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『 abilita 』

 イタリアらしさ……といえば何があるだろうか?


 イタリアに住み着いてかれこれ約十年。変わり者のライアーにふと、素朴な疑問が過ぎる。


 コロッセオやサン・ピエトロ大聖堂。ピサの斜塔にアマルフィ海岸など、世界遺産や名所を抜いたら、いったいどんな『らしさ』が残るのだろう。


 目の前を横切る黄色い路面電車トラムか。あるいはフィレンツェ、ジェノヴァなどで見かける観光用の馬車なのか。


 いや、乗り物はイタリア限定ではないから、らしくはない。街灯や建物もなんか違う。ならば生活習慣……そう、食べ物はどうか?


 ピッツァやパスタ。キノコや魚料理は勿論のこと、イタリア料理は気品と高級感溢れるも、家庭的な品が多い。

 美食の国──そうイタリアは呼ばれている。


 なるほど、らしさは食文化にもあったかと、ライアーは一人納得しながら向かいにある飲食店の看板を眺めていた。



 暇な時、意味なくこうして些細な事を彼は考える。答えとかは別に出なくても良い。寧ろ悩むことが良い暇つぶしとなる。答えが出たなら、それはそれで新たな発見や学びにも繋がる訳だから、悪くない気晴らしだとライアーは思う。




「ライアーさん」

 ふと、声を掛けられライアーは、交差点を渡ろうとする足を止めた。紳士服を身に着けた黒帽子の男が、四人の厳つい男たちを連れてライアーの前に立つ。

 取った帽子を胸に、禿頭の男はお辞儀する。顔を上げて柔らかな微笑みを浮かべた。ブルドッグのような顔付きだが、怖いというよりも親しみが沸く。そんな徳のある顔をしている。ライアーはその男に見覚えがあった。

「あなたは、確かアマデイ・ファミリーの」

「ええ、覚えていましたか。アツィオです。先月のチャイニーズマフィアとの抗争。仲介に入っていただき、まことにありがとうございます」

「あれは……仲介というよりは、乱入だったと思うんだけど」

 確か話し合いで解決しようと試みたが、過激派な組織双方が耳を傾けるはずなく、全員病院送りにする羽目となったのをライアーは思い出す。

 ライアーの相棒であるルーポが暴れた為、総勢五百人を越える怪我人が出たのだ。後処理の面倒な事件だったと、皺を寄せた眉間に指を添えて、ライアーは悩ましげに頭を振った。

「実力行使ってのも、あまり好いものじゃないわ」

「いえいえ、私達のボスは理屈よりも力に従う方ですから。あちら側も多分そうでしょう。御陰様でどちらも大人しくなりました」

 力で示すのも信頼を得る一つの手段。とは言え、この男もライアーも暴力は嫌いなたちだ。綺麗事だろうと、一般人の血を流す抗争は何としても避けたい。だから彼はボスを裏切る形になろうとも、ライアーを訪ねた。

 平穏無事を願う志は同じ、故にこういう犯罪組織専門のトラブルシューターであるライアーも彼に力を貸した。

「あの時の御礼は、いつか必ず」

「良いわよ。礼なんて……」


 そう、礼なんていらない。見返りを求めてではなく、すべて自分の意志でやったことだと、言葉を返そうとしたライアー。しかしそんな事を言える状況ではなくなってしまった。


 暗くなりつつある空が、歪曲していたからだ。


 彼の内に、確かな緊張感が過ぎる。あの空の歪みを、ライアーは良く知っている。そう、あれは──


「アツィオ。ごめん。早速だけど、私からお願いがあるの……力を貸して」



 『次元の門プレナーゲート』が開かれる前触れ。


 世界は一つではない。それはとある冒険家が唱えた言葉だ。時間、場所、環境が異なる世界は複数存在する。限り無く遠く、身近な世界。人はそれをパラレルワールドと名付けた。


『次元の門』は、様々な世界を繋ぐ道の先。つまり出入り口として存在する門。世間では未だ仮定やフィクションの話として、空想の域を越えない段階だが、ライアーの生きるこの世界では確かな事実として目の前に存在する。


