけた男だ。切りそろえた髪を横に整え、クイッと眼鏡の真ん中を上げるその容姿から知的さと冷たい印象を心に刻む。

 この男には見覚えがある。

「あなた。スヴェン・ベルティルね?」

 ライアーの問いに、スヴェンという男は訝しげに眼を細めた。何故、僕の名前を知っているんだとでも言いたそうな表情をしている。

 口に出す前に、ライアーは彼を指差し理由を語り出す。

「少し前に日本異界監査局の法界院誘波から、あなたのことを聞いているのよ。確か、監査局を裏切り現在は『王国(レグヌム)』についているんだったっけ? 画像も貰ったわよ。ほら」

 そう言ってライアーは、ケータイの画面を翳した。何故か、全裸で恍惚の顔を浮かべているアホ面のスヴェンが写っていた。眼鏡が口に架かって、だらしなくぶら下がっている。


 変態が写っていた。



 バキュン!



 銃声が鳴った。ライアーの手元から半壊したケータイが落ち、部品を撒き散らしながらアスファルトを転がって行く。ケータイからスヴェンに視線を戻せば、彼が眼鏡を中指で上げながら握る銃を震わせている。

 殺気を滲ませる彼のこめかみには、ピクピクと青筋が浮き出ていた。

「ひっどいわね。人のケータイを……まあ、バックアップは既に取ってあるんだけど」


 バキュンバキュンバキュンッ!


 銃声が三発。飛び退いたライアーのいた場所に三つの弾痕が生まれた。


「君……あの女の知り合いかい? 僕は各国の監査局上層部も全てではないが、構成員は把握している。でも、君は知らない」

「ええ、でしょうね。私の存在は、監査局の汚点でもあるし」

 抹消されていてもおかしくはない。一部の監査局、それも上層部にしか情報は残っていないはず。

 何よりも法界院誘波は監査局を辞めたライアーとメール交換をしているが、これには監視といった意味合いも含まれている。とは言っても、彼女とライアーは互いの腹を探る気など毛頭無い。あくまでも友として接しているからこそ彼女は、スヴェンの情報や近況報告をもしもの為にしてくれた。

「……汚点か」

 興味深いのか、形良い顎に指を這わせてスヴェンが、好奇の眼で彼を見下ろす。

「質問はここまで。今度は私があなたの目的を聞く番よ」


 日本の元、監査官のスヴェンがどういった了見でこのイタリア。それも近年監査局絡みの問題が薄れたミラノに現れたのか?


 現在監査局とぶつかっているその『王国』にとって、この地は戦略的価値がまるでない。めぼしいものがあるとは思えない。


「ところが、あったんだよ。僕個人が興味を引く存在が……それも二つも」

 両腕を広げてキザったらしくスヴェンは笑う。

「そこの異獣だけど、あれにはエア・ストーンが含まれている」

「エア・ストーン?」

「この異獣の体内にある。物質を軽量化する鉱石さ」

 疑問符を浮かべるライアーに、スヴェンが得意そうに説明を始めた。


「監査局にいた頃、僕はこの異獣と遭遇したことあってね。その時は現場にいた他の監査官が、『次元の門』が閉じる前に帰してしまったんだ」


 スヴェンはラーゲルレイブという科学が繁栄した異世界の人間であり、マッドサイエンティストとして指名手配されていた。そんな彼は研究心の塊であり、当然この異獣にも貴重なサンプルとして興味を持っていた。

 捕獲して研究は無理と、この時は保留にしていた。断念ではなく保留。それは異獣の分析をしてみて発覚したエア・ストーンの存在にあった。

 異獣の住む世界にしか存在しない物質であり、風力に反応して重量が減るという特殊な現象を引き起こす。驚くべき点は、触れた物質すらも軽くしてしまう効果を持っているということだ。

 ライアーは異獣が風を引き起こして浮いていたのを思い出す。なるほど、生物の中には石を食べて消化を良くするのもいたが。異獣とエア・ストーンの関係はそれに近いものか。異獣の謎が、紐解くように解ってきた。


「僕のロボット。このデュラハンは最近、破壊されてばかりでね。新しく強化してみたんだけど、重量による動作の減速や負担が問題になってさ」

「エア・ストーンは、その問題解決に貢献すると?」

 ビンゴだと、上機嫌にスヴェンは指を鳴らす。

「理解が早くて助かるよ。人と話をするのは好きだけど、やっぱりコミュニケーションは賢い人が良い……君のこと気に入ったよ」

「それはどうも」

 エア・ストーンの物質軽量化現象を、人為的に引き起こす方法、理論をスヴェンは既に組み上げていた。後はデュラハンに取り入れ実証するのみ。幸運にもこの異獣は過去に見たモノよりひと回り大きい為、収穫も期待できる。

 この世界にまた現れる機会を、待っていた甲斐があったというものだ。

「ふふ、これで僕のデュラハンは重量による消費も抑えられ、空を高速で飛べる重武装型も量産できる……フフフ、まだまだ出来ることがあるよ。例えば“魔帝”リーゼロッテの魔力と組み合わせれば──」

 ライアーを置いてきぼりにして、スヴェンはベラベラと独り言のように話す。モノの価値は誰が決めるわけでもないので、とやかく言うつもりはないが、とりあえずスヴェンが個人的な理由でここにいるのは解った。


 そういえば彼は二つと口にしていた。ならば、もう一つは何だろう?


