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シャッフルワールド!!外伝──scarlet──  作者: 夙多史
イタリア編 第一章
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一章 悪の胎動(10)

 ヴァニラ・モノクローム──私が言うのもなんだけど変わった女性……。


 包み隠そうともしない怪しい言動。自身をこれでもかと妖艶に、人を誘惑する魔女と見せつける彼女だけど、本能的に解る。おそらく彼女は私と同じ、後戻りが出来なくなった人。

 もう、治すことも叶わない心と身体を持つ。悪人には向かない心根を、真っ黒に染められた狂人の類。濃い血の色の瞳はどこまでも暗く、だけど奥底には強い意志、光が宿っており、それが裏付けとなる。

 警戒はすべきなのでしょうけど、信じてみたい気持ちにさせる。おそらく不気味とは逆の、他とは毛色の違った明るい雰囲気を纏うから……なんでしょうね。


 私は一息ついて、彼女に問い掛けた。

「それで、とある依頼とは……どういうもの?」

「おお、引き受けてくださりますか?」

「内容による」

「ふむ……でもまあ、聞いてもあなたはノーを選ばないと思うのですが」

「私としては、そうしたいつもりよ」


 怪しいとはいえ困っている人を、助けを求める人を突き放すような真似はしたくない。でも、一個人の出来る範囲は限られている。だから安請負はしたくないのよ。

「まあ、力になれないとしても別の形で手伝うつもりだから、安心して話してちょうだい」

「ふむ……」

 それに、監査局とくれば昨日の事件。支部との連絡が取れなかった事が気になる。それと時同じくして現れた彼女についてもね。後で問い詰めてみよう。


 何か、大きな思惑が蠢いている気がしてならないから──そんな私の思考を読んだかのように、彼女は不敵に笑う。思考の制止を訴える強気な眼光をこちらに向け、彼女は話し出す。

「依頼内容は、ライアーさん。あなたの追跡、拘束です」


 ……は?


 全てがピタリと止まる──皆が同じ反応(リアクション)をとった。耳を疑ったけど、平然としたその態度は……どうやら誤りではないようね。

 私達三人が目を丸くして言葉の意味を待つ。集まる皆の視線に動じることなく、マイペースな彼女は呑気にスプーンで一口、スープを頂戴する。ホッと甘い吐息の後、にんまりと唇を三日月にして目を細めた。

「言い方が意地悪でしたかね。ま、今のあなた方に分かり易く言うとですよ、ライアーさん。もう一人のあなた。この世界に訪れたパラレルワールドのあなたを拘束するのを、手伝ってもらいたい」

 私を指差し、彼女は言った。


 パラレルワールド? もう一人の自分? 監査局の関係者なら、何ら違和感を持たない話だけど……いえ、でも──


可能(でき)んのか?」

 過ぎった私の疑問を、ルーポが先に投げかけた。

「ふむ。できるとは?」

「存在することだよ。どっかのサイトで見たことあっけどよ。確か、一つの世界に同一人物は存在出来ないんじゃなかったか? 出来るとしても、ドッペルゲンガーのように出会ったら両方消えるか、片方残る法則があっただろ」

 そう……世に広まっているこの謎は、未だ解明されていない。イタリア監査局内でも例がないから、真偽は定かじゃないわね。

 ただ、ヴァニラの話が事実なら、鉢合わせしなければ存在可能ということが実証された事になるのだけど、果たして彼女の返答は?

「ああ、その点なら問題ありませんよ……だってそのライアーさん。女ですから」

「女……だあ?」

「ええ、ちなみに特徴の一つとしては男装していることですかね。口調、仕草もそれらしい……顔は、まったく同じなのですが。ううむ」

 瞳を閉じて、両腕を胸元に組み、難しい表情でヴァニラは語る。どうやら本人を目にしたことがある様だけど、男装している女性? それってつまり、その私は──


「逆転世界から来た。パラレルワールドの私?」

 問い掛けたら、彼女はええと頷いた。

「性別、出来事が僅かに異なるあべこべ世界。そこから彼女は、こちらへ来た」

「いったい……何のために?」

「それは──」



 彼女が詳しく語ろうとした瞬間、ケータイが鳴り出す。確認の為に画面を見ると、ジーノからの着信だった。

 視点をヴァニラに戻すと、気分を害した様子はなくニコニコ顔で『どうぞ』と、手で促せる。時間を譲ってくれたことに感謝しつつ私は、失礼と一言。急ぎ電話に出た。

「ライアー! ライアーだよな!?」

「ジーノ。どうしたの? そんなに慌てて」

「ああ、良かった。起きてたか。昨日の騒ぎ、一通り事が済んだから報告しようと思ってな。どうしても真っ先に、お前に伝えたかったんだ」

 息も絶え絶えに、声を荒げてジーノが言う。どうも様子がおかしい。私は落ち着くよう伝え、彼の息が整うのを待った。

「ふぅ、落ち着いたよ。お前なら動じねえと思うけど、とにかく聞いてくれ……」


 

 ミラノ支部が、壊滅した──



 長い沈黙から出てきた報告を耳にした瞬間、私の心臓が脈を打つ。動悸が激しく、平静を装っても手の汗は隠せずにいる。過ぎる嫌な想像と悪寒から、すぐに問いただす事も出来なかった。

「連絡が着かねえから、とりあえず本局に事情伝えた後、直接赴いたんだ。したら、ひでぇ有り様だったよ」

 こちらの返答を待たずジーノは話し出す。調べた彼が言うにはこの事件、私が異獣を抑えたあの時間帯で起きていたらしい。幸いにも死者は出ておらず、今し方けが人の収容も終わったそうだ。

「監査官は?」

 留守を突かれての襲撃だったのかという、含みを込めた問いかけを察したか、ジーノは溜め息混じりにいたよと答えた。

「ミラノ支部は、お前が支部長時代に可愛がってた部下のガキ二人いただろ? その一人、女の子の方が重体だ……俺が発見したんだがあれは……」

 言葉を濁すジーノから、惨状が容易に想像できた。


 重体の女の子──心当たりが有りすぎる。間違いなく、私を慕ってくれた監査官……アンナだ。


 異世界人とのハーフである彼女は、素直で優しい子。自ら監査官に志願し、その責務を全うすることに誇りを持っていた。


 そういう娘だから、おそらく何か無茶をして──


 いてもたってもいられず私は、席を立ってジーノに訊ねた。

「あの子は今、病院なの?」

「ああ、行ってこい。あと、気をつけろよ」

「ええ、ありがとうジーノ」

「もうちょっと調べてみる。何か解ったらまた連絡するぜ。じゃあ、またな」

 敵はまだ、このミラノにいるかもしれない。ジーノの口振りから危険を予期しつつ、私はケータイをポーチに収めた。

「おい、どうしたんだライアー。いったい何があったよ」


 訊いてくるルーポに頷き、一息ついて事の内容を語った。

「くそったれが!」

「支部が、壊滅……」

 怒りを露わに舌打ちするルーポと、強張るアデルの表情。そんな空気が重くなる中でも、ヴァニラは相変わらず食事を続いている。

 自分には関係ない──という無関心ではなく、まるでこうなることを知っていたかのような、心にゆとりのある態度だ。

「あなたは、心当たりあるの?」

「ええ、ありますよ。というか、もうあなたの中では考えが纏まっているでしょう?」

 彼女の言うとおり、私の中では犯人像が浮かんできていた。

「そう、あなたが思うとおり、壊滅させたのは──」


 アンナを傷付けたのは──


「ライアーさん。パラレルワールドのあなたです」

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