 何よりも、両親。異世界人である父の血を濃く継いだライアーは、生まれた時から異世界との繋がりからは逃れられない宿命にあった。


 初めて門に遭遇した際、その身に流れる父の血が、受け継がれた特殊な力が解放された。そして門から現れた侵略者の異世界人達をその力で撃退したことからライアーは、異界監査局という組織の目に留まり、イタリア本局の監査官となった。

 その後、僅か数年でミラノ支部の支部長に就任という、当時は異例だった最年少短期出世を果たしたのだが……ある日を境にライアーは、支部長を辞退。そして一年が過ぎ、現在に至る。その理由が彼の過去、養父殺害による遺産相続疑惑が浮上した事だというのを、かつての仲間達は知らない。



 だが、如何なる理由があろうとも、現在いまもライアーがやる事は変わらない。自分の目の前に見えるモノを見て見ぬ振りせず、守ることだ。



 まずは付近住民を避難させること。それをアツィオと自分の部下にお願いする手筈だったが、時の刻みは彼に余裕を与えない。



 悲鳴が上がった。


 ライアーは空の歪みに視線を戻す。


 それは、足だった。爬虫類のような足。鋭い爪先が歪みの中から覗く。若干だが、亀の甲羅も見える。これはまずいと、ライアーは舌打ちしつつ腰のポーチから三つのケータイを取り出した。

 その内の二つをアツィオとその部下に渡す。

「これは?」

「いいから開いて」

 ライアーに促されて開くと、メールの送信画面が出た。ボタンを押せばすぐにでも送れるが、内容や件名がない。それでもライアーはそのまま送るよう指示を出す。

 今の彼は手が放せない。残る一つを自分の耳に当てて、繋がるのを待っていた。

「それで合図は伝わるから、メールを送って。はやく」

「え、ええ。わかりました」

 合図──それはギャングのボスでありトラブルシューターであるライアーの部下達と、警察組織の出動要請。彼らにはライアーが事前に打ち合わせを済ませており、監査局でも手が回らない事態への対応、収拾とサポートに回ってくれている。

 世界各国、区域に本局と支部を置く監査局だが、イタリアは比較的に『次元の門』の出現率が低い為、人員は他よりも減らされている。しかしこの地には力を持つ者も多数おり、彼らの支援によって平穏が保たれていた。


 その筈なのだが……今回は、何時もと様子が違う。


 ケータイ電話が、掛けている場所、監査局ミラノ支部に繋がらない。


「どうして……」


 有り得ない。そもそも『次元の門』が出現する頃には、監査局が既に手を打っている筈だ。そう、とっくの昔にこの交差点、通りは人払いされ、『次元の門』から現れたモノに対応するべく監査官が待機しているべきなのだ。

 監査局にはそれが出来る。取り入れている異世界の技術を駆使すれば、人知れずにそれを行うことが可能である。にもかかわらず、監査官はいない。支部には連絡が繋がらない。いくらライアーが辞退した身でも、連絡は取れる。いや、とっていた。



 じゃあ、これはいったいどういう事なのか?



「ライアーさん。何やら、危険な雰囲気がなさるのですが……私らは何をなされば?」

 考えている時間は無さそうだ。今は、なるべく時間を稼ぐ他ない。ライアーは狼狽えるアツィオと部下達に落ち着くよう宥め、冷静に指示を送った。

「あなた達は、付近の住民を避難させてて。ちょっと強引でも構わないから」

 もうすぐパトカーも来るだろう。部下達も避難用の収容車両で到着するはず。『次元の門』を見れば既にもう後ろ足と尻尾が姿を現している。出て来るのは間違い無く異獣――異世界から『次元の門』と通って現れる獣のこと――だ。一刻も早く住民は避難させた方がいい。

 そう行動に移ろうとした瞬間。『次元の門』を潜り抜け、異獣は交差点の中央に落ちてしまった。


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