 気になったライアーが問い掛けると、愉しげに説明を続けるスヴェンが話を止めた。ついつい話が弾んでしまったとばかりに、一旦話をおく為の咳払いをする。

「……もう一つは、たった今、興味を抱いたものさ」

 言うなりスヴェンは、ライアーを指差す。思わず彼も、つられて自分を指差してしまう。

 満足そうにスヴェンはそうだよと頷いた。その笑顔には、確かな悪意があった。夜中ということもあってか、スヴェンの整った目鼻立ちと、電光の反射で目つきを隠す眼鏡のレンズが狂気を際立たせる。まさにマッドサイエンティストと呼ぶに相応しい、不気味な笑み。

「そう、君だよ。 魔力からの生成術と〈吸力ドレイン〉……白峰零児と同じ能力を持つ君の能力に、ほんの少し興味がわいた」

「白峰零児? 日本人……ね」


 レイジ……シラミネ……何故だろう。出逢った事もない。名前も今、初めて聞いたのに。それでも懐かしい……でも、憎いような……大きな親近感を覚える。不思議な感覚だった。


「私と同じ能力……」

「この異獣について話したが、その時いた監査官っていうのが白峰零児なのさ。興味はさほどなかったんだけど、どうにも彼とは縁があるようでね。ほんの少しだけ興味がわいたきたんだよ。まあ、“魔帝”ほどではないがね」

 前にスヴェンは、白峰零児を自分側に誘ったらしいが、キッパリ断られてしまった。なので代わりにライアーが『王国』まで付いて来てもらい、味方として加わるついでに能力の研究もさせてほしいと申し出た。

「彼の能力を全て解明できた訳じゃないからね。中途半端は望ましくないってのもあるけど、膨大な魔力の調整、安定性の向上には繋がるかもしれない。どうだい。僕と一緒に来るなら、それなりの報酬は出すよ?」

 普通ならば誰もが『ふざけるな!』と怒鳴り散らしたくなるが、しかしライアーはスヴェンという人間を見定める為に問う。

「もし、あなたが私をそちら側へ取り入れ、私の身体を調べたとして、成果が出たとする。その後、あなたは誰かの幸せの為に、その成果を活かす?」

「……意外だね。温度差はあれど、てっきり君も白峰零児と同様の反応をすると思っていたよ。誰かの幸せの為に成果を活かす、か。ふむ、そうなれば実に素晴らしい。もちろん『イエ ス』だ――と答えれば、一緒に来てくれるのかい?」

 スヴェンの言葉にライアーは少し考えるが、それも納得して頷く。自分の胸に手を当てて、ライアーは彼に言った。

「そうね。それならこの身体を自由にしてくれても構わない。それで沢山の人が、命が幸せになるのなら」

「へえ……」

「でも、最後に聞いて良いかしら?」

 この一言で、スヴェンを見定める。軽く瞳を閉じてライアーは問い掛けた。

「この子はどうするの?」

 開眼して一瞥したのは、スヴェンの後ろで眠っている異獣だった。エア・ストーンを取り出すとして、スヴェンはいったいどうやるのか?

 訊かずとも解るだろうが、それでもライアーは、スヴェンを信じて答えを待つ。彼が、良心のある人間だと信じて。

「どうするって? 解剖して石を取り出すに決まってるじゃないか。ま、この異獣にはそれほどの重要性がないからね。その後は廃棄かな」

「そう……残念だわ」


 それは、間違っても口にはしないと思っていた。だが、ライアーが仲間になりそうだったからか、本性が表に出たようだ。

 生命を道具としか見ていない。彼の発言は、異獣の命を侮辱している。ライアーの反感を買うのに充分すぎるものだった。

「悪いけど、申し出を断らせてもらうわ」

 光り出す右手は、拒絶の意。そして異獣を彼から守りたいという明確な闘志。向けられる意志に、スヴェンは理解不能と首を傾げる。

「どうしてかな。良ければ理由を訊かせてくれると助かるんだけど?」

「犠牲あっての幸せは、逃れられない道理。だから私は、自分がその糧になることを拒んだりはしない」


 私は自己犠牲に、生き甲斐を見出したから。



 周りの幸せの為に生きると決めた。その生き方は決して義務や使命感ではない。純粋なる無償の愛と、命を尊ぶ心が自分を突き動かすのだ。

 だから自分の目の前で命が不幸になるのを、見て見ぬ振りはしないとライアーは決めている。


「たとえ人で無かろうと、目の前で生きようと足掻く命を、私は見捨てない。見殺しにはしない」

 右手を胸元へともって来て、ライアーは更に力強く拳を握り締めた。

「あなたは確かにその子を殺すと口にした。だから、その子を守る為、私はあなたと敵対する」

「……やっぱり、理解に苦しむな。そこまですることかな? 監査局も、門が閉じてしまえば危険と判断された異獣は殺処分しているだろう? 白峰零児はその辺、一応は割り切っていたのだけど」

「なら、解らせてあげるわ。今から、命の重さって奴をね」

「ま、いいさ。どっちにせよ、君もこれも連れて行くから」

 デュラハンに乗り込み、スヴェンはコクピットのハッチを閉じた。関節部が駆動し、鉄の軋みが唸りとなり、デュラハンは動き出す。


 ライアーは右手に拳銃を生成し、マガジンを差し込み。銃口を鉄の巨人へと向けた。


 スヴェン側も搭乗している大型デュラハンを中心に、V字陣形でデュラハン軍団は得物を構えた。


 威嚇しながら、合図を待つようにお互い睨み合う。


 そんな一触即発の雰囲気を読んだかのように、折れかかった信号機が風に揺れ、軋みをあげて倒れた。その地響きを、吹き荒れる埃を狼煙に双方動き出す。


 戦いが、始まった。